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“銀”の英雄  ~Revival of Andromalius~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二幕 水の都“アーレイカプラ”の戦い

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2‐⑲ 紅蓮の英雄 その2

 特化型(ルーク級)チェイス“スカーレッド”。


 その名の通り赤をイメージとしたチェイスだ。真っ赤な装甲、その装甲の厚みは“アズゥ”ほどもなく細身。後頭部の中心から髪の毛のように銀色の金属糸が紡がれている。目と呼べるものは真っ赤なヘルメットに隠され口元だけ白く塗装されている。機体の身長はアズゥと同じほどだ。


 武器は腰に掛かった二本のコンバットナイフと手に持っている一本のコンバットナイフのみ。


 余計なものを完全にそぎ落としたその形状は美しく、どこかロングヘアーの美女を思わせる。


『ダーリン! 船の上見て! なんか変なチェイスがいる!?』


 アルベルト(妹)は“スカーレッド”の展開を目にして遠くに見える船を指さす。だが、


『なんだいハニー? 船にチェイスなんていないじゃないか?』


『え……』


 兄に言われ、妹は再び船に目線を送る。するとそこには傾いた船以外何もなかった。


『あれ、ホントだ』


『ははは! きっと疲れてるんだよハニー! 今日は朝から働きっぱなし――』


 その時、紅蓮の流星をアルベルト(兄)は見た。


『いや、本当にいたんだってば! 確かに真っ赤なチェイスがあそこに――』


『――――』


『ダーリン?』


 ギギ。と何か金属質のものがズレたような音がアルベルト(妹)の耳に届いた。


 その音は隣の兄の機体から聞こえており、その音が何を示しているかアルベルト(妹)は理解できなかった。


 兄の黒い発展型のコックピットから赤い液体がにじみ出ている。


 なぜかコックピットがズレている。


 そこまで見えていても、アルベルト(妹)はなにが起きたか理解できなかった。


「悪いな、別れの言葉を聞いてやる時間は無かった。――でも問題ないだろう? どうせお前もすぐ後を追う」


『はっ――!?』


 瞬間、アルベルト(妹)は全速でその場から退避した。


 声の主から五十メートル距離を取る。それでも尚、彼女の震えは止まらなかった。


『だ、ダーリン? 嘘、だよね?』


 アルベルト(妹)は口を閉じ、心能“以心伝心”を発動する。


――検索……検索……


“応答して! ダーリンッ!!!!”


 しかし、心能を通しても彼から返事が返ってくることはなかった。


『そんな……』


 アルベルト(妹)の最悪な想定を肯定するように兄の発展型(アルブス)は体を真っ二つにして海に落ちていった。


『――!?』


 さっきまでアルブスが居た位置、その後方には先ほどまで船に乗っていた真っ赤なチェイスがナイフを持って立っていた。チェイスはナイフを横に薙ぎ、刀身に付いた赤い液体を地面にまき散らした。その血を見て『まさか――』とアルベルト(妹)は唇を震わせる。


『ダーリンの?』


 紅蓮の特化型チェイスは倒れている二機のチェイスに近寄り手を貸して移動させる。現在、彼らの戦っている場所はすぐ北に海、南に倉庫群のある港である。緑色の量産型二機は倉庫に背中を預ける形で座り込み、正面にいるエースに全ての望みを託す。


『シンラ!』

『シンラさん!!』


「本当に迷惑をかけた。後は任せてくれ」


 シンラ・バード。凰燭軍のエースはそう言って部下たちに背中を向けた。


 一方、兄の死を理解したアルベルト(妹)は己の感情に驚いていた。


(大好きなダーリンが死んだというのに、どうして私は悲しくないんだ?)


