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“銀”の英雄  ~Revival of Andromalius~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二幕 水の都“アーレイカプラ”の戦い

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2‐⑱ 紅蓮の英雄 その1

“あなたはなにも守れない”


「いいや」


“あなたはなにも救えない”


「そうでもないさ。俺なんかの命でも救えるものはあったみたいだぜ」


 シンラの乗る船の前にはアルベルト兄妹が乗る白と黒の二機の発展型がいる。


 状況は最悪。防衛手段は何一つなく勝ち目はない。


 シンラは肩の力を抜き、諦めたように息をつく。


(もうわかってる。あの日に聞いたあの声はアベンのものじゃない、俺自身の嘆きだ。じゃあアイツは最後に俺のことをどう思っていたのだろうか?)


『よくも僕らを騙してくれたね……! 無残に死ぬといいよ!!!』


 シンラの船にアルベルト(兄)が乗る発展型(アルブス)の鞭が迫る。シンラは回避しようとせず、立ち尽くしていた。


「直接聞けばいいか。どうせすぐに会える」


 そう言ってシンラは目を閉じ、死を待った。しかし、


『させるかぁ!!!!!』


 一機の量産型(リュイ)が地面を鳴らした。


 リュイに乗っているのは凰燭軍のシンラの部下の一人“レッジ”。彼はボロボロの機体でアルベルト兄妹と船の間に飛び入りし、鞭の攻撃を体を張って受け止めた。


「レッジ……」


『君はさっきの……しつこい男は嫌われるよ!』


『悪いな! 凰燭軍の人間は諦めが悪いことで有名でね、何度倒れたって蘇るんだよ! 首落としても油断するんじゃねぇ!!』


 レッジに続くように緑色のボロボロのチェイスが発展型に食らいつく。


『この魂燃え尽きない限り……!』


『我らは不滅だ!!』


「お前ら……」


 愚直で無様、だけど彼らには華があった。


 三年前。チェイスに乗れなくなり、闘志を失ったシンラに付いてきた者達。敵を前に仲間を見捨て逃亡した、枯れた男にそれでもついてきた男達だ。


「お前らなにをしている!? そんな機体の状況で、俺なんかを守って何になる!?」


 シンラはなぜ彼らが自分を助けるのか理解できなかった。


(英雄になると豪語し、夢だけ見せて敵前逃亡した俺を、なぜ助ける?)


 シンラの声に、男たちは笑って応える。


『――誰だったっけなぁ!? 腹空かせて野垂れ死にそうになっていたきたねぇジジイに、手を差し伸べたのは!!』


「なにを……」


 レッジの言葉に後の二人も続く。


『誰でしたっけ。棄民を助け、義竜軍に処刑されそうになっていた愚かな軍人を助けたのは!』


『俺は心当たりあるぜ。確か馬鹿みたいに「俺は英雄になる」つってた目に隈浮かべた生意気な男だ!』


「カトラフ……アンバージ……」


 人は行った善行より悪行を覚えているものだ。シンラにとって最も根強く心に残っていたのは仲間を見捨てたあの日の記憶。しかし、彼の善行を受けた者達はずっとそれを忘れることはなかった。



『そうそう、そんな奴でした。何の価値もない僕らを助けたのは、そんなバカでした』


『俺達はそんなバカに、夢を託したまま……まだ返却されてねぇ!!』


『延滞料金は高くつくぜぇ! なぁ、シンラよ!!!』


 例え三対二といえど時間稼ぎにしかならないだろう。間違いなく彼らはアルベルト兄妹に敗北し、命を落とす。


(嫌だ! また目の前の誰かを見捨てて、逃げるのだけは――)


 シンラはルークの駒を握り、息を吸い。その名を口にしようとする。


「“スカ――」


 だがシンラが起動式を叫ぼうとすると再び心臓がドクンッ!! と締め付けられた。


「っぐ!?」


 シンラは己の無力さを呪いながら左胸を強く押さえる。


(どうしてだ!? なんで、俺はここで動けない! なんだって、起動式を呼ぼうとすると心臓が止まっちまうんだ……! トラウマ如きで、俺は――俺は!!)


 アルベルト兄妹に食らいつく三機のチェイス。だが、チェイスもパイロットもその力の差は圧倒的で徐々に追い詰められていった。


『うるさいゴミたちだねぇ』


『ダーリン、早く殺しましょう?』


 レッジの乗るチェイスの足が発展型(アーテル)の“赤い糸”によって砕かれる。

 

