2‐㉖ 秘宝の間
――なんだコレは?
アズゥの左手は大気を掬うように前に出された。それと同時に轟音が鳴り響き、螺旋砲は発射された。
ケインは目の前に迫る脅威に対し、ただ呆然と呟いた。
『旋風!? いや、その程度の規模ではない!!』
アンドロマリウスの右腕、第三形態ヌト。その掌に溜まった大気は黒い稲妻と共に、アズゥの左手からカエルレウムに直線で伸びていく螺旋状の竜巻となった。
ツミキは目の前に展開された破壊の塊に、いつかの英雄の影を思い出していた。右腕の一振りで廃墟やシーザーの愛機であるヴァイオレットを捻じ曲げた、あの英雄の影を。
(あの時もそうだけど、アンドロマリウスの右腕の攻撃は全て“回転”の性質を持っている。アルセルトの斬撃も、ヘルメスの加速装置も、大気の回転を利用している。そしてこのヌトも、銀腕に宿る不思議なパワーで大気を圧縮・回転・放出させることで巨大な竜巻を巻き起こしているんだッ!)
竜巻の大きさはカエルレウムを包み込めるほど。速度は初速こそ80km/hほどだったか進めば進むほど加速していく。
ケインは全速でカエルレウムを後退させるが、
(ぬぅッ!? 躱せん!!)
チェイスの構造上縦に避けることは不可。ステージが狭すぎて横に回避することも不可。やむなく後退を選択するもそれも無意味だった。
もう少し幅のある戦場ならば躱すことも可能だったかもしれない。もし上下に動ける地形ならば躱すことも可能だったかもしれない。ケインのミスはこの狭いステージを戦場に選んだことだ。
『ならば! 真っ向から抑えてやろう!!』
カエルレウムは黄金を纏った巨大な左腕、クリュサオルを盾にする。
しかし、破壊の竜巻は容易くクリュサオル事カエルレウムを巻き込んだ。
『ぬおおおおおおおおおっ!?』
稲妻走る竜巻の中にカエルレウムは閉じ込められ、そのままツミキが入ってきた入口の上へと叩きつけられる。
『がはっ!!!』
壁に激突した衝撃がケインまで伝わる。
鋼鉄の壁に衝突しても尚、竜巻は止まらない。そのまま鋼鉄の壁を突き破り、通路をでたらめに破壊しながら竜巻は肥大化していく。
(馬鹿な! この竜巻……鋼鉄にぶつかって勢いが衰えるどころか加速している!?)
「ケインさん……」
『ありえんッ! 私が、こんなボーイにッ!!!!!』
ツミキは何の感情もこもっていない表情で言い切る。
「アナタの負けだ」
螺旋砲の一撃は水中回路を破壊しながらカエルレウムを遥か彼方へと連れて行く。
『ぬわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!』
悲痛な断末魔を残して、カエルレウムは闇へと溶けていった。
無慈悲な砲撃がツミキの目の前から全ての障害を取り除いた。
「……」
螺旋状の破壊の跡が刻まれた水中回廊を前にして、ツミキはホッと胸をなでおろす。
「殺すつもりはありませんでしたが、消し飛びましたか。後は制御装置を破壊すれば……」
ツミキは疲れから気を失いかける頭を振り、出口へ足を向ける。
「しまった。水中回廊に繋がる通路が壊れてる……ヘルメスで勢いを付ければ飛び越えられるかな」
ツミキは言葉通りヘルメスを扱い、破壊されたステージから水中回廊へ飛び移る。
それから予め用意されていたMAPを画面に映し、制御装置のある“秘宝の間”へ向かう。するとポケットにある小型通信機に連絡が入ってきた。
「通信?」
ツミキは通信機を耳に当て「はい」と応答する。
『状況はどうかしら? ツミキ』
それは良く知っている野蛮な女性の声だった。
「プールさん!」
『元気そうね』
通信の先からはプール以外の声も聞こえる。その声の中にはツミキが聞いたことのある声も混じっていた。
「本隊と合流出来たみたいですね」
『ああ、船も無事に確保できた。死人はゼロとはいかなかったけど被害は少ない。あとは出航するだけだ』
「すみません。すぐに制御装置を壊します!」
『ん? アンタ、ケインは倒したわけ?』
「はい。なんとか……」
プールは通信の先でツミキに聞こえないように「マジかコイツ」と呟いた。
『それでか。海流が通常の状態に戻っている。多分、海流操作装置の操作権を握っているケインが死んだからだろう』
「なるほど」
『そこでなんだけど、私らはアンタを待たずに先に出航することにした』
「え? 僕置いてけぼりですか!?」
『馬鹿、話は最後まで聞け! 海流操作装置は停止したけど大雨のせいで海の荒れ方が酷い。これ以上待つと状況は悪くなるばかりだ。明日の朝には止むと思うけど敵地の真ん中でそれまで待つわけにもいかない。だから私らは先に行くけど、代わりにアンタが帰ってこれるように特別な潜水艦と潜水艦のパイロットを置いて行く』
