2‐⑨ 才能の世界
前回のあらすじ
心能とは! 特定の人間に宿る第六感である!!
主人公ツミキ・クライムは「人の殺意を読む」心能を持っていた! しかし! ここにまた一人、心能を持つ者が現れた!
発芽型心能“以心伝心”。所有者:マリア・アルベルト。
能力は単純、同じ血液型の人間と心を通わせ完璧な連携を取るというもの。対象の数は選ばず、半径三百メートル以内の同じ血液型の人間、全てと交信が可能。
――しかし、不運なことにアルベルト(妹)の血液型は“ダイヤモンドの血”と呼ばれる“A‐エルド型”。百万人に一人しかいない血液型だ。一致する人間は限りなく少なく、彼女自身実の兄以外に出会ったことがない。
本来なら同じ血液型の敵と一方的に交信し、情報を引き出したり思考を読んだりもできるが前途の通りほぼ意味のない副産物である。
だが、そんな不運を踏まえてなお、この能力は強い。
“ダーリン、一度下がって”
“ああ。前衛は任せるよ”
意思を通わせたアルベルト兄妹は鞭を持たない兄を後ろに、鞭を持つ妹を前にして一列でツミキとプールに接近する。
「(まずい……まだツミキが戻り切れていない!) ――ツミキ!」
「危険信号——」
左目に映る×印。
(この量は……)
ツミキはロッホのボディに浮かんだ八つの×印を見て避けきれないと悟る。
「捌くしかない……!!」
“ハニー、伏せて”
“うん。ダーリン”
前を走っていた白の発展型が横にスライド、同時に黒の発展型がショットガンでツミキのロッホを攻撃。
「ぐっ!?」
ツミキにとって標準が定まらず攻撃範囲の広いショットガンは天敵だ。躱し切れず、右腕を損傷する。
アルベルト兄妹はそのまま同時攻撃を連打する。ツミキは先ほどと同じように攻撃を躱し、避けきれない攻撃はレイピアで逸らそうとするが……
“ダーリン、援護!”
アルベルト(兄)の黒の発展型にレイピアを撃ち抜かれた。続くようにアルベルト(妹)の鞭が頭部に直撃する。
(な、なんて連携だ!? 攻撃の質がまるで違う!!)
『ダーリン、次はあっちよ』
『言わなくてもわかってるよハニー』
隊列を入れ替え白の発展型が後ろに。ツミキは頭部を破壊されながら退避。アルベルト兄妹は逃げに徹するツミキを追いかけるのは至難と判断しターゲットを変え、プールのロッホを追い詰める。
「っち!」
“ダーリン、伏せて”
“あいよ、ハニー”
言うは数秒、思うは一瞬。
ジグザグに交錯しながら接近する相手に対し、プールはロッホの右手にレイピアを装備させ単身で突進する。
「この動きは……!」
アルベルト(兄)は妹と交錯する瞬間に弾丸を発射。妹の白の発展型に掠めながらギリギリのタイミングでプールを狙う。
(味方を目隠しに!)
だがさすがはプールと言うべきか、死角から急所への攻撃を左腕を代償に防いだ。
『僕たちの連携は掛け算!』
『足し算で戦っているあなた達には負けない!』
『『これが心能、“以心伝心”の力!!』』
プールを囲うように円で動く二機。ツミキはサポートしようとロッホを走らせる。
「プールさん!」
『もう遅い!』
『コイツはここで終わりよ!』
ダッ! と同時にプールのロッホを両サイドから攻める二機。
二対一、圧倒的不利なこの状況でプールは――笑った。
「調子に乗るなよ雑兵がッ!!」
そう言い放つとプールはレイピアを黒の発展型めがけてぶん投げた。
『なにを!?』
顔面。黒の発展型の目の柔い部分にロッホのレイピアが突き刺さる。怯んだ黒い発展型は無視し、プールは白い発展型に目を向ける。
「掛け算ね。よく言ったもんだ!」
ツミキはプールのロッホの体に危険信号を見る。
「プールさん! 危険信号が――」
「うっさい! 私に見えるかそんなもん!!」
ロッホは重心を下げ、放たれた鞭の動きを見切り、右腕に鞭を巻き付ける。
『え?』
そのまま体を回転させ、鞭を体で巻き取りながら白の発展型との距離を一気に詰めた。
「掛け算だからなんだってんだ! 1に1掛けても変わらないってんだよ!!」
白の発展型の右手をロッホの右手で掴み、メインカメラを潰された黒の発展型に向けて背負い投げをする。
『嘘っ!? え――』
『は、ハニー!!?』
ゴォンッ!! と二つの鉄の塊を受けて地面が唸る。