『っち!!』


 レッジは足を損傷しながらチェイスを反転させ、シンラの乗る船の方へ倒れこみ、チェイスの手でシンラの乗る船を掴んだ。


『舵を取れシンラ! このまま船を海へ流す! こんな海流の中でどこに行くかはわからねぇが、それしかねぇ!!』


「レッジ。どうしてお前は……」


『うるせぇ! 俺はな、お前に救われたんだよ! 誰が何と言おうと、俺はお前のおかげで今まで生きてこれた!! その命を、お前のために使って何が悪い!!!』


 レッジの機体から煙が上がる、徐々に機体から力は失われていく。コックピットの中は警告の赤色の光で染まり、騒音が辺りに響いている。


 もう、あと一分ともたずにチェイスは機能を停止するだろう。それでもレッジは怯まない。


『いいか! あの日、アベンや死んでいった仲間たち誰も、お前を恨んでなんかない!! むしろ逆さ! あの時、うちのエースが逃げてくれて良かったと思っているはずだ!』


「そんなことが……」


『だってそうだろ。お前が生きているおかげで希望は繋がった……! お前がいれば、まだ世界は変えられるかもしれない!! あそこでお前が死んじまってたら俺達は本当の意味で()()に負けていた!!!』


「レッジッ!!!」


 レッジの危機を察知し、他の凰燭軍兵士がアルベルト兄妹の足止めに入る。


『レッジさん! 逃げてください!!』


『馬鹿野郎! お前、本当に死んじまうぞ! レッジ!!』


 二人の制止を聞かず、レッジは船を守る盾としてそこに留まる。その目には涙が溜まっていた。


『シンラよぉ……俺らはまだ、負けてねぇよなぁ? まだ終わってねぇよなぁ……?』


 その言葉の裏には彼のそれまでの苦労があった。レッジもシンラと同じく盟友や恩師、愛する者を失っていた。深く悲しみ絶望した。それでも彼はシンラの背中を支えてきた、多くの死を無駄にしないために。世界に敗北しないために。英雄の帰還を待ち望んで……


 レッジの涙交じりの声を聴いてシンラは唇を噛みしめ、下を向く。


「俺は、負けたんだよレッジ。あの日、俺は英雄の資格を失った」


 レッジの想いを受け取って尚、弱気なことを言うシンラ。だがレッジは彼を責めず、己の気持ちを明かす。


『シンラ……お前がお前をどう思おうが勝手だ。だがな、俺達はいつだって……お前のことを――』


 レッジはそのまま最後の力を振り絞って船を海へと押し出す。地から離れる船の上でシンラはレッジのチェイスに向かって手を伸ばした。だが、その手が届くことは無かった。


 最後にレッジはいつかの英雄を頭に浮かべ、笑顔のまま言い放つ。


『“英雄(ヒーロー)”だと、思ってるぜ……』


 次の瞬間、アーテルの鞭が無慈悲にレッジの乗る“リュイ”のコックピットを抉った。


 ゴォオンッ!! と音を立ててリュイは爆発、レッジは間違いなく戦死した。その光景を見て、シンラの心に小さな火が灯る。


『ははははははっ!! ヒーローだって!? ヒーローと言うのは美しく、逞しく、気品のある僕のような人間を言うのさ! ねぇハニー?』


『駄目よダーリン。虫にだって戯言を言う権利ぐらいはあるわ、水差しちゃ可哀そうよ』


『なんて心の広い子なんだ君は! 君こそ僕のヒーローだよ。ハニー』


 シンラは紅蓮の駒を握り、ギラッ……と敵を睨んだ。


『ほらダーリン! 早く残りの二匹を片付けてアイツも始末しましょ?』


『当然さハニー!』


 二機の発展型が握る鞭がしなり、残った凰燭軍のチェイスへ向かう。



 シンラはレッジの死を引き金に、いつかの夢を思い出していた。


――“シンラ。もっと素直になれ、素直でいられるのは若い内だけだぞ”


(グエンさん、もう三十近いけど素直になっていいですかね?)


――“シンラ……お前がお前をどう思おうが勝手だ。だがな、俺達はいつだって……お前のことを――“英雄(ヒーロー)”だと、思ってるぜ……”


(レッジ。俺はお前になんて謝ればいい? どうすれば、俺はお前の死に報いることができる?)


――“ここで黙って見られる人間が英雄になれるとは思いません!”


「わかってるさ。きっとお前なら戸惑いはしない」


――“なるんでしょ? 英雄に”


(アベン、どうやら俺はもうアイツらの英雄ってやつになっちまったらしい、ならよ――)


 シンラの手にあるルークの駒が光輝く。まるで主人の帰りを待つ忠犬の瞳のように。


「アイツらの前ではヒーローを騙り続けてやる……! 例え、この心臓が止まってもなぁッ!!」


 駒を握った右手を前に出し、シンラは大きく息を吸う。


 ドクンッ! と心臓が締め付けられる。だがシンラは躊躇わない。“すぐに心臓が止まっても構わない、心臓が止まっても、彼の仇を取ってやる”と。


 ルークの駒にヒビが入る。いまかいまかと()のチェイスは待っていた、己の名を呼ばれる時を――!


(待たせたな。またお前の力を借りるぞ!)


 シンラが叫ぶ、そのチェイスの名は――



(はし)れッ!! “スカーレッド”ッ!!!!!!」



 赤い光が海を照らし、数年の時をえて再び正義の炎は形を成す。


 紅蓮の特化型(ルーク級)チェイス“スカーレッド”が展開された。



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