2‐㊱ 愚者の灰影 その4
「……。」
【〔『〖「ゴガァッ!!!!!!!」〗』〕】
灰影とネグロは動く。ネグロは両手に黒と銀の槍を持ち、灰影は銀腕を前面に押し出しての特攻だ。距離は一瞬でゼロになり、互いの攻撃が空を切る。
「そう、こなくては……」
両者は互いに手数重視の攻防を繰り広げ、数十手の先にアンドロマリウスのパーツを前に出した。
ドッ!!!
銀腕と銀槍がぶつかり大気が震えた。灰影はすぐさま銀腕で銀槍を掴み、ネグロを逃がさないようにする。
ネグロは右手に持つ黒槍を灰影に向けて伸ばすが、灰影は泥のような左手で黒槍の柄を掴み止める。両者共に両手を封じた時、灰影は口の中に赤いエネルギーを溜め始めた。
【〔『〖「コポ」〗』〕】
武器を封じられ、必殺の一撃を目前に晒されて尚、コモンは笑みを崩さない。
「ヌルい」
ネグロは両手から槍を手放し、灰影の懐に飛び込み、右肘うちをコックピットにくらわせた。
【〔『〖「ヴブ!?」〗』〕】
灰影の体が衝撃により浮き上がる。
灰影は動きを一瞬停止させ、黒槍と銀槍を手から放した。
(手ごたえあり。やっぱり、あくまで媒介はこのコックピット。多分、ツミキ君を殺せばこの影は静まる。だけど同時に私の任務は失敗……なら、コックピットと右腕を切り離すしかないか)
ネグロはバックステップを踏み、落下途中の双槍を後ろ手にキャッチ。すると正面画面端に青い竜の紋章が浮き上がった。
(これは……)
このマークは味方が接近している時に画面に出るものだ。
コモンはパネルを操作し画面を切り替え、識別信号を確認する。
「近くに五機。ケイン・マッケルの配下ですか」
コモンは思考を凝らす。
(足手まとい——いや、良い餌ですね)
コモンは通信を会場の外で様子を伺う五機のアズゥに繋げる。
「聞こえますか? 私は三秦星ペガの配下、星守のコモン・エイドです」
星守と聞いて、義竜兵たちは慌てて返事をする。
『は、はい! 私はケイン・マッケル貴・一級隊士の部下である——』
「そういうのいいですから手を貸してください。交戦中です。指揮は私が執ります」
コモンに急かされ、五機の義竜兵はステージに入場する。
状況がわからない義竜兵たちだったが、敵が正面の灰影であることはすぐに理解した。
『星守様! これは一体どういう状況で……』
「2‐2‐1で隊列を組み、前二列で陽動。後ろ一機で特攻をかけてください」
『し、しかし!』
「時間がありません。アナタ方の問いは無用です」
『――了解しました……』
コモンの言う通り、義竜兵五機は二機→二機→一機という順番で並び、動き出す。
ネグロは最後尾の特攻係のアズゥの背後に隠れた。
(さて、この五つの盾で必要な情報を集めなくては)
一斉に接近する五機+一機のチェイスたち。
【〔『〖「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!」〗』〕】
灰影は叫び、左手を伸ばして横に薙ぐ。すると、前列二機のアズゥのコックピットはこの世から消えてなくなった。
(量産型程度の装甲ならあの腕で一蹴できるのか……そして、このバケモノはコックピットがチェイスの心臓部だと理解している)
冷静なコモンに反して、たった今この場に来たばかりの義竜兵たちは目の前の異常な光景に、心の底から怯えてていた。
『なんだ!? なんなんだこの化け物は!!!!!?』
『だ、駄目です星守様! この相手には勝てません! 撤退を進言しますっ!!』
「逃げたら私がアナタ達を殺します。安心してください、勝機はあります」
コモンは依然として最後尾のアズゥに密着しながら接近している。
「あともう50……」
最前線の盾が一つ壊れる。
「あと20……」
盾がもう一つ壊れる。
「ここですね」
コモンは灰影に十メートルまで近づき、目の前のアズゥを蹴り飛ばす。
『ほ、星守様あああああああああああああああっ!!!!?』
蹴り飛ばされたアズゥは勢いを付け灰影に接近する。
