2‐⑩ 希望の狼煙
PM8:00。日は沈み、前夜祭は熱を帯びていった。オープニングが上手く運んだおかげだろう。
ツミキはスタジアムでの戦いを終え、暗い表情で第三層へ向かっていた。脳裏にはまだアズゥに握りつぶされた男女の姿が焼き付いている。
(助けられなかった。第三層の人達に怒られるだろうな……)
重い足取りのまま人ごみを避けて歩き、遠回りをし続けた挙句ようやく第三層にたどり着いた。すると――
「お! 英雄のご帰還だ!!」
開口一番、土木作業をしている男性に言われた。
「ほんとだ! 聞いたぜ坊主!」
「凄かったな! スカッとしたぞ!!」
「あ、えっと……」
思わぬ住人の反応にツミキが動揺しているとタコ焼きが入ったビニールパックを持ってプールとサンタが現れた。
「あら、遅かったわね。ツミキ」
「なにをしていたんじゃ?」
住人にもみくちゃにされているツミキ。ツミキは何とか抜け出しサンタに聞く。
「ど、どうしてこんな歓迎されてるんですか? 僕は、あの人達を助けられなかったのに」
「はぁ? 何言ってんの? 確かにあの男女とその前に参加していた奴らは助けられなかった。けれどアンタは狼煙を上げたのよ」
「狼煙?」
ツミキが首を傾げるとプールは得意げに臭い台詞を吐く。
「希望の狼煙さ」
「お主とプールは絶対的な存在感を放っていた義竜軍を倒したのじゃ。大いに意味のある行為、お主らは街を覆う絶望の中に希望の火を灯した。それに、あの発展型を倒したことでショーは終わり、その後犠牲者は出なかったではないか。間違いなくプラスの行い、責められる道理はない」
「そんな……でも!」
「あーあ、うざったい! 素直に喜べバカ。白けるだろ!」
ツミキはプールに胸を叩かれ、現状の評価を受け入れることに決めた。
住人たちと握手をし、雑談をして、食事を共にする。
「てかコイツら仕事はいいの?」
「前夜祭の間はさすがに上の連中は暇ではない。監視の目が緩くなるのだろう」
サンタはふと顔を上げ、ツミキの顔を見て笑う。
「まったく、だらしない顔じゃ」
サンタは初めてツミキが心から笑っている顔を見た。彼は初めて人を助け、その礼を受けている。ツミキにとって本当に嬉しいことで年相応の少年の笑みがこぼれてしまうのだ。
ツミキは一時間ほど住人と戯れた後、さすがにショーでのこともあり体力の限界が来た。 隙を見て抜け出し、暗がりに腰を落ち着かせる。夜空を見上げ、物思いにふける。
(褒められるのは嬉しいけど、せめてあの二人は救いたかった。それに、第二層で会ったスリの男の子も……)
救えた命は多くある。もしあそこでスリの少年を追いかけていたら、もしあそこであの男女にもっとキチンと逃走ルートを指示していたら。そうやって反省が募り、結局いつもの自己嫌悪に陥る。
ツミキはぐぐっと背筋を伸ばし、一旦頭の中を空っぽにした。
「つ、疲れた……気を抜いたら寝ちゃいそう」
「ねーねー」
「うわっ!?」
ツミキは背後から声を掛けられ驚き、尻もちをついた。
ツミキは声の主を見る。声の主は黄色肌の少女、まだ7、8歳ぐらいだろう。白いTシャツと黒い短パンを着ている。
「ど、どうしたの? こんなところで。親御さんは?」
少女は首を横に振る。
「お父さんもお母さんもいない。わたしにいるのはお兄ちゃんだけ」
ツミキは少し悲しそうに目を背け、もう一度笑顔を作って聞く。
「えっと……そのお兄ちゃんはどこにいるの?」
「昨日から帰ってこない。だから探してる」
その顔は泣き出す寸前だった。
(ど、どうしよう……)
ツミキは先ほどより明るい笑顔を作り、提案する。
「じゃあ僕がお兄ちゃん探すの手伝ってあげるよ」
「ほんと?」
「うん。どうせ明日まで暇だしね」
パァ、と笑顔になる少女。歳にしては落ち着いているが表情はわかりやすい。
「君、名前はなんて言うの?」
「私はポーチという! お前は?」
「(お前!?) えっと、ツミキ。ツミキ・クライム」
「つみき、つみき……覚えた!」
「じゃあポーチちゃん。お兄ちゃんが居そうな所、教えてくれるかな?」
「うん!」
ツミキと少女は手を繋ぎ、第三層の街を歩く。
ツミキがポーチと第三層の各地を周りだした時、サンタは第三層各地にある電機柱(第三層から第二層を繋ぐように建っている電光走る機械の柱)を見て頭を捻らせていた。
サンタは隣にいるシンラに「少し聞いてよいか?」と電機柱を指さす。
「この柱の役割をわかるかのう?」
「電機柱だろ? 詳しくは知らないが恐らくポセイドンの性能の中核を成す機械じゃないか?」
サンタはシンラの考察を聞いて「いや……」と目を細める。
「この街の人間はポセイドンのために働いていると主は言っていたが本当にそうか? “アーレイ・カプラ”のマップを見た時から引っかかっておったのだが、第三層の電気回路はポセイドンの制御装置がある“秘宝の間”まで繋がっていない」
「なにが言いたい?」
「つまり第三層は“ポセイドン”のためにある場所ではないということじゃ」
「なに!? じゃあ、一体なんのために……」
シンラは壁から背を離しサンタに問う。
サンタは「ふむ」と相槌し、思考を巡らせる。
「海流操作でできることは多い。漁業や外交、なにより外からの侵略に対し絶対的な力を持つ。しかしアーレイカプラが動けぬ限り、この街は攻撃力に乏しい。あのケイン・マッケルという男がこの街一つに野望を収める人間には思えない……」
「守りはできても侵略には向かないってことか」
「そうじゃ。どこか引っかかる」
サンタは考える。この電機柱の意味、ケインの性格、ポセイドン本来の使い方。
そしてサンタは思い出した、アクアロードが開かれた時に見たアーレイカプラの底に付いていたものを――
「なるほど。ケイン・マッケル、やるではないか! 海の神が誇る機能は一つではない!! ——シンラよ、この柱の数は30で間違いないか?」
「あ、ああ。まさにその数だ」
サンタは不適な笑顔を浮かべて言い放つ。
「喜べ。ワシの予想通りならばこの戦い、分はこちらにある!! ——皆を集めよう。明日の作戦の打ち合わせじゃ」




