2‐㉕ 海の王と盗賊の神 その3
ケイン・マッケルは“理由なき戦争”十三期、初期にて生を受けた。
両親は共にミソロジア人、だが彼が生まれた場所は敵国である語師軍領地“ギョウケン”だった。ケインの両親はミソロジア人でありながら語師軍に属する特別な人間だったのだ。
『ケイン。世の中には色々な才能を持つ人間がいる。喧嘩が強い人、絵が上手な人、機械を作れる人。誰にだって大小はあれど才能をもっている。だけど今のミソロジア人は自分達が特別だと決めつけ、他の人種を否定している。パパとママはそんな彼らの思想と戦っているんだ』
『パパの言う通りよ。特別な人間なんていない、それを忘れないで』
ケインは母国が相手だろうと己の正義を貫く両親に憧れ、自分も語師軍に尽くすと決めていた。
だが――
『気持ち悪いんだよミソロジア人が!』
『俺の父ちゃんもお前らミソロジア人に殺されたんだぞ!』
士官学校で彼に待っていたのは熾烈ないじめ、人種差別だった。
肌の色を、瞳の色を、体格を、己が両親より受け継いだ全てを否定された。それでも彼はめげなかった。持ち前の才能とそれを活かすための努力を重ね、学校一の成績を維持していた。
全ては正義を成すために。
全ては語師軍を己の手で勝利に導くために。
そして、両親の助けになるために。
だが彼の本物の忠誠心は士官学校を卒業する頃から歪み始める。
『なぜですか教官! なぜ私があんな辺境の部隊に送られるのですか!? 私はチェイスの扱いも生身での戦いも誰にも負けません! 是非、前線に送ってください!』
教官は溜息をついて言い放つ。
『お前が重要な作戦に参加し、情報を漏洩したら私の責任になる』
『なにを言いますか! 私が情報を流すなど――』
『貴様は。 ――ミソロジア人だろうが』
その一言でケインは何も言えなくなってしまった。そう言い放った教官の目はミソロジア人を軽蔑し、ケインをいじめていた者達と同じ顔をしていたのだ。
だが、それでも――とケインは拳を握りしめた。それでも尚、彼は語師軍を見限らなかった。
あの事件さえ起きなければ。
『ナカル・マッケルおよびシギル・マッケルは義竜軍の襲撃に遭い戦死した。ケイン、貴様の両親は我が軍に多くの技術をもたらし、最期は機密情報を守って死んでいった。我が軍の誇りだ』
嘘だった。
ケインは上官の言っていることが嘘だとすぐにわかった。両親が勤めている研究所は語師軍の首都にある。そこを襲撃されればすぐにニュースとなりケインの耳に入るだろう。
ケインは士官学校を抜け出し、両親の死について調べた。脅迫、強奪、殺人。法を破ることも、非人道的な方法も行った。
『なんだ? 何かがおかしい……』
両親の死の真相に近づけば近づくほど自分の中でなにかが崩れていくのをケインは感じていた。それほどまでに語師軍の、いや、人間のどす黒い部分と接触していた。
『見つけたぞ!!』
探し始めて一か月。ケインは両親の元部下の人間のPCをハッキングし、遂に真相へ近づくある録画映像に行きついた。
その映像を見た時、ケイン・マッケルの景色が変わった。
『馬鹿な……』
ケインが見つけた映像には永遠と拷問され続ける両親の姿があった。両親は敵国のスパイだと疑われ、自白を強要されていた。理由は単純、彼らがミソロジア人だったからだ。
父は頑なに否定し、指を切断され、眼球を抉られ、最期は出血多量により死亡した。
母はそうそうに断念し、実際に裏切っていたわけでもないのに自分がスパイだと認めた。だが認めた所で待っているのは地獄だ。体中をいじめつかされ、凌辱され、牢屋の中で舌を噛み自殺した。
『これが、貴様らか』
両親があらぬ疑いをかけられ語師軍に裏切られて処刑されたとわかった時、彼の中で新たな思想が生まれた。
『私の両親は優秀だった。私の両親はこの国を愛していた。なのに! 貴様らは否定したッ! 弱く、疎く、鈍く、凡夫な貴様らを! 必死に救おうとした人間を!! ただミソロジア人だからというだけの理由で! ――教えてやる。貴様ら蛮族共に、ミソロジア人の力を!』
決心してからは早かった。ケインは手始めに語師軍の戦艦を一隻、単身で奪取した。もちろん多くの語師軍の屍を並べて。
上官たちの亡骸と戦艦を持って彼は義竜軍と交渉する。『私に兵を寄越せ! そうしたら蛮族共の屍で海を作って見せる!』と。義竜軍はケインの要望をあっさりと承諾し、彼は有言実行した。そして“理由なき戦争”終期、アンドロマリウスが現れ反乱分子は一掃された。
どれだけ敵兵を殺しても彼が満たされることは無かった。
『貴族や王族が上に立つ今のミソロジアを私は認めん。全ての才能に平等のチャンスが必要だ。そんな国を作る。天才は上に行き、凡人は地べたを這いずる。人種は一つに統一し、優れた遺伝子のみが世界を巡る。そんな世界を作って見せる……我が両親が残したこの兵器、“ポセイドン”の力で!!』
ケイン・マッケルという人間が完成した瞬間である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『例えどんな武器を振るおうが、私の信念に傷は付けられん! 信念が折れなければ私は存在できる!!』
「アナタの全てを、僕とこの銀腕が破壊するッ!!」
『面白い。世界を変えた“アンドロマリウス”の力の全てを私に見せたまえ!!』
アンドロマリウスの右腕は剣の形からアズゥの左腕を覆うように変形していく。一秒後、アズゥの左腕は銀色の装甲を纏った。
アンドロマリウスの右腕、第三の形態“ヌト”。それは“三叉槍”第二形態クリュサオルに酷似している。
クリュサオルより細く長い。手の形はアンドロマリウスの右腕に比べ人間に近く、手の平の中心には赤い宝玉が埋め込まれていた。
『なるほど。クリュサオルと同じ左腕を覆う強化パーツか』
「同じかどうかはすぐわかりますよ」
『ふふっ。上等だよ、ボーイッ!!』
両者同時に地面を蹴った。アズゥが左腕を後ろへ振りかぶる、合わせてカエルレウムも左腕を引いた。
黒いカーテンに囲まれ、ブルーライトが照らす部屋で両者は左拳を合わせた。
「うっ――!?」
『ぬぅ――!?』
ピシ。と空間が悲鳴を上げた。
部屋全体が揺れ地面にヒビが入る。
両者ともに一歩も譲らず、左拳を合わせたまま静止した。
( “ヌト”の性能自体はこの黄金の左腕に勝っている……だけど!)
