2‐㉚ 二つ目
星守コモン。最強の一角に数えられる女性だ。
ツミキは理解する。先ほどサンタが言おうとした名前を――
「まさか……あなたが、アーレイ・カプラを!」
『手を下したのは私ですが、命令したのはペガ様ですよ。ついでに言っておくと、ペガ様の命令はまだ終わっていません』
コモンの愛機ネグロはゆっくりと手に持った黒槍をアズゥに向ける。
『ツミキ君。アンドロマリウスの右腕、大人しく渡してくれません? そうすればアナタの命は見逃しましょう』
「……。」
ツミキは考える。自分の現状を。
(エネルギー残量はあと12%。僕自身の体力ももうジリ貧だ。それに対して、相手は世界で三指に入るパイロットと恐らく高性能型のチェイス……勝てるはずがない)
ツミキは無言で銀腕を前に出し、拳を握る。
「それでも、絶対に渡すもんか!! これは、この腕は……僕達の希望だっ!!!」
『そうですか。なら、戦いましょうか』
敵は今までのどんな相手より強大だ。それでもツミキは立ち向かう。
「アルセルトッ!!」
ツミキは銀腕を剣に変化させ、左手に握る。それに対し、コモンはなんの陽動もかけず真っすぐ向かってきた。
「貰った!!」
剣を水平に薙ぐ。するとアルセルトの剣先から斬撃が三日月のように放たれた。
『斬撃が飛ぶなんて凄いですねー』
放たれた斬撃はネグロに当たる軌道だったが、ネグロは軽く飛び跳ねて斬撃を躱した。
「――空に逃げ場はない」
ツミキは空中に居るネグロに追撃を加えようとする。――刹那、視界の端で煌めく物体を見つけた。
(銀色の、糸……?)
銀色の糸が地面から多数伸びており、空に浮かぶネグロの足にまとわりついている。
『縫え。“神糸”』
コモンが呟くと、銀色の糸は一瞬でネグロの足と地面を縫い合わせ、地面に吸い込まれるように着地させた。
「なっ!?」
『さて、試しますか』
ツミキの瞳に×印が浮かぶ。
(危険信号!!)
黒槍がアズゥのコックピットに伸びるが、ツミキは容易く槍の軌道を見破り、左に避けた。
『なるほど、今のを避けますか。ならば……』
ガツン! とアズゥの後頭部で打撃音が鳴る。
「一体……!?」
ネグロは突きを放った後、高速で槍を回転させ柄の部分でアズゥの後頭部を破壊した。素晴らしい芸当だが、今の問題はそこではない。
(危険信号が、反応しなかった!?)
謎の銀色の糸に、危険信号の不調。二つの問題を抱えて、ツミキが選択したのは考えないことだった。
歯を食いしばり、銀剣を乱雑に振るう。
「これでも、くらえっ!!!!」
斬撃の弾幕。
単純にして強力なけん制だ。だがそれは、今まで戦ってきた相手ならばの話だ。
『素人ですね……』
コモンには通用しない。
ネグロは大きく動くことなく、シャボン玉を避けるように簡単に斬撃を躱した。
そして銀剣を振るった後の硬直を容易く狩りに行く。その黒槍の一撃にも危険信号は反応しなかった。
「また……!!」
危険信号は反応しなかったが、ツミキは頭部に向けられた突きを何とか躱した。しかし、槍を戻すことなくネグロは前に出て、右拳でアズゥのコックピットをぶん殴った。
「うっ――――」
ツミキは全速でアズゥを後退させるも、下腹部に打撃を受け、操作盤の左端を損傷した。
コモンは右手をグーパーしながら首を傾げ、純粋に問う。
『君。ひょっとして、すごく弱いんじゃないですか?』
「――――!?」
挑発を受けて、ツミキが抱いたのは怒りではない。純然な恐怖だった。
(別格だ!!!!)
ツミキはアズゥを飛び跳ねさせ、アルセルトを足元へ投げる。
「ヘルメスッ!!」
剣をブレイヴボードに変えて地面に接触する寸前で合体。そのままヘルメスで受け身を取りつつ、ネグロとは逆側に加速した。
(この人を倒す必要はない! この右腕さえ守れれば――)
アズゥの背後を目で追いながら、コモンはコックピット内で量産型の起動ツールを握った。
『出勤の時間ですよ。“グリース”……』
ツミキはヘルメスを最大限加速しつつ、障害物を避けていく。
「落ち着け……ここでミスをしなければ逃げ切れる。どんなチェイスだって、ヘルメスに追いつけるはずが無いんだ!」
『すみません。私、鬼ごっこで負けたことないんですよね』
ツミキの確信を簡単に破り、ネグロは青色のバイクに乗ってすぐ側まで迫っていた。
(バイク!? 一体どこから――)
ツミキが考えをまとめる隙を与えず、ネグロは槍の柄でアズゥを叩き飛ばした。
アズゥは勢いの余り空中で一回転する。しかし、機体が一回転したおかげでヘルメスを地面に向けることができ、受け身を取ることができた。
「ヘルメスを地面に押し付けるように……!」
ズザアアアアァッ!!
先ほどと同じようにヘルメスで地面を削りながら着地するアズゥ。ツミキは数十メートル先でバイクを停止させているネグロを観察する。
(おかしい。ヘルメスの速度に対抗できるバイクなんてあるはずがない。いや、第一、あんなバイク近くに無かったはずだ)
『ツミキ君。このバイクはただの可変量産型チェイスの“グリース”ですよ。グリースはチェイスのコックピット内で起動させると自動的にバイク形態となって元のチェイスに装備されるんです』
可変量産型チェイスの“グリース”。
体積自体はアズゥと同じほどだろう、一般的なオートバイと同じ造形で白銀の巨大な鍵が右から車体を貫いている。両脇に機銃を抱えており、操縦しながら射撃も可能。元の姿は人型で両肩に機銃を抱えている。
「量産型にヘルメスが速度負けしたのか?」
ネグロはバイクより降りて、
『いいえ違います。アンドロマリウスのパーツに対抗できるものと言えば決まっているでしょう?』
ネグロはグリースに刺さっていた白銀の鍵を左手に持つ。
『さて、問題ですツミキ君。私は何を使ってポセイドンを操り、津波を起こしたのでしょうか?』
「それは……」
ツミキは思考を働かせる。
(ポセイドンを動かせるのはケインさんのチェイスと制御装置……だけど、どっちもこの人が干渉できるわけがない)
『どうやら頭が回っていないようですね。私は君が浮遊装置にやったことと同じことを水流操作装置の端末にやったんですよ』
ツミキ達が浮遊装置にやったことと言えば浮遊装置のエネルギー源である電機柱にアンドロマリウスの右腕を突き刺し、エネルギーを注入して暴走させた。それ以外に特別やったことはない。
ならば――
『ケイン・マッケルは津波を起こすプログラムを起動させた、そして私はそのプログラムを後押しして暴走させた……君とケイン・マッケルが水中に入った、その数十秒の間に秘宝の間に侵入してね』
コモンは白銀の鍵を前に出し、
『この鍵は隣接する機械の性能を大幅に上げることができる。その性質を利用して制御装置に突き刺し、力を貸したのです。同じ理屈でこの鍵をグリースに刺せば、グリースの機動力を大幅に上げることができる』
「そんな……まさか――!!」
『では、答えを示しましょう』
ネグロが持っていた白銀の鍵が、無数の白銀の糸へと変化する。
白銀の糸は繭を作るように編まれ、あるチェイスの左脚へと変化した。
『わかりますか? これが彼の英雄の左脚……“アンドロマリウスの左脚”ですよ』