【〔『〖「グオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!!!」〗』〕】
灰影はアズゥのコックピットを銀腕で一突きにした。そして——
【〔『〖「グオ!?」〗』〕】
さらにアズゥの背後からコモンがアズゥのコックピットを銀槍で貫き、反対側に居る灰影の頭部にまで矛先を伸ばして、穿った。
(少し狙いが外れた。だけど活路は見た。このバケモノは、死角からの攻撃には反応できない)
コモンは銀槍を引き抜き、神糸へ変化。
神糸を黒槍の矛先に持ってきて槌を編む。即席ハンマーの完成だ。
【〔『〖「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」〗』〕】
地面を蹴り、アズゥを吹き飛ばし、四足歩行で向かってくる灰影。
(広い場での戦いは不利。まずは相手の行動範囲を絞る)
ネグロは銀黒のハンマーを灰影に向けず、地面に向けて振り下ろした。
轟音が鳴り、地面が崩れる。ステージは元から多数のエネルギー弾によりヒビが入っていたため、簡単に崩れ落ちた。
【〔『〖「グギャアアアアアアアアアアアアッ!!?」〗』〕】
落ちた先は雨水貯留池。支柱に囲まれたほとんど何もない場所だ。
スタジアムが崩れたことにより、瓦礫によってかなり狭い空間となってる。ネグロは着地し、コモンは叫ぶ。
「グリースッ!!」
コモンの呼び声に応じてグリースがネグロの背後に回る。コモンは銀槌を糸に分解→銀槍へ再構築。
そして、
「禁呪解放……」
銀槍を逆手に持ち換えて、後ろに居るグリースに突き刺した。
“アンドロマリウスの左脚”を体内にぶち込まれたグリースは人型に戻る。体の中心に刺さった銀槍は糸にばらけ、グリースを空中へと内側から縛り上げた。グリースは両腕を水平に上げてネグロの背後上空十メートルで静止。体を真っ黒に染め、全身から神糸を出し、自分中心に半径百メートルに及ぶ立体星型多角形を作り出した。
「“束縛式・無常の果実”――」
“アンドロマリウスの左脚”の禁呪解放。それは量産型を媒介とする巨大な索敵束縛陣だ。
(“無常の果実”は半径百メートル以内、時速五十キロ以下で動く全ての対象を神糸で縛りあげる。さらに二百メートル以内にいる物体を全て把握することができる……)
アンドロマリウスの右腕の禁呪解放は本体の基礎性能を大幅に上げる“身体強化”。
それに対し、アンドロマリウスの左脚は不意打ちを許さず確実に先手を取るための“索敵強化”だ。
百メートル以内に灰影は入っている。しかし、灰影は本能で“無常の果実”の特性を感じ取り、すでに最低速度200km/hで雨水貯留池を動き回っている。
現在、コモンの右手と頭には神糸が繋がっている。“無常の果実”は量産型とパイロット自身の脳と身体を利用する技だ。無理やり脳神経を神糸につなげ、神糸が構築した索敵陣に脳組織を連動させ、索敵・束縛をコントロールする。まるでツミキの“危険信号”の映像のように、今のコモンの頭の中には半径二百メートル以内の映像が流れているのだ。
コモンの頭の中には今、雨水貯留池にある全ての物体が映っている。もちろん、灰影の動きもだ。
(あの化物が赤いエネルギー弾を使う時は必ず一度静止する、あれだけの力を収束させるのに座標が移動すれば間違いなく暴発するからだ。この領域内で静止することは不可能、つまり砲撃はない)
遠距離攻撃、不可。
(残りの攻撃方法は腕を伸ばしての攻撃か、速度を付けての特攻攻撃……前者は捉えても無意味だ。狩るなら特攻しかない。戦いが始まった瞬間の硬直、煙幕からの奇襲、今までの傾向から言って、腕を伸ばすのは不意打ちを狙う時だ。――が、もう私に不意打ちは不可能。今の私は目を閉じていても周りの風景がわかる。そして、気の緩みは一切ない……)
不意打ち不可。
(あとはこの陣の外からの攻撃だが、それだけ距離が離れていれば見てから反応できる。そしてすでに、遠距離攻撃に対するカウンターも完成している)
