2‐㉑ 黄金の右腕
プールはバズーカから最後の弾を放った後すぐにバズーカを捨て、“ガチェットライフル”を手繰り寄せた。
プールはトリゴを通して銃の重さ、重心の位置を確認し装弾数を読み取った。
(残り三発、一発は装填済みか。助かった、片手しかないからリロードする手間が面倒だったんだ)
散弾銃は一発撃つ度に下腹部に付いているフォアエンドを前後にスライドさせてリロードしなければいけない手間がある(そうでない散弾銃もある)。本来なら利き手を引き金にかけながら空いた手でリロードできるため苦にはならないが、現在トリゴは右手しかないゆえにリロードするのは難しいのだ。
「さて。そんじゃお試しといこうか!」
そう言ってプールは“ガチェットライフル”を黒煙に向ける。――だが、
「あぁ?」
黒煙が晴れた時、そこにフラーウムの姿はなかった。
「アイツ、どこ行きやがった?」
黒煙が視界を塞いだ時間は僅か数秒程度。その間に音もなく立ち去ることは不可能なはずだった。なのに、フラーウムは現在、トリゴの背後に迫っていた。
(せいかいは~ばっくでしたぁ♪)
――禁呪解放。
禁呪を解放したフラーウムは脚力を大幅に強化させる。その理由はスナイパーとしての弱点、近接戦闘をカバーするためだ。
スナイパーが恐れることの一つは対象との接近、接触である。つまりこの禁呪解放の目的は接近してきた敵から逃げるためのもの。だが今回に限ってフラーウムはこの力を使い、プールに奇襲を仕掛けるため高速で背後の道から道を右に曲がり続け、最短距離で一周することでわずか十数秒でトリゴの背後を取った。
フラーウムは背中のライフルに手をかける。
完璧な奇襲。誰もが予想外の選択であり、反応できる者はそういない。レインの判断は最適とも言えるものだった。
――それでもトリゴが持つ “ガチェットライフル”の銃口がフラーウムに向けられていたのは相手を褒めるしかない。
『なっ――』
トリゴは後ろを見ていない、体は背後を見ようと回転の途中だ。だが右腕だけが先に背後に向いている。
トリゴのカメラが相手を捉えていないのだからプールも後ろを見れていない。それでもプールは確固たる自信をもってボタンに指を押し込んでいる。
「信じてるよ。アンタならそこにいてくれると」
相手を認め、リスペクトしているからこそプールは信じた。“このパイロットなら私の背後を取ってくる”と。
プールはレインを認め、ありえないことも考慮に入れた。逆にレインはプールを侮り、自身の行動が絶対成功すると疑わなかった。――プールとレイン、勝負を決めたのは相手への信頼、尊敬の差だ。
(まだですよぉ!)
レインの瞳の中で泡が弾ける。
レインは咄嗟に手元のライフルを手放し、“ガチェットライフル”の射線とコックピットの間に重なるようにして、両腕をコックピットの前でクロスさせようとする。
ガンッ!! とショットガンの反動によりトリゴは後退する。ばら撒かれた弾丸はフラーウムのライフルに当たり、ギリギリで防御に間に合ったフラーウムの左腕に食い込み、破壊した所で勢いを失った。
それでもフラーウムのバイザー、左腕、ライフルを破壊したことは大きい。
(っち! 無理な態勢で撃ったせいで軸がブレた!!)
(わたしはまけられません! けいんさまのためにもぉ!!)
トリゴはフラーウムの方を向き、静止する。フラーウムも同様に静止した。
「――――」
『――――』
距離は十メートル。一息で詰められる距離。
フラーウムの武装のほとんどはこの戦闘の内に破壊された。それはトリゴも同様である。だがトリゴにはまだ“ガチェットライフル”がある。
(だけどもう、あなたにそれはつかえませんよねぇ~?)
レインの考えている通り、現状プールに“ガチェットライフル”は使えない。
(片手でリロードすることもできるが、そんな暇はくれないだろう)
(なら、必然的に、ここからは――)
ボディで争う戦い、
『肉弾戦だッ!!』
フラーウムが跳ねる。
狙うは強化された足による飛び蹴りだ。
迫る右足をトリゴは屈んで避ける、だが息つく間もなくフラーウムの右腕が迫って来ていた。
(ふっふっふ。今のフラーウムの機動力はトリゴの十倍はあります。肉弾戦でわたしがまけることはありまへんよぉ!)