『アズゥとカエルレウムの性能差で手打ちにできたか。やはり“三叉槍”はまだまだ“アンドロマリウス”には及ばんなぁ、それこそ量産型と高性能型の差と同じほどに』
「速度と柔軟性は相手が上、破壊力はこっちが上……」
『総合した性能はほとんど同格、ならば、ここからは技術がモノを言うッ!!!』
(一度退いて立て直してもいいけど――)
『そんな野暮なことをするほど、凡夫ではあるまいッ!!』
二機は左拳を弾かせ、助走のための距離を少し開け、再び前進する。
ビシッ! 再び拳を合わせる二機のチェイス。今度はすぐに拳を離し、足を止めての撃ち合いを始めた。
ツミキの左目に赤・黄・青の×印が浮かぶ。
「危険信号ッ!!」
――コックピット右側面0.5秒後。
(回避)
――頭上1.7秒後。
(回避)
――右足元、コックピット右、コックピット正面、左肩。
(回避! 防御、回避、防御ッ!!)
アズゥの左手がカエルレウムの左拳を受け止める。アズゥの踏ん張る足が地面にヒビを入れた。
ツミキは彼の動きを見て「なんで」と呟いた。
「アナタの、この力は! 才能だけで作れるものじゃない! 僕が心能を使っても届かないほどの動き……多くの努力をしたはずだ。なのに!」
『やめたまえボーイ! 過去を語るは臆病者、未来を語るは夢想人。君も英雄を目指すのならば現在で語りたまえッ!!』
隻腕同士のインファイト。互いに左拳を振るい、躱す。チェイスがここまでの近距離で互いに攻撃をヒットできないのは異常である。
時に躱し、時にいなし、ツミキは一歩一歩とカエルレウムを追い詰めるが、それに勝るスピードでケインもツミキを追い詰める。
ツミキの危険信号に対し、ケインは持ち前の動体視力と経験則で対抗した。
「ケイン・マッケル……! アナタはどうして人を差別する!」
『それが人の宿命だからだ! 人は生まれながらに差別されている。そして死ぬまで抗い続ける! 私はその運命の輪に君臨しているに過ぎない!!』
「そんな道理は僕が否定する!」
『HAHAHAHA!!! ならばボーイ、逆に問おう。君は人を差別していないのか?』
「なにを……」
『君だって私を悪者だと差別しているだろう。蛮族共を善人とし、我々を悪と決めつけ裁こうとしいてる! 私と逆なだけで、君だって人を差別しているではないか!!?』
その時、ツミキの判断が鈍った。
『ボディが開いたな……』
コックピット正面に赤色の危険信号が現れる。
「駄目だ! これは――」
カエルレウムの右足がアズゥのコックピットを蹴り飛ばした。
「ガッ!?」
コックピットの前面が凹み、ツミキは後頭部を強打する。
アズゥはステージの端まで体を滑らせた。
『勝者は見えたな、ボーイ』
ケインは倒れこむアズゥにとどめを刺そうとするが、
「間違っている……」
大気の唸りがカエルレウムの足を止めた。
『なんだ?』
アズゥの左手、その中心に埋め込まれた宝玉に風が集まっていく。
(大気が一か所に――この現象はまるで、“トリトン”の充填作用ではないか!)
黒い稲妻がアズゥの銀色の左腕に走る。ケインはただならぬ現象を前にして対処法を見いだせなかった。
「あなた達も第三層の人達も、差なんてない。なのに、アナタは彼らを否定する。彼らはアナタを否定しないのに、アナタは一方的に彼らを虐げる」
『どういうことだ? アレは、ただのグローブではないのか……!?』
「善悪で人を分けることは差別じゃありません」
『ならば――!』
ツミキは冷淡な顔つきで唇を動かす。
「□□です」
ツミキの放ったある一言を聞き、ケインは不意に動きを止めてしまった。
大気が一か所に収束し、禍々しい電光が蜘蛛の巣のように部屋全体を駆け巡る。
“アンドロマリウスの右腕”第三形態“ヌト”。それは防具でもなければ近接武器でもない……
大砲である。
「螺旋砲、発射」