本来なら重量差で投げられないが速度と遠心力を利用し、轟音と共に見事にプールは白の発展型を投げた。機体性能の差を物理法則を利用した操縦技術で補ったのだ。
「ツミキ! 鞭を寄越せ!」
「は、はい!!」
『ぬぅ……させるか!』
態勢を立て直した黒の発展型が銃を構える。それを見たプールは舌打ちをして同じようにライフルを構えた。銃口が狙うのはもちろん黒の発展型だ、しかし、重なるようにツミキのロッホがいる。
他の人間だった戸惑うが、撃つのがプールで重なるのがツミキならば――
「好都合ね」
(危険信号!? しかも、この殺意の出どころは――)
ツミキはタイミングを合わせ、ロッホを横にスライドさせる。――と同時に鳴り響く二つの発砲音。
アルベルト(兄)が放った弾丸はツミキを狙っていたため当然空を切る。しかし、ツミキの先の黒の発展型を狙っていたプールの射撃は見事、黒の発展型の指を撃ち抜いた。
『アイツ、僕らと同じように!』
「ぼ、僕を目隠しに使った!? ――ちょ、ちょっと危ないじゃないですか!!」
「避けれたからいいでしょ」
プールはツミキより発展型が持っていた赤い糸(命名アルベルト兄)を受け取る。
プールは発展型の武器ならば発展型の防御を突破できる、そう踏んでいた。実際に間違いではない。しかし、一つの弊害が存在する。
(馬鹿め! ラブ・ウィップは初見で扱えるような武器じゃない。ハニーは使いこなすのに半年、僕は一年かかったんだ!)
(下手に使えば自滅するよ!)
プールが使いこなせないと信じ、アルベルト兄妹のチェイスは武器を手に取る。――だが、
スパンッ!!
気持ちのいい音と共に武器は叩き落とされた。
プールの乗るロッホは鞭をブンブンと手慣れたように振り回し、鞭の速度を加速させていく。
「なるほど。面白い武器ね、私好みだわ」
『そ、そんな……』
『わ、私たちも見たことのないスピードで――』
ツミキはプールが手にする鞭に恐怖を覚えた。
(すごい……使い手が違うだけで武器に対する恐怖感が全然違う!)
先ほどまでアルベルト兄妹が鞭を扱っていた時は障害物程度にしか思わなかったそれが、プールの手に渡った瞬間戦艦の主砲のような圧迫感を放った。
「鬼に金棒って言葉があるでしょう? 金棒はね、鬼が使うから怖いのよ」
そして速度を増した鞭がしなり、膝をついている発展型二機に縦横無尽に襲い掛かる。両方とも一瞬の内に頭部と足を破壊され、実質無力化された。
「心能も機体も強い。だけどパイロット個人の力が弱すぎて台無しだ。――腕を上げたらまた相手してあげる」
―—試合終了。
ヒール役の勝利で終わったのにも関わらず会場で大歓声が巻き起こった。圧倒的不利な状況からの巻き返し、劇的な試合展開に客が魅了されたのだろう。
「シンラ……彼女の強さは」
「ああ、心能ではないな。あれは純粋なスキル、積み上げた経験の強さだ」
主催者及びアーレイカプラの王であるケイン・マッケルで満面の笑みで拍手をしていた。
「ブラボー! ブラボー! HAHAHAHA! 最高のオープニングセレモニーではないか!!」
ケインはそのままVIp席から降り、ステージに足を向ける。
ツミキは降りてくる派手な男を見て睨みつける。
「あれが、アーレイカプラの王……」
「顔を見せてくれないか、挑戦者諸君」
プールはツミキに“顔は見せるな”と言おうとしてひっこめた。彼の表情を見て抑えられないと感じたからだ。
ツミキは前面ハッチを開け、その姿を見せる。ケインはツミキの顔を見て益々笑った。
「こりゃとんだサプライズだな。こんなボーイが乗っていたとは。どうだボーイ、私の優秀な部下を倒した礼をしてやろう。なんでもいいたまえ」
「だったら第三層の人達を国に帰してあげてください!」
「第三層? ふふ、HAHAHAHA!!」
ケインは眉をわざとらしく八の字にして、肩を竦ませる。
「人? 残念だがボーイ、あそこにいるのは家畜だよ。だからその願いは空振りだな」
「な――」
ケインは司会者からマイクを受け取り、声高に宣言する。
『諸君! この世界を支配している国はどこだ!?』
『『ミ・ソ・ロ・ジ・ア!! ミ・ソ・ロ・ジ・ア!!』』
『諸君! この街の王は誰だ!?』
『『ケ・イ・ン! ケ・イ・ン!』』
ケインはマイクを手放し、再びツミキに目を向ける。
「この世で最も優れた人種こそミソロジア人。そして! この街は優れた者しか人とは認めない! それがアーレイカプラのルール、王である私が一番初めに定めた法だ」
