2‐⑪ なにも奪わせない
第三層地下倉庫。
「お兄ちゃんはよくここでサボってる」
「でも今日はいないみたいだね」
監獄のようなマンション。
「いなかった」
「そっか。まぁ、気を落とさないで次行こうか!」
労働者用の食堂。
「いない……」
「ま、まだまだこれからだって!」
海へ繋がる水路。
「さすがにここは……」
「……」
ポーチの言う場所全てをツミキは周ったが、結局この少女と同じ年代の人間には会わなかった。段々と気を落とすポーチ、ツミキはポーチの体力も考えて首を振って休めそうな場所を探す。
ツミキは視線の先に古びたツルハシを側に置いた洞穴を見つける。
「少し休もうか?」
「うん」
今は使っていない洞窟のような採掘場に二人は腰を落ち着ける。ツミキは天井に吊るされた壊れかけのランプに何とか火を灯し、光を確保する。
「はい。これ」
「ありがとう」
ツミキは朝食の残りの乾パンと水を少女に渡す。
腹の虫はなっているのに、ポーチは食料に口を付けなかった。
ツミキはポーチの兄を見つけられなかった気まずさから頬を掻き、話を切りだす。
「あー……お兄ちゃん、ポーチと離れる前になにか言ってなかったの?」
「お金、稼いでくるって言ってた。わたしが『ケーキ食べたい』って言ったら『絶対に買ってくる』って」
「お金、か。どうやって稼ぐかは言ってた?」
ポーチは首を横に振る。
ツミキはポーチの反応を見て「待てよ……」と口元に右手を添えた。
(この層で働く人たちの給料は均一だって聞いたぞ。どれだけ気合を入れて働いたとしても報酬は変わらないはず……副職を許すはずもないし第三層の人達を雇おうとする人間が一層や二層にいるとも思えない)
ならば、
(盗みとかしない限り……)
その時、ツミキの頭にある少年の姿が思い浮かんだ。
* * *
サンタ、プール、シンラ、マリン、そして第三層のリーダー格三人アギル、イズモ、ウール、計六人は宿屋の一室で作戦会議をしていた。
「明日作戦を決行する、まず大筋を確認しよう。ワシらは第一にポセイドンの制御装置を破壊し水流を元に戻す。そして各地から集った貴族たちの船を奪い、脱出する」
シンラはホワイトボードにある場所の見取り図を張る。
「制御装置があるのはアーレイ・カプラの最北端、水中回廊の先にある“秘宝の間”だ。仕組みは第三層に似ていて水中に施設がある。第二層にクジラの口を模した入り口があってそこから迷路のように入り組んだ道を行けば秘宝の間にたどり着ける。マリンが義竜軍のデータベースにハッキングして見取り図はコピーできたぞ」
「これなら迷う必要は無さそうね。入り口は狭いから少数精鋭で乗り込んで制御装置をぶっ壊せばいい」
プールの発言におしゃぶりを咥えた凰燭軍兵士マリンは眉をひそめる。
「そう簡単にはいかない。警備は厳重、入口はケインの側近のレインが守っていて制御装置のある秘宝の間には多分ケインがいる」
「明日はアイツら祭りに出席してるんじゃないの?」
「どっちも発展型以上のチェイスを持ってる。騒ぎを起こせばすぐに駆け付ける」
「中に入れさえすればケイン一人ぐらい何とかできるだろう、水中戦はするわけでもないんだ。だが、入口にいる連中を倒すのは厳しいぞ。最低でもチェイスニ十機はいる」
ふむ。とサンタは相槌を打ち、ホワイトボードに貼ってある迷路の見取り図を睨む。
「その件は後で話すが解決しておる、問題は兵をどう分けるか。秘宝の間を目指す部隊と船を確保する部隊でわけなくてはならん」
「俺ら凰燭軍は船の扱いになれている。だから船の奪取は任せてくれ」
「ならばプールとツミキでレインとケインを突破してもらい、制御装置を破壊させよう」
マリンがサンタの戦力分配に口を挟む。
「アンドロマリウスの右腕があっても、たった二機じゃ不安。私もついて行く」
「そうか。まぁシンラが居れば船の方はなんとかなりそうじゃのう」
「ちょっと待ってくれ。俺は戦力外だ」
「なぬ?」
「情けない話だが今の俺はチェイスに乗れないんだ」
サンタはシンラの事情を知っているため頷くしかなかった。
「ならばやはりマリンには船の方に行ってもらう」
マリンはシンラの横顔を見て「わかった……」と承諾する。
「それで、俺ら第三層の人間はなにをすりゃいい? ただアンタらの世話になるってのはいただけないぞ」
「もちろん働いてもらう。お主らにはまず、第三層を破壊してもらおう」
「三層を!?」
「もう必要なかろう。支給されているダイナマイトを使い、軸となる機器を破壊するのじゃ。それだけで、奴らの戦力は半減する」
プールはサンタの含みのある言葉に肩を竦める。
「いい加減、その大層自信のあるアンタの策について聞かせなさいよ」
「よかろう。三度までしか言わんぞ、よく聞いておくのじゃ」
サンタは語る、ある作戦の内容を。
その作戦を聞いて部屋に居た人間全員が驚き、納得した。
