2‐㉔ 海の王と盗賊の神 その2
「や、やった……」
巨大な鉄の扉はヘルメスによって破壊され、中の部屋までカエルレウムは吹き飛ばされた。
(クリーンヒットしたはずだ、どんなチェイスだって今の“ヘルメス”の攻撃に耐えられるはずがない!)
ツミキは「念のため」と扉の残骸を踏んで部屋に入る。
ツミキは部屋の中を見て、その内装に唇を震わせた。
「な、なんだ……ここは」
その空間はツミキの予想を超える大きさであり、中央には円形のステージ、そのステージから十数メートル離れて囲うようにカーテンで区画されたVip部屋が並んでいる。
(昨日戦った闘技場に似ている?)
第二層にある闘技場“ブルー・シャーベット”によく似た造りだ。
ステージから石造りの通路が破壊された扉まで繋がっている。チェイス一機がギリギリ通れるほどの道幅だ。ステージとVip部屋の間は絶壁となっており、絶壁の下には水が張ってある。
「落ちたら助からないな……いや、それよりも!」
ツミキは周囲を見渡し、海色のチェイスがいないことを確認する。
「どこにいった!?」
通路にはしっかりとカエルレウムが引きずられた跡はあるが本体の姿がない。完全に敵を見失ったとツミキが焦った瞬間、
(危険信号ッ!?)
アズゥの頭上に×印が出現した。
「上か!」
『大当たりだッ!』
上から海色のチェイスが左腕を振り下ろして落下してきた。
ツミキはそれをアズゥの左わきに挟んでいた“ヘルメス”で咄嗟にガードする。衝撃に足を取られる中、ツミキはカエルレウムの左腕を見た。
(アレは……)
カエルレウムの海色だった左腕は太い黄金の左腕となっていた。
“三叉槍”第二形態“クリュサオル”。それはカエルレウムの左腕を覆うアームカバーだ。
「“三叉槍”を左腕に纏っているのか!?」
ただでさえチェイスの右腕としては大きな“三叉槍”を左腕に纏うのだ。その大きさは通常のチェイスの左腕の三倍はあり、手の平は巨大な岩石ですら握りつぶせるほどの大きさだ。現に今、黄金の剛拳は石造りの通路にヒビを入れ、崩壊を始めさせた。
その破壊力の要因は大きな腕と手、そして肩の部分に装着された四基のブースターだろう。速度と重さが合わさり、とてつもない威力を一撃に込めていた。
(足場が崩れる!?)
『今のを躱すか! だが――』
「危険信号ッ!」
コックピットに浮かぶ危険信号。
だがアズゥはまだ“クリュサオル”の一撃を受け、怯んでいる。
黄金を纏った左拳がヘルメスごとアズゥをステージの中央へと叩きつけた。
「ごはっ!?」
コックピットの背面を強打しツミキは頭を操縦桿にぶつけた。軽い脳震盪を起こしながらもツミキは操縦桿を握り続ける。
(な、なんて威力だ!? さっきの大砲とは桁違い……)
崩壊する通路からカエルレウムは飛び、アズゥの正面に舞い降りた。
『ここは海底闘技場“アトランティス”。私自らショーをする際に使う場所だ。闘技場、というより処刑場と言った方が正しいかもしれん。今の状況にピッタリなステージだろう?』
ツミキはケインの言葉を受けて視線を落とした。
ステージの上には赤い“何か”が広範囲に渡ってこびりついている。ツミキはその赤い跡に込められたモノを感じ取り、肩を震わせた。
「あなたはここでも、無実の人を多く殺したのか!」
『むぅ? 無実、というのは罪のない者を指す。ならば、私は誰一人罪なき者を殺していない』
ケインは笑う。
『敗北した国の民は、存在自体が罪なのだ』
アズゥはツミキの怒りを表すように地面を鳴らし、カエルレウムに接近する。
「“アルセルト”ッ!!」
“ヘルメス”が変形し“アルセルト”へ。銀剣がアズゥの左手に握られる。
(ボーイ。やはり戦闘経験が足りていないな……)
カエルレウムの剛拳は接近するアズゥではなく、ステージに向けられていた。
「なに!?」
ゴォオンッ!!
黄金の剛拳が地面を揺らす。アズゥは足場の揺れに抗えず、バランスを取るために足を止めた。その隙にカエルレウムは付け込む。
『ボーイ! 第二ラウンドといこうか! 但しッ!!』
高性能型のフル加速。アズゥは銀剣を振るう間もなく距離を詰められた。
(速い!?)
『これより先はない! 最終ラウンドだッ!!』
腕の無い右側から剛拳が迫る。
“アンドロマリウスの右腕”が間に挟めず攻撃を受ければアズゥは間違いなく大破する。しかし、銀剣の刃は左側に倒しているため刃による防御は間に合わない。
案(A)禁呪解放による回避or防御→不可、禁呪解放は“アンドロマリウスの右腕”が銀腕状態でないと使えない。
案(B)他の形態で対抗→不可、変形している時間はない。
(なら――)
ツミキが次にとった行動にケインは驚きを隠せなかった。
『貴様!?』
ツミキは防御も回避もせず、攻撃を選択した。
銀剣を横に薙ぐ。普通の剣ならばケインは恐れない、だがこの武器は別だ。攻撃力・攻撃範囲共に常軌を逸している。
すぐに距離を取らなければ例え剛拳での攻撃でアズゥとツミキを壊せたとしても、銀剣は勢いのままカエルレウムのコックピットを切り裂く。
ツミキはケインに選択を迫っていた。相討ちか、共存か。
(このボーイは防御を捨て、私に選択を迫っている!)
(僕を殺しに来るなら“アルセルト”は躱せませんよ)
(己の命を賭けて!)
(共存か心中か……)
(正気ではないッ!)
(アナタが選べ!!)
ケインが選択したのは回避だった。
カエルレウムは地面を蹴り、高性能型の脚力であっという間に銀剣の間合いの外へ逃げる。その影を追うように銀剣の斬撃が空を裂いた。
ケインは銀剣の斬撃の跡を見て眉をひそめる。
『この攻撃、元よりコックピットを狙っていない。――ハッタリか』
(殺意を抱けない、というのは結構厳しいな。コックピットを狙えなかった……)
ツミキは心の内で舌打ちする。
「殺しにいければもっと楽に戦えるのに」
ツミキの言葉を聞いたわけではない、だがケインは背筋にゾクリと寒気を感じた。
『クレイジー……やはり、君は善人ではないな」
“独善者”。ケインはその言葉を飲み込み、アズゥを睨む。
ツミキは「ふぅ」と息を吐き、アズゥの左手を前に出して銀剣の切っ先を天井に向けた。そしてゆっくりと口を開く。
「これが最終ラウンドというのは同意見です。アナタはここでKOする」
『ほぉう?』
「ただ、これは僕もまだ扱いに慣れていないので覚悟してください。殺さないつもりでも、殺してしまう恐れがある」
ツミキは呼ぶ、最後にして最も強力な“アンドロマリウスの右腕”最後の形態の名前を――
「捻じ曲げろ、“ヌト”」




