2‐㉝ 愚者の灰影
前半部分は読み解くのが今の段階だと難しいと思うので、話半分に聞いてください。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「どこだ? ここ……」
気が付いた時、ツミキは妙な世界に来ていた。
ツミキが居た場所は一軒家が並ぶ住宅街の路地。電柱や散らかったゴミ捨て場などがある。カラスがつまらなそうに鳴き、猫が退屈そうに欠伸をしている。
「な、なにが起きたんだろう……僕は確か、コモンさんに負けて、それで……」
ツミキは現状が呑み込めず、呆然とその場に立ち尽くした。
硬直するツミキの耳に、知っている少女の声が飛び込む。
「ツミキッ!!」
それはツミキにとって忘れることのない声だった。
ツミキは声の方を向き、口を開く。
「カミ……ラ?」
後ろを振り向くと彼女は居た。青いYシャツと、似合わない短いスカートを履いている。手には学生カバンを持っており、ツミキの方を見ていた。
ツミキは彼女を見て、思わず涙をこぼした。
「ど、どうして君が……君は、あの時死んだはずじゃ——」
「悪いなツミキ、待たせちまって」
カミラはツミキの方へ走っていく。ツミキも同様にカミラの元へ走り出すが、両者がぶつかった瞬間、ツミキの体は透明になり、カミラはツミキを透過して後ろへ走っていった。
「え?」
ツミキは動揺し、背後を振り向く。するとそこに居たのは——
「遅いよカミラ。早く行かないと学校遅刻しちゃうよ?」
ツミキ・クライムだった。
服装は同じ。だがツミキの手元にはない学生カバンを持って彼は確かにそこに居て、カミラと会話している。
「悪い悪い! なにかジュースおごってやるから許してくれよ!」
「今月に入って君にジュースおごられるの十回目だ……」
楽しそうに、笑いながら登校する二人。
ツミキは二人の背中を見送りながら、行き場のない悲しみを抱いていた。
【羨ましいか? 少年……】
ツミキは後ろから男に話しかけられ、振り向く。
純白な長髪を持つ男がそこに立っていた。
男は高身長でほどよい肉付きをしており理想的な体型だろう。革のロングコートを着ている。色々と目立つが、中でも一番異彩を放っているのは両目を塞ぐように巻き付けられた包帯だ。包帯で両目を隠しているのに、ツミキは睨まれているような感覚に襲われていた。
「誰ですかアナタは? というか、ここは一体……?」
「私はジェイム・ジョーカーと言う。JJと呼んでくれ。そしてここは、私が作った君にとっての理想な世界だ」
JJと名乗った男はツミキの側を通りすぎていく。
「理想な、世界?」
「そう。この世界は平和で、戦争なんてものはなく、君は優しい両親と恵まれた友人に囲まれて暮らしている。どうだろう? 君が望むなら、いま走っていったツミキ・クライムと、ここにいるツミキ・クライムの精神を入れ替えてもいい」
「精神を……」
「君はこの世界でツミキ・クライムとして平和に暮らすんだ。案ずることは無い。いま感じている風の心地も、遠くに見える友人も、地を這う蟻でさえ本物だ。初めは戸惑うかもしれない、だがいずれ元の世界のことは忘れる。君はちゃんとこの世界のツミキ・クライムになれる……」
ツミキはJJの言葉を受けて、首を横に振った。
「なるほど。これがサンタさんの言っていた試練ですか。僕がアナタの甘言に乗れば、僕の精神は崩壊する……そうでしょう? JJさん。いや、アンドロマリウス——!」
JJは少し悲しそうに笑う。
「試練? 違うな。これは私の最後の善意だよ。ただ、君にとっては余計なお世話だったようだ……いいだろう。君が望むなら、試練を与えよう」
「うっ——」
再び世界が移り変わる。
今度は建物や生物がいない、真っ白な空間だ。存在するのはツミキとJJ、そして真っ黒な拳銃だった。
「少年。足元にある拳銃を拾いたまえ」
「……」
ツミキは言う通りに拳銃を拾い上げる。
「その拳銃は“後悔と懺悔の銃”だ。君が己の行いを疑わない限り、銃弾は尽きず撃ち続けることができる」
「これで、なにをしろと言うんですか?」
「簡単だ。君はその拳銃で、君が殺して来た人間を再び殺せ」
JJが右手を広げる。すると地の底から二人の人間が現れた。
片方はアーレイ・カプラの王、ケイン・マッケル。もう片方は盗賊団ハングゥコルンのリーダー、バジル・シーザーだ。
「この二人はゆっくりと君に歩み寄る。彼らが君を捕まえるより前に、彼らを殺せれば君の勝ち——」
バンッ! バンッ!