「面白い! 私好みの作戦ね!!」
サンタの作戦に目を輝かせるプールに対しマリンはため息交じりに呟く。
「野蛮人……」
マリンの小さな呟きをプールは聞き逃さなかった。
「あぁ? なんか言ったか赤ん坊!」
「ム。このおしゃぶりには事情がある。別に赤ちゃんごっこがしたいわけじゃない」
「どんな事情よ? 苦しい言い訳ね」
「別に言い訳なんて……」
「いいんじゃないの? 性癖なんて人それぞれだし」
「だから――!」
プールvsマリンの言い争いをよそにシンラはサンタの作戦を吟味していた。
「た、確かに。それなら突破口ができるな。だが第三層の人間にはボードや救命キッドを渡しておくとして、第二層より上の人間は――」
「大丈夫じゃ。対応できるだけの時間は用意する、元よりその手のことには対策をしているだろう。だが、それでも死に絶える人間は――」
サンタの表情が冷徹に沈む。
「切り捨てよう。それとツミキには“絶対に誰も死なない”と伝えておこう、あやつは誰かが死ぬ作戦を執行できんからのう」
シンラはサンタの冷たい表情を見て背筋を凍らせた。
(気のせいか。今、コイツの背後に白髪の老兵の姿が――)
プールは「だけど」と口を挟む。
「作戦の肝はツミキでしょ? ここに呼ばなくてよかったの?」
「よいよい。あやつにはもうちょい気持ちを作ってもらわんとな」
「気持ち?」
サンタは笑い、窓の外を見る。
「絶対に勝つ意思じゃ。一日第三層にいれば理由の一つや二つ見つかるだろう……」
* * *
(違う……! そんなはずがない! 僕の考えすぎだ!!)
ツミキは黄色肌の少年の映像を振り切りポーチに目を向ける。
「うにゃ」
コクン、コクン、と頭を上下させているポーチ。
ツミキは眠そうなポーチの顔を見て腕時計に目線を落とす。
夜十一時。もうこの年頃の子供に耐えられる時間じゃない。
「君はもう家に帰った方がいいね。お兄ちゃんは僕が探しておくよ」
「ほんと?」
ツミキは少し躊躇うが、迷いを振り切って聞く。
「うん。だからお兄ちゃんの特徴と名前教えてくれるかな?」
ポーチはコクリと頷き、口を開く。
「お兄ちゃんは目の色も肌の色も私と同じ」
ツミキは反射的に耳を塞ぎたくなった。
(知っている……)
違う。同じ人種の別人だ。そうツミキは思い込む。
だがツミキの願いを否定するように少女は次々と兄の情報を口にしていく。
「お兄ちゃんは支給されたご飯を私にあげる。だから痩せてる、私よりも痩せている……」
――違う。
「服装は破れたTシャツと長ズボン」
――違う。
「髪は丸い。ぼうず、って言うんだっけ?」
――違う!
「名前は……ヴァック」
ツミキは気づいてしまった。非情な現実に。
なんて伝えればいいかわからなかった。“君のお兄ちゃんは殺された。殺されてゴミのように処分された”。そんなことツミキが言えるはずがなかった。
だけどこれ以上ポーチを放っておけば、きっと死ぬまで兄を探す。それだけは誰も得をしない。
「ありがとね」
「え?」
唐突にポーチはそう言った。ツミキは彼女の言った言葉の意味がわからなかった。
「知ってる。お兄ちゃん、死んじゃったんだよね。話は聞いてたんだ。――だけど、信じたくなかった。でも、もう、わかったから」
そう言ってポーチは笑う。その笑顔が偽物であることにツミキはすぐに気付いた。
彼女は兄が死んだと聞かされ信じられずに探していたのだ。自分が納得できるまで、第三層の隅々まで探したかったのだろう。祈るように、願うように。
「ポーチ、君は……」
「わたしね、大丈夫なの。お父さんがいなくなった時も、お母さんがいなくなった時も泣かないで我慢できた。だから大丈夫、少しさびしいけど、大丈夫……」
こんな小さな女の子にこんなことを言わせる世界があっていいのか?
こんな小さな女の子の涙を枯らす世界があっていいのか?
「いいわけないだろう……!!」
気が付くとツミキはポーチの小さな体を抱きしめていた。
「我慢しなくていいんだ。悲しい時は泣いて、寂しい時は誰かに縋っていい。君は素直に生きていいんだ」
強く、優しく、包みこむように抱きしめる。
「ツミ、キ?」
「ごめん。君のお父さんを取り戻すことも、お母さんを取り戻すことも、——お兄ちゃんを取り戻すことも僕にはできない」
ツミキは断固とした決意をもって宣言する。
「だけど安心して。もうこれ以上――君からなにも奪わせはしないから」
ポーチはツミキの言葉を聞き、子供らしく泣き喚いた。
ポーチの泣き声が採掘場に響く。その声が大きければ大きいほどツミキの覚悟は強くなっていくだろう。しかし、
(僕は悪人を殺せない。でも懲らしめることはできる。死ぬことと同じくらいの絶望を、“ケイン・マッケル”……あなたにくれてやる)
その覚悟が向かう先は果たして正義か悪か。