「ミソロジア人じゃなくたって才能あふれる人はいる! あなたはその可能性を潰している!」
「だが現に、異国民では勝てなかった相手にミソロジア人であるボーイが勝っているではないか?」
「他の人だってしっかり練習すれば――」
「勝てた。とでも言うのかね? ――無理だなぁ。ボーイはわかっていない。ミソロジア人がどれだけ特別か。――例えば心能、アレはミソロジア人しか目覚めない力だ」
ツミキは初めて聞いたその話に対し言葉に詰まってしまう。
「心能だけではない。ミソロジア人は手先の器用さも身体能力も頭脳も、全てにおいて高水準。生まれつき異国民とは差がついているのさ! ――これがその証拠だよ」
ケインが部下に合図を送る。
するとアズゥがステージに乱入した。注目すべきはその両手に握られている人物。
「どうして――」
ツミキとプールはその二人を知っていた。
「いや、離して!!」
「やめろ! 俺はいい、彼女だけは!!」
それは本来このショーに参加するはずだった人物……
「君らが逃がそうとした二人だ」
(そんな……逃走ルートも指示をして、武器も持たせた! プールさんの言う通りに行動していれば捕まる事なんて――)
「ボーイ。君が考えていることは手に取るようにわかるぞ。そうさ、そうなんだよ。そんな当たり前なことができないのがコイツらなのさ!」
アズゥに握られた男女に×印が浮かび上がる。
「いや。――いやあああああああああああああッ!!!!」
「た、助けてくれ……誰か――」
ツミキは操縦桿を握り、叫ぶ。
「やめろ――なにをやっているんだ!!!!!」
ゴキュ。と鈍い音が鳴った。
まるで水風船が破裂したように、真っ赤な血がアズゥに飛び散った。それを見て笑う観客。ツミキは目を伏せ、ただ黙っていた。
「堪えろ。ツミキ」
プールはツミキが暴走しないよう、ツミキのロッホの肩を掴む。しかし、それは意味がない。ツミキは今、なにかをするつもりはない。
「HAHAHAHA!! この世界は無数の才能で出来ている。そんな世界で無才のクズに役割を与えているだけましだと思いたまえ! 天才とは原液だ! 凡夫は天才という原液を活かすためだけに存在する!! ――ショーを盛り上げた礼だ。今日は見逃してやるぞボーイ、精進したまえ。君には才能がある。HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!」
背中を向けて立ち去るケインに対し、司会者が駆け寄る。
「も、もうよろしいのですか? 観客に向けてなにか一言――」
司会者はケインの表情を見て驚いた。
先ほどまで機嫌が良かったのに顔色が悪い。なにかに恐怖しているようだ。
ケインは司会者の肩にポン、と右手を置き、優しい口調で囁く。
「あとは任せるよミスター。君の司会者としての才能、期待している」
「は、はい! 期待に応えて見せます!!」
一方プールはひとまずツミキが大人しくしていたことにホッとしていた。ここで暴れれば義竜軍に包囲され、恐らく命は無かっただろう。
「よく我慢したわね、ツミ――」
プールは液晶越しにツミキの顔を見てゾッとする。
「アンタ……」
ツミキは笑っていた。だが口元は笑っていても目は笑っていなかった。
「わかりやすくて助かります。そうか、あの人がこの世界の癌か」
顔見せを終わらせたケイン・マッケルは会場の中の一室に入る。そこはスタジアムの管理室だ。
管理室に居たのはケインの側近の女性、彼女は先ほどアクアロードの前で交通整理をやっていたお姉さんタイプの女性、レイン・アベットだ。レインはケインの表情を見て慌てて駆け寄る。
「け、ケイン様!? どうなされました!?」
「おい、レイン。誰だ、あんなイタズラをしたのは?」
「イタズラ?」
「とぼけるな!! お前も見えただろう。俺の体にどす黒い×印が張り付いてやがった。おかげで気分が悪いぜ! 照明の仕業か!?」
レインは首を傾げてケインに言う。
「×印? いえ、ずっとモニターでケイン様を見てましたけど、×印なんてどこにもついていませんでしたよ?」
ケインはレインの嘘偽りない言葉に腰を砕かせ、近くにあったパイプ椅子に身を預ける。
「は、ははははは。面白いじゃねぇか、少年……」