 彼女は実の兄に確かな愛情を抱いていた。こんな状況で無ければ彼女は兄の死を悲しみ、泣き叫び、半年は立ち直れないだろう。だが今は涙の一滴も出ない。


「さて」


 彼女は生物として当然の反応をしたまでだ。ただ目の前の危機から全速で逃げているだけだ。


「今からお前を殺すわけだが、断末魔は先にあげておけ。容赦する気は一切ないぞ……」


 赤の特化型、“スカーレッド”を通してアルベルト(妹)は確かな殺意をその身に感じた。


 アルベルト(妹)は身近な人間の死を生まれて初めて目の当たりにしたことでリアルな死への恐怖を感じていた。体をガクガクと震わさせ、目に涙を浮かべている。


『いやだ。私一人じゃ勝てっこない……! ダーリン、助けて――』


 悲哀を恐怖が上回る。


 狩られる側に仲間の死を悲しむ権利などない。


 完全に心の砕けたアルベルト(妹)。そんな彼女の元へ、一つの通信が入った。


――“落ち着いて、ハニー”


 怯えるアルベルト(妹)の元へ届いた声。その声は、もういなくなったはずの兄の声だった。


『だー、りん?』


“ハニー。君ならやれるさ、きっと僕抜きでも戦える”


『でも、私はダーリンがいないと』


“大丈夫。僕はいつだって君の側にいるよ”


 アルベルト(妹)はその声をしっかりと聞き届け、裾で涙を拭い操縦桿を握る。


 シンラも同様に操縦桿を強く握った。


(こんなことでレッジが報われるとは思わないが、まずは――このふざけた連中の首、取ってやらないとな)


 アルベルト(妹)は呼吸を整え、敵をしっかりと睨む。


『力を貸して、ダーリンッ!!』


 スカーレッドがユラ……と体を左右に揺さぶる。


 アルベルト(妹)は本能的に先手を取られるのはまずいと判断し、赤い糸()をもって先制攻撃を仕掛ける。


『その薄っぺらい装甲でこの“赤い糸(ラブ・ウィップ)”の攻撃に耐えられるか!?』


 アルベルト(妹)の言葉にシンラは表情一つ変えずに答える。


「ああ。当たればこの機体は大破するだろうな」


 だが。と言葉を紡ぐと同時にスカーレッドはステップを踏む。時同じくして速度を増した鞭の連撃がスカーレッドを襲う。


 対ツミキ&プール戦で見せた時より明らかに手数・速度共に多く速い。

 恐らく彼女は今が一番強いだろう。心能“以心伝心”の代償は仲間に依存してしまうこと、それが彼女自身の力を抑制していたのだ。皮肉にも、彼女は兄がいない方が強かった。


(まさか、一人の方が強いとはな。“心能”ってやつは相変わらず理不尽なものだ。まぁ、強くなったところで関係ないが)


 縦横無尽の軌道、しかしその攻撃は全て空を切った。


『は――』


 高速、残像すら見えない回避のスピード。打てど打てど攻撃は赤い跡をなぞるだけだ。


 やがて発展型(アーテル)の方が息切れし、鞭を止めた。シンラはなんてことない調子で言い放つ。


「断言しよう。お前の攻撃はもう誰にも届くことは無い」


『まさか……アレは、世界に五機しかない特化型!?』


 特化型……その名の通り一芸に特化したチェイスたちだ。


 チェイスの序列は基本的に最上位型(クイーン級)>高性能型(ビショップ級)=特化型(ルーク級)>発展型(ナイト級)>量産型(ポーン級)である。つまり特化型は現在あるチェイスの中では高性能型と並んで一番上の性能と言える。しかし、一般の兵士に『量産型と特化型、どちらに乗りたい?』と問えばほとんどが『量産型』と答えるだろう。


 なぜなら特化型はそれほど乗りずらいピーキーな機体なのだ。玄人向けと言っていい。

 通常ならば装甲の厚みや機体の機動力、兵器の性能には最低保証がある。だが特化型にはそれがない。


 機動力を重視するなら装甲と兵器を捨ててでも機動力を伸ばし、兵器の破壊力を重視するなら機動力は捨てて完璧な固定砲台として完成させる。


 この特化型チェイス“スカーレッド”は前者であり単純明快。速度以外すべてを捨てて速度のみを追求した。量産型の攻撃といえど一太刀くらえば大破、あまりの速度にパイロットの意識はついていけず事故を巻き起こす。その事故でパイロットが生きている可能性はゼロに等しい。武装もたった三本のナイフのみ。