「潜水艦……」
『水流如きに左右されない特別製だ。凰燭軍が外部へ逃げるために用意していたたった一機の品物よ、安全は保障する。アンタは制御装置を破壊したら私がいま送ったポイントに行って、潜水艦に乗り込め。それで今回の戦いは終わりだ』
ツミキはようやく戦いの結末を想像できた。
「やっと、終わる……」
『ツミキ。ここから先は交戦はなるべく避けて、遠回りでも安全なルートを取るんだ。義竜軍も本隊は挫いたけど残党がいる可能性はある。気を引き締めな』
「はい!」
『それじゃあ、また後で』
ブツッ! と通信は切れた。
「よし。あとは進むだけだ!」
ツミキは通信機をしまい、秘宝の間を目指す。
途中敵に遭うこともなく、ヘルメスを駆使してツミキはようやく目的の扉の前にたどり着いた。
「すごい……わかる、間違いなくこれが秘宝の間の扉だ」
扉はチェイスより遥かに巨大で、至る所に宝石が埋め込まれている。頑丈そうだが、ツミキはヘルメスを銀腕に戻し、銀腕を扉にねじ込んで無理やりこじ開けた。窮屈そうな音を立てて、扉は無造作に破られる。
ツミキは剥がれた扉を踏みしめ、中に入った。
「あれ?」
中に入り、ツミキは足を止めた。
「なにもない……」
その部屋には多数のコンピューターが壁に埋め込まれているだけで他にはなにもない。部屋は金属質だが、なぜかブルーライトで照らされている。
「この光は……」
ツミキは光の集う先、天井を見上げた。そして目を見開いた。
「アレは!?」
秘宝の間は円柱状の大部屋だ。壁には多数のコンピューターと電気回路が埋め込まれており、その全ては天井百メートルにある青く輝くボール状のメインコンピューターに繋がっている。
その姿はまさに海の宝玉。ツミキ達が目標、海流操作装置の核だ。
「あれが制御装置……あれを壊せば僕らの勝ちだ!」
しかし、とツミキは頭を掻いた。
「ヘルメスで駆け上がるのは無理かな。だったらもう一度ヌトで――」
ツミキがどうやって制御装置を破壊するか考えていると、
『そうはいかんな……ボーイ』
背後から、聞くはずのない声が聞こえた。ツミキは恐る恐る入り口の方を振り返る。
「まさか――」
そこに立っていたのは黄金の右腕を持つボロボロの海色のチェイスだった。
『ケイン・マッケルが居る限り、あの装置へは指一本触れさせん……!』
高性能型チェイスカエルレウム。そして、アーレイ・カプラの王――ケイン・マッケル。秘宝の間の入り口に彼は堂々と君臨していた。
「どうしてアナタが――あの攻撃を受けて、無事なはずがない!!」
『そうだな。まともにくらっていたら再起不能だっただろう……私はなにもしていない。問題があったのはボーイの方だ。まさか、あの状況で加減されるとは思わなかったさ。あの破滅の竜巻はあと少しで私を殺せた。だが、途中で出力が乱れ、攻撃の方向が変わった。おかげで私は生き残ることが出来た……』
「――!?」
危険信号の代償、不殺の強制。
それがツミキの無意識化で働き、ヌトの攻撃を躊躇わせた。他と比べ破壊力の高いヌトだからこそツミキは細かい調整できず、大雑把な加減をし殺すどころか再起不能にすらできなかったのだ。
ケインが生きている。ならば、先ほどのプールとの会話の内容に矛盾が生じる。
(ケイン・マッケルは生きている。だったらどうして、水流操作は止まったんだ!?)
『よく聞けボーイ。私は水流の檻を解いた』
カエルレウムはボロボロな体で歩を進める。
『そして新たなプログラムを発動させた。それは、巨大な津波を巻き起こすプログラムだ』
「津波!?」
『水流を操ればそういうこともできるというわけだ、ただ膨大なエネルギーを使うから檻は解かずにはいられなかったがな。津波は語師軍の領地がある北側から南にかけて起こる。この意味がわかるかな? ボーイ』
ツミキの表情に焦りが生まれる。
(確か予定ではアーレイ・カプラから直接北へ……)
船は直接北へ向かう予定だった。つまり、北で大波が発生すれば第三層の住民やサンタやプール、凰燭軍が乗り込んだ船は海の藻屑となるだろう。
「プールさんッ!!」
ツミキは慌てて通信機を取り出し、プールへ連絡を取ろうとするが、
「つ、繋がらない!?」
『プログラムの発動までは二分の時間を要する。それまでにアーレイカプラの領域から逃れることは不可能』
「あ、アナタはどこまで……!!」
『私は君を始末できればアンドロマリウスの右腕を手に入れポセイドンの核に取り込み、浮遊装置無しでも海を支配できる兵器を完成させることができる。君は私を始末すればポセイドンを破壊し、仲間と共に平穏を得ることができる。制限時間は二分。さぁ、ラフゲームを続けよう。ボーイ……』