2‐⑯ プールvsレイン その1
水中回廊入り口から三百メートル地点。そこで二機のチェイスは五十メートルの距離を開け向かい合っていた。
旧世代の量産型チェイス“トリゴ”と狙撃用発展型チェイス“フラーウム”。プールとアーレイ・カプラ幹部レインの戦いだ。
トリゴは腰に二振りのナイフ、背中には三発撃てるバズーカランチャーが二丁、手に持つは右手にライフル一丁と左手に重そうな斧を持っている。他には手榴弾やワイヤー、スタングレネードを隠し持っている。
対して“フラーウム”は近接武装を一切持たず、二丁拳銃やバズーカのような飛び道具ばかり。手に持つは黒色のライフル。
二機は睨み合い、次にどの動きでもできる自然体の構えで静止していた。
(相手はあのアーノルド君と同等に渡り合った人、例え量産型でも油断はできない!)
プールは戦いの空気に胸を躍らせ、ニヤニヤしながら足を一歩進める。
「さて。開始の……」
そのまま手に持つ斧を振りかぶり――
「――ゴングだ!!」
フラーウムに対してぶん投げた。
(斧を!?)
フラーウムは発展型の機動力で強引に左に逸れ、回避する。だが回避の隙にトリゴは距離二十メートルまで接近してきていた。
(どう見てもコイツは遠距離戦が得意なタイプのチェイス! 距離を詰めてペースを握る!!)
『甘い!!』
フラーウムは崩れた態勢のままライフルを片手で構え、トリゴに狙いを定めた。
(お)
プールはその動きに関心する。
銃声を上げ、放たれた弾丸。本来ならコックピット直撃コースだった弾丸をプールは最小限の動きで簡単に避け、さらに距離を詰めた。
『嘘!? 狙いは完璧だったはず!!』
「だからこそ読みやすい!」
『でも、その程度の加速で!』
フラーウムは遠距離戦を得意とする機体。ならばレインが接近戦を望むはずがない。ゆえに、彼女が取った行動はトリゴの方を見ながらの後退。通常なら前に走る機体と後ろ向きで走る機体とでは前者が勝る、しかしトリゴは量産型の中でも鈍足な方でフラーウムは発展型の中で平均程度の機動力。例えこの状態でもフラーウムの足の方が速かった。
(これで追いつけはしない!)
プールはレインの行動に対して口元を歪ませトリゴの武器の一つ、手榴弾を手に取った。そしてそのピンを抜き、右手を後ろに引いて投げる態勢を取る。
(手榴弾!? すぐ後ろは壁、曲がりの隙を狙う気ですか。ここで下手に距離を離すと絶好の間合いになる……)
ならば。とレインは後退をやめ、一転、トリゴと距離を詰めた。
『この距離でそれは使えませんね!』
「さぁ~て。どうかな!」
次にプールが取った行動にレインは目を疑った。
トリゴはあろうことか手榴弾を前に投げず、手首のスナップを利かせトリゴ自身の背後に投げたのだ。
『まさか――』
手榴弾はトリゴの背後でゴォオンッ!! という音を立て爆発。その爆発の爆風が“トリゴ”の背中を押し、レインの目算よりも早く二機の間の距離を埋めた。
(手榴弾を利用して加速!?)
トリゴは加速しながら腰の二振りのナイフを左右の手に持つ。
「そぉぉうらぁッ!!」
右手のナイフが発展型のコックピットに当たる。しかしナイフはフラーウムの装甲に負け、逆に折られてしまった。
「っち! だったらこっちだ!!」
次にプールが狙ったのはフラーウムの目だ。チェイスは基本的に顔面部分に精密機器が集まるため脆く、破壊した時の効果は大きい。だが当然、レインもそんなことは承知だ。
『させません!』
フラーウムの右肘でトリゴの胸部を攻撃し、押し返す。
『よし、この隙にもう一度距離を離す!』
レインはトリゴの態勢が崩れたのを確認して再び後退……することはできなかった。
「そこ。滑りやすいから気をつけなさい」
『え?』
フラーウムはなにか硬いものを踏みつけ、足を滑らせた。それは一番初めにプールが投げたトリゴの斧だ。
『そんな……斧はもっと後ろまで飛んでいったはず――」
そのレインの疑問の答えは斧の取っ手にあった。
そこにあったのは目を凝らさなければ見えないほどの糸、
(ワイヤー!?)
そのワイヤーはトリゴの右手の小指まで続いていた。プールは予め斧にワイヤーを絡ませており、フラーウムが踏むように計算して手繰り寄せていたのだ。
「運が悪いねぇアンタッ!」
プールはトリゴの態勢を整え、地面に尻もちついたフラーウムへトリゴを走らせる。
危機的状況。防戦一方の状態でレインが取った行動は、
――冷蔵庫を開けることだった。
フラーウムのコックピット内部には特別に小型の冷蔵庫がある。レインは戦闘中にその冷蔵庫を開けたのだ。
「うぅ……仕方、ないですよね……」
嫌そうな顔をしながらレインは冷蔵庫の中を探る。
冷蔵庫の中には五つの200mlの酒瓶が入っていた。
左からビール(アルコール度数5%)、シャンパン(12%)、ブランデー(40%)、ラム酒(72.5%)、スピリタス(96%)。レインはその中の内左から二番目シャンパンの酒瓶を手に取り、急いで蓋を外す。
(お酒、嫌い……嫌いだなぁ。でも、背に腹は代えられません!)
そしてグイッと一気飲みした。
プールはそんなことなどいざ知らず、地面に落ちていた斧を拾って微動だにしないフラーウムに対し上から斧を振り落とす。
――だが、
「なに!?」
斧は信じがたいことにフラーウムの両手に挟まれ止められた。“白刃取り”である。
『ふひぃ~。もうまけまへんよぉ~~わたひはやればできるこなんれすからぁ~』
酒を飲んだレインの顔は赤く火照り、その目は虚ろだった。だが、なぜか操縦桿を扱う手さばきだけは正確で一分のズレも無かった。
プールはその得体の知れなさに恐怖する。
(やばい! コイツ――)
『うぅ……あれ? なんだかトリゴがいっぱいみえるぞぉ?』
フラーウムはそのまま斧を奪い、トリゴに振るう。トリゴはなんとか避けるがフラーウムは尻もちつきながら右足を横に薙いでトリゴの足を崩した。
ズザァッ! とトリゴは背中を地面に擦りながら後退した。プールはコックピット越しにフラーウムを見上げながらため息をつきボヤく。
「まったく、なんで私の相手はこんなんばっかり……」
プールはもうわかっていた。このレインという女性が特別な才能を持っていることを。
『さぁ~反撃だぁ~~!!』
レイン・アベット、彼女は酔えば酔うほど強くなる。――開花型心能“自己陶酔”、発動。
開花型心能については1‐⑧“世界を変える力”をご参照ください。