 だが、それだけのリスクを負うことによって“スカーレッド”は他のどのチェイスにも負けない速度を身に着けた。ただ一つ、“アンドロマリウス”を除いて……


『あ、当たる気がしない……』


 シンラは左胸に手を当て、心臓が正常かを確かめる。


(心臓は締め付けられていない。だけどなんだ? この胸のざわめきは)


 シンラはその答えを頭に浮かべ口元を歪ませた。


「やっぱり、お前と一緒にいるのは楽しいな。スカーレッド」


『世界に五機しかない……だけどそれは強いからじゃない。作る必要のないガラクタだからだ。そんな欠陥品で、私のアーテルを倒せるものか!』


――“禁呪(ゲッシュ)解放”ッ!!!!


 アーテルの“禁呪解放”は機体の両腕の強化による鞭の速度up+鞭に電気を走らせ電機熱によって相手を焼き切れるようにする鞭の攻撃力upである。


 強化された腕によって鞭の速度は上昇、勢いを増しそれに電機熱と摩擦熱が加わることで威力は増大していく。


 アーテルは鞭を振り回し、威力を上げていく。


『私とダーリンが長い年月をかけ、開発した最速の猛攻!! 避けれるものなら避けてみろ!!!!』


 赤く発光し、鞭は加速していく。辺りの倉庫や電灯は鞭によって焼き切られ、その攻撃力をシンラに見せつけていた。


 だが、シンラの顔に焦りはない。むしろ余裕をみせていた。


「別に避けてもいいが、面倒だ」


 アルベルト(妹)のチェイス“アーテル”。その武器である“赤い糸”がしなり、まっすぐスカーレッドに向かっていく。


 鞭は最大限の加速と最大級の攻撃力をもってスカーレッドに向かっていった。だがそれは、アーテルにとっての()()に過ぎない。


『くらえっ!!!!』


「それが本気か?」


 自身に向かってきた鞭を、スカーレッドは虫を払うように右手に持ったナイフを横に振るい……


 ザンッ!! と容易く引き裂いた。


 鞭は力なく散り、切り口から大量のエネルギーをまき散らした。そのエネルギーは血しぶきのように海へ流れていく。


『そんな、ことが……私とダーリンの“赤い糸”が――』


「スカーレッドの攻撃手段はこのナイフだけだ。当然、どんな装甲も裂けるよう改良してある。 ――そんな紐で、俺のパートナーに触れられると思うな……」


 スカーレッドが加速する。その速度は今までアルベルト(妹)が見て来たチェイスの中で一番速かった。


(速い!? これが速度に特化したチェイスの機動力!!)


 そんな速度にも関わらず、シンラの部下であるカトラフは“スカーレッド”の動きに疑問を抱いた。


(スカーレッドの全力はあんなものじゃない! やっぱりシンラさん、まだ万全じゃないのか!?)


 アルベルト(妹)は使えなくなった鞭を捨て、ショットガンを右手に取った。


『この、当たれッ!!』


「――せっかくだ。俺が本当の“速さ”を見せてやる」


 瞬間、アルベルト(妹)の視界からスカーレッドが姿を消した。


 気づいた時にはスカーレッドは移動を終えていた。ショットガンの引き金が引かれるより速く、スカーレッドはアーテルの右肩を斬り落とし、斬り抜けた。


(こんなの……もう速いとかってレベルじゃない。私のアーテルとは住んでる時間が違う!)


 普通ならば手放しで褒められる動きだ。だが、シンラを知っている人間にとってこれはかなり変だった。なぜなら彼らが知っているシンラならば確実に今の一太刀で相手の命を奪っていたはずだからだ。