コックピットに迫る拳に対し、トリゴが取った行動はレインの予想外の動きだった。
――トリゴは拳に対し、“ガチェットライフル”を向けた。
(言っただろ。“アンタに勝てる分野でしか私は勝負しない”ってね!!)
そのままトリゴはフラーウムに“ガチェットライフル”のフォアエンドを殴らせ後ろにスライド、次に腕の上をすべるように引きフォアエンドを前にスライドさせた。ガチ、と音が鳴りリロードが完了する。
『へ』
“ガチェットライフル”の銃口は今、至近距離でフラーウムのコックピットに向かっている。
プールはレインの真似をして引き金を引いた。
「ばん!」
銃声を鳴らし銃口から放たれた散弾はコックピットに当たったが、掠めただけだった。
寸前の所でフラーウムは壁を蹴り、後ろに全身全霊の力で跳ねたのだ。さすがのプールも完全に予想外の動きであり、機体の性能差に呆れ果てた。
「あれを避けるのかよ! マジしぶといな……だけど」
フラーウムが禁呪解放したことにより赤く輝いていた両足は光を失い、禁呪解放の反動により全身のパワーは低下。フラーウムは着地の衝撃に耐えられず空中から地面に叩きつけられた。
『うわああああああああ!?』
プールは“ガチェットライフル”のフォアエンドを持って壁にグリップ部分を突きつけ、フォアエンドをスライド、リロードさせる。
『へ……ちょっとまてくだはい。まだわたひは――』
地面を這ってトリゴに背中を向けるフラーウム。トリゴは何の容赦もなく銃口をフラーウムに向ける。
「終わりだ雑兵……」
あと一撃、一手で終わるというところでプールは引き金を引くことはできなかった。
その目に、新たな脅威が現れたからである。
『ブラボー! まさかレインを倒すとは。勲章物だよチャレンジャー……』
プールの顔色がみるみる悪くなる。
レインの這って行った先に奴はいた。海色のチェイス、右腕に包帯のような鉄布を巻き付けたそれはプール達が“アーレイ・カプラ”を訪れた際に初めて見たチェイス。
ケイン・マッケルのチェイス“カエルレウム”だ。
(ちょっと待てよ……マジで、ふざけんな! こんな機体の状態で高性能型を相手にするのはさすがに――)
カエルレウムの足元にフラーウムは近づいて行く。
『す、すみませんケイン様……』
ケインはニッコリと笑い、自身のチェイス“カエルレウム”に膝をつかせて包帯が巻かれた右手をフラーウムの頭へ近づける。
『レイン……』
『はい?』
そしてそのまま右手をフラーウムの頭に乗せた。
『よく頑張ったな。ここは私に任せて君は後退しろ』
『で、ですがけいんさま。ここで退いたらわたしは……』
『HAHAHA! 失敗することぐらい誰にでもあるさ! 君には才能がある。なぁに、次で挽回すればいい。期待しているぞ、レイン・アベット!』
『は、はい――』
バンッ!!!! と二人の会話を銃声が遮る。
プールは何の脈絡もなく、会話の途中で散弾を放った。だが――
『HAッHAッHA! いいぞチャレンジャー。隙は狙うものだからなぁ』
カエルレウムに向けて放った散弾は、カエルレウムの右腕に全て止められた。右腕の包帯にヒビが入り崩れ去り、その真の姿が明らかになる。
「あらら。その形、どこかで見たことあるんだけど……」
プールはその右腕の形を知っていた。通常のチェイスとはサイズが合わず、明らかに浮いているその大きさ、一点の汚れもなくゴツゴツとしたその右腕を知っている。
(まさか、そんなわけない! アレは一つしか持ち込まれていないはずだ!!)
色は銀ではなく金色、だが異質な存在感を放つそれはまさしく……
『ああ、君が思い浮かべた通りさ。これは――“アンドロマリウスの右腕”だよ……』
黄金の右腕がプールを睨んでいた。