とJJの言葉を遮ってツミキは引き金を引き、二人を撃ち抜いた。
「これでいいですか? 遊んでる暇は無いんです! 早く元の世界に戻してください!!」
「なにを言っている少年。ここからが本番だろう?」
JJが言うと、JJの背後に多数の人影が現れた。
「どういうことですか? これは……」
ツミキの疑問に彼は答えを示す。
「わからないか? 彼らに見覚えはないのか?」
「見覚えなんて――」
「本当に? 彼らは皆、君が殺した相手だと言うのに……」
その数は二人どころか十、百に届く人数だ。
ツミキが殺した人間はたった二人、シーザーとケインのみだ。それ以外にツミキは誰かを殺した覚え何て無かった。
「僕は、ここまで多くの人を殺していない!」
「君が認識していないだけで、君はこれだけの人間を殺している。例えば、いま私の隣にいるのは盗賊団“ハングゥコルン”のメンバーの一人“ライク・エンフー”だ。知っているか? 君がシーザーを殺したせいで、ハングゥコルンは統率を失い、そのメンバーのほとんどが無力なまま義竜軍に処刑された。君がシーザーを殺さなければ、彼らが死ぬことは無かった……」
「そんなの……」
「君が存在していたせいで運命を捻じ曲げられ、早々に死んだのは彼らだけではない。君がこの街に来たせいで死ぬはずのない義竜兵が多く死んだ。あのカフェの店員だって君がいなければ星守に出会うことなく生きていたかもしれない。今、君のすぐ目の先で灰となった潜水艦のパイロットもそうだ。君が存在しなければ義竜軍とここで争うことなく、命を落とすことはなかった。――彼らを殺したのは君だ。ツミキ・クライムという人間だ」
「――ッ!?」
「さて、ゲームを再開しようか」
ゆったりと、ツミキに向かって歩き出す亡霊たち。
ツミキは拳銃を構え、銃口を亡霊に向ける。
「疑うな、少年。君が己の行動を疑い、この者達を殺したことを後悔すれば、その拳銃の引き金は引けなくなる……」
「ま、待ってください……こんなの!」
「助けたくはないのか? あの異国の少女を……」
「ぐっ……!?」
ツミキは唇を噛みしめ、引き金を引いて亡霊を撃ち殺していく。
一人、二人、三人と殺す。亡霊たちの歩む速度は亀並みだ。順調に殺していけば、ツミキの元に来るまでに全員殺せる。
だが、
「――っ!!」
十人を殺した時、引き金は固まった。
それを見てJJは「それまでか……」と呟いた。
「英雄とは善行だけで成り立つものではない。潔白なままで英雄足りえた者はいない。それを理解せず、犠牲を受け止められないのなら、少年に英雄の力を授けることはできない……」
ツミキは全身に汗をかき、手は震え、顔は悲壮感に溢れていた。
「違う……僕は、そんなつもりじゃ——」
「力を与えよう。但し、この力は全てを破壊する力。守ろうとしたモノも、壊そうとしたモノも、全てを破壊する。そして、全てが終わった時、代償として少年から大切なモノを頂くとしよう……少年の中で、□□□□□□□□□を……」
亡霊たちがツミキに襲い掛かる。
ツミキは死人の濁流に飲み込まれ、意識を失った。
【学べ少年。救済の裏には破滅があると……英雄の影には“愚者”が潜むと】
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
時間が元に戻る。
コモンは周囲の様子に眉をひそめていた。
「灰色の……霧?」
背中にこれまで感じたことのない悪寒を感じ、コモンは咄嗟に左下を見た。
ツミキの元から霧が噴き出していることを確認し、コモンはまたツミキが何かしでかしたのだと考える。
「やれやれ、まだ悪あがきをするんですか? ツミキく――」
コモンは目を疑った。
足元に転がるアズゥのコックピット、その頭部の接続部分から煙が噴き出し、真っ赤な瞳と真っ暗な口を持った頭が形成されている。
その獣のような頭部は、純粋に気色が悪かった。
(何が起きている?)
灰色の霧が、欠損したアズゥの部位の接続部分に集ってきている。
「なにかが、やばいっ!!」
コモンが焦り、ネグロが黒槍を振るおうとした瞬間、
――霧は一斉に放出された。
【〔『〖「ゴオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオ オオオオオオ オオオ オオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオ オオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオ オオオ オ オ オ オッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」〗』〕】
「――――!?」
霧が放出されると同時に獣の叫び声が放たれ、その衝撃でネグロ・グリースαは数十メートル先まで吹き飛ばされた。
【〔『〖「オオオオオオオオオオオオオ オオオオオオ オオオオオオ オオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオ オオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオ オオオ オ オ オ オッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」〗』〕】
(なんて音!? チェイス越しなのに、鼓膜が破れそうだ……!!)
地が揺れ、空気が張り裂ける。
コモンは機体を転ばせないよう何とかバランスを取り、正面に居る化物を見据え、息を呑んだ。
(アレはチェイス……なのか?)
アズゥの全身から灰色の泥が噴き出され、その泥が欠損した頭を、左腕を、右脚、左脚を作り出していく。
「あっという間に欠損部位を復元……いや、補った」
以前の“英雄の黒影”の時とは雰囲気も形も全く違う。その姿にロボットらしさも人らしさもなく、まるで四足歩行の獣だ。両手、両足を地面に付き、全身から亡者の細腕が伸びている。
醜く見るに堪えない、地獄が形を成したようだ。
【〔『〖「ウ、ウウ…ヴァ――」〗』〕】
その外見は英雄なんてものとはかけ離れている。英雄の黒影とは真逆の形態……
“愚者の灰影”、始動。
真っ赤な瞳にぱっくりと開いた口。
灰影は口をパクパクと動かし、震えた声で言う。
【〔『〖タ、タス…「助けて」……ダレ、カ——!〗』〕】
最後に真っ赤な血涙を残して少年の意識は消え去った。
助けて。そう言い残して。
ツミキにはわかっていた。この力がコモンだけではなく、他全てを破壊する力だと。安易に力を求め、闇に呑まれた。上も下もわからない状態で、できることと言えば助けを求めることだけだった。
ツミキはここに来て助ける側から助けを求める側となったのだ。
だが、当然の如くサンタにもプールにも他の仲間たちにもその声は届いていない。
助けて。そんなツミキの願いを聞いたのは、皮肉にも敵であるコモンだった。
「仕方ないですね。状況はよくわかりませんが、アナタを死なせるわけにはいきません。助けましょう、仕事ですから」
漆黒の騎士が槍を構え、怪物を迎え撃つ。