「まだイメージとズレがあるな……」


 シンラは操縦桿を何度も握り感触を確かめる。シンラ自身、己の異変には気づいていた。ブランク、数年チェイスから離れていた代償は大きかった。


『アルベルト様ッ!!!』


 感触を確かめているシンラの正面から三機の“アズゥ”が現れた。彼らはアルベルト兄妹の直属の部下たちだ。シンラはウォーミングアップの餌を見つけ目を細める。


「増援か」


『アルベルト様! 状況は!?』


『説明している時間はない! 何も聞かずその赤いチェイスを破壊しなさい!!』


『りょ、りょうか――』


 義竜兵が返事するよりも早くスカーレッドの刃が三機の中央に位置するアズゥのコックピットを貫いた。


『は。』


『え?』


(そうだ、この感覚だ。世界を置き去りにする感覚)


 増援にきた残り二人の義竜兵は目の前で起こった現象を理解できない。シンラは間髪入れず突き刺さったナイフから一瞬右手を離し、逆手に持ち換えて引き抜く。そして引き抜いた勢いのまま左側のアズゥのコックピットを切り裂いた。


(まるで時の止まった世界を俺とスカーレッドだけが動くような感覚)


 その一連の動きを見て、ようやく義竜兵は目の前の出来事を把握した。


『あぁ……ああ!? うわあああああああああ!!!!?』


 把握し、逃走する義竜兵。背を向けて逃げる“アズゥ”の背中に向けて“スカーレッド”は右手に持ったナイフを投擲し、コックピットを貫いた。


「思い出した……」


 スカーレッドが腰のコンバットナイフを引き抜き、反転しようとすると、


『そこまでよッ!!』


 背後からアルベルト(妹)の声が響いた。


 シンラがゆっくりと後ろを確認するとアルベルト(妹)の乗るアーテルが左手にライフルを持って、その銃口を倉庫にもたれかかっていたシンラの部下であるカトラフのチェイスに向けていた。


「人質か。いいんじゃないか? 勝てない相手と真っ向勝負するのはバカのするとこだ。――しかしお前……とことん一人ではなにもできない奴だな」


『ふん。ほざいてなさい! 私はダーリンの仇を取れればそれでいい! いいか、今から私の言う要求をのまなければコイツを殺す!』


 そう言う彼女の顔には余裕がない。今のシンラの動きを見て、二十メートルそこらの距離で安心しろという方が無理な話だ。


「言ったはずだぞ。お前の攻撃は誰にも届くことは無いと……」


 スカーレッドがジリ、とつま先を動かす。


『動かないで! 一歩でも動いたらコイツを殺すわよ!!』


 シンラは足を止め、静止する。


「わかった。一歩でも、だな……」


『そうよ。それでいい』


『シンラさん! 僕に構うことはな――』



 ザンッ!! と大気が揺れた。



 一瞬、アルベルト(妹)が瞬きした刹那、戦いは終わった。アーテルより二十メートル先に居たはずのスカーレッドはアーテルの背後でひざを付き、赤く染まったナイフを振り下ろしていた。


「“一歩でも動いたら殺す”ってのは、俺が一歩動いた()()殺すってことだろ?」


 アーテルはコックピット後方にある核を傷つけないよう配慮され、コックピットの前面から中腹まで裂かれていた。パイロット(アルベルト)は胸から綺麗に体を分断させている。


 これが“スカーレッド”本来のスピード。そして、その速度域で部下を機体(アーテル)の爆発に巻き込まないよう、アーテルを爆発させないように核を避けつつ、パイロットのみを殺す神業をシンラは披露した。


 これぞ神速を謳いし紅蓮の英雄の姿。






「なら、一歩の内にお前を殺せばいい。そうすれば()はない」





 

『に、兄様ぁ……』


 赤い鮮血で身を染め、マリア・アルベルトは兄の後を追った。


『見てるか、レッジよ……俺達の英雄が帰ってきたぜ』


『まったく、恐ろしい人だ。数年のブランクをたかが数秒で乗り切ってしまった』


 実力差のある戦いは劇的なものにはならない。戦いの終局はあまりにも呆気なかった。


 シンラは赤く塗れたナイフを見つめる。


(アベン、レッジ、散っていった仲間たちよ……お前らにどう報いればいいかわからない。だが、とりあえずは俺にできる限りのことをしようと思う)


 シンラは目を伏せ笑い、宣言する。


「まずは世界救済ってとこでいいか?」


 船着き場の戦い。勝者、シンラ・バード。

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