コモンは今まで灰影との戦闘データを頭の中でまとめ、行動を無数に予測。その全てに対策を立てる。
「相手も悪手は理解しているはず。一番可能性が高いのは、銀腕を使った特攻攻撃。ってところですかね?」
コモンの予想通り、灰影は遥か後方からネグロ目掛けて飛んできた。
(捉えた)
ネグロはすぐさま反転し、灰影を見る。しかし、灰影が見ていたのはネグロでは無かった。
【〔『〖「グルルルルルルルルルルル、グラァ!!!!」〗』〕】
ザンッ! と“無常の果実”のエネルギー源となっているグリースが銀腕によって引き裂かれた。
(無意識に、急所を見切ったのか)
灰影は本能で倒すべき順番を理解していたのだ。
(こういう時のためにグリースの中には爆薬を積んでいましたが、この天候のせいでしけりましたね)
――ならば、
槍を真っすぐ、思いっきり穿つコモン。
灰影は当然のように躱し、地面を蹴って視界から消えた。すでに“無常の果実”は機能していない。ゆえに、コモンは完全に灰影を見失った。
(これでいい)
コモンはわざと槍を思い切り穿った。そうすることで、ネグロは硬直で固まり、決定的な隙を背後に作るからだ。
(敵にしても、この大きな隙は確実に狩りたいはず)
エネルギー破では時間がかかるから隙を狙えない。灰腕では確実性に欠ける。現にコモンは腕に束縛されても逃げられる手が数十手浮かんでいる。
確実に、この隙を狩るならば――
(さっきと同じ、銀腕による攻撃)
コモンの集中力が極限まで高まった。
(正面は獣の勘で避ける。武器を持っている右手側は避ける。確実に一撃で殺るためにコックピットに狙いを絞るはず……)
今から反転して突きを繰り出しても間に合わない。だからネグロは黒槍を、己に向けた。
神糸で武器や防具を作る時間は無い。だからコモンは神糸で正面に簡単で小さな鏡を作り、背景を映した。
【〔『〖「グルアァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」〗』〕】
勝利を確信した怒号が聞こえる。銀腕による攻撃まで後、0.3秒。
(コックピット後方左側面……)
0.1
(攻撃を見られたら躱される)
0.2
コモンは反射鏡に映った風景を頼りに、数センチジャンプした。
(気づかれないように、右肩関節を――)
0.3――
「死角から抉るッ!!」
【〔『〖「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!」〗』〕】
ネグロは槍を持ち、己の脇腹に突き刺した。
その突きはネグロを貫き、そして、接近してきた灰影のアンドロマリウスの右腕とアズゥを繋ぐ部分を穿った。
【〔『〖「――ガ」〗』〕】
コモンは槍の柄を下に押し込み、矛先を上にあげてアンドロマリウスの右腕とコックピットを繋ぐ肩関節を切り裂いた。
銀腕とコックピットを引き離され、灰色の影は去っていき、アズゥと銀腕が別々にネグロの正面百メートル先まで高速で転がっていった。
コモンは「ふぅ」と一息つき、言い放つ。
「所詮は獣。思考は読めずとも習性は読める」
こうして、コモンVS愚者の灰影はコモンの勝利によって終わった。しかし、
「時間切れ、ですかね……」
ゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!! と轟音が響き渡る。
散々ダメージを受けたステージが決壊し、大量の波がスタジアムを呑み込むように襲い掛かってきた。
スタジアム地下の壁は次々と崩れ去り、怒り狂った激流が両者を襲う。
コモンと気絶しているツミキは別々に波に攫われていった。
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アーレイ・カプラはツミキとコモンの戦いの余波と、自然に起きた津波によって崩れ去り、完全な崩落を迎えた。街は終焉を迎え、ツミキとコモンは行方不明のまま、アーレイ・カプラの戦いは幕を閉じたのだった。
夜が、明ける。
あと二話!




