2‐⑦ 英雄の資格
『ペガに会ったぁ!?』
「アンタは、期待を裏切らないわね……」
「かっかっか!」
ツミキの報告に対しサンタは笑い、プールは呆れ、シンラと他多数は驚いた。
「それで色々と話を聞きました。この第三層の人達が迫害されていること、ポセイドンが海流を操作して牢獄を作っていること。ポセイドンの制御装置の場所も聞きました。多分、どれも嘘じゃないと思います」
「ツミキ。お主とペガの話の内容を詳しく聞かせて貰えるか?」
ツミキは頷き、先ほど会った出来事を全て語った。
「――なるほど。噂通りの女ね」
「相手にしないのが、吉」
「そうだな。そいつらが居なくなるまでは様子見がベストだろう」
交戦反対派:プール、マリン、シンラ。
「勝利条件はポセイドンの破壊、そして脱出用の船の確保じゃな」
「問題はどうやってポセイドンの制御装置までたどり着くかですね」
「俺らも手伝うぜ!」
「多分、第三層の住人全員が手を貸してくれるぞ!」
交戦賛成派:ツミキ、サンタ、第三層の住人。
「ちょっと待て、俺は別にポセイドンを破壊することには反対しない。だが、ペガが居なくなるまで待てと言っている」
「いや、その時間はない。こやつらを救出するためには明日のイベントを利用するしかないからのう」
明日あるイベント。
シンラや住人たちはすぐにそのイベントの名を思い浮かべる。
「カプラパレードか……!」
“カプラパレード”。それはアーレイ・カプラで行われる最大級の祭りだ。
外からの来訪者も多く参加し、この祭りだけを目当てにアーレイ・カプラに来る輩も多い。ペガもその一人だ。数々のショーやここでしか食べられない食材、料理が振舞われる。アーレイ・カプラにとって一番の稼ぎ時である。
無論、このタイミングにツミキ達がここに来たのも偶然じゃない。船が多ければ多いほど潜入も容易、当然オーランからの来客も増える。密航するならうってつけなのだ。
「なんでそれを利用するしかないんですか?」
「船の確保のためじゃ。カプラパレードでは外から多くの来訪者が船に乗って来る、その船を奪わなくては到底第三層の住人全員を外に出すことはできん」
カプラパレードは年に一回の大イベント。今回を逃すと次は一年後になる。
「来年まで、待てばいい」
「基本、使い捨てで回すこの街のシステム。はたして今いる第三層の人間の内、何人が来年まで命を繋げるかのう」
サンタは皆を説得するため感情論ではなく理を固めて行く。
「それにツミキの話によるとペガが邪魔してくる可能性は低い。――というか、この街は元をたどるとデネヴの傘下だから手を出しづらいのじゃろう。ペガと星守が邪魔しなければ勝機はある、なんせこちらにはとっておきの切り札があるからのう」
「アンドロマリウスの右腕。あれなら秘宝の間の扉も壊せるってわけか」
「運よく凰燭軍の残党もいるし、今が最も第三層に戦力が集まっている時ってことね。――ったく! 仕方ないわね。今回だけよ、こんな無茶は」
プールは呆れながらもツミキとサンタの方針に従うことにした。
「お前ら……」
シンラはツミキ、サンタ、プールの三人の姿にかつての仲間たちを重ねる。
戦力差を顧みず、己の信念に従い行動する。愚かで、まっすぐで、迷いがない。
(馬鹿正直なツミキが道を拓き、軍人気質のプールがツミキの背中を支え、理のあるサンタが道しるべを作る。急造にしては中々バランスが取れているじゃないか)
シンラは諦めたように口を開く。
「わかった。俺らも支援しよう」
「うむ、助かる――って……」
サンタは顔を上げて気づく、周囲の人口密度に。
「なんじゃなんじゃ? 仕事をしなくてよいのか?」
第三層の人間たちが続々とサンタ達の方へ集まって来ていた。その瞳には先ほどまでは無かった闘志の炎が燃えていた。
シンラは驚いた。第三層の人間の面持ちに。怒りを帯びた見たことのない顔だ。
「どうしたんだお前ら……」
「さっき、ヴァックの奴が第二層の奴らに殺された」
「ヴァック、ってあの目つきの悪いガキか。――ちょっと待て、アイツら子供に手を出したのか!?」
住民たちは頷く。
ツミキはヴァックという子供の話を聞いてスリの黄色肌の子供を思い出した。
(まさか……)
「ヴァックには妹だって居たんだ。アイツ、親を第二層の人間に殺されて、妹の分の食費を何とか作ろうと上の層に盗みに行って――」
「ヴァックだけじゃねぇ。まだ十三歳だったネルムは貴族共に拉致されて奴隷にされた。俺の娘だって強姦されたあとで道端に捨てられてたんだぞ!」
「もう我慢できるか……ポセイドンだか何だか知らねぇが、アイツらをぶっ殺して俺達は母国へ帰る!!」
鬼の形相の男達。精悍な顔つきの女達。
彼らの精神状況は点火したダイナマイトだ、遅かれ早かれいずれ爆発し暴走する。戦いを挑もうとする今の状況を見ると悪いことではない、だが、爆発するタイミングを誤るとただの自殺行為。
(ワシらの近くで起爆されても迷惑なだけじゃな。何とか鎮めなければ……)
サンタがダイナマイト達をどう鎮火させるか迷っていると第一層の方で爆発音が鳴り響いた。
それは物騒な音ではない。華やかな炸裂音、つまりは花火の打ち上がった音だ。
「なんですか? この音」
ツミキが聞くと隣にいたマリンが答える。
「明日は祭り。その前夜祭が始まった……」
前夜祭。と聞いてサンタは気づく。
「なるほど、道理でこんなに第三層の人間が集まっていても上の連中が黙っているわけじゃ」
『おい! 大変だ!!』
サンタが納得すると新たに一人の男性が集団に飛び込んだ。顔には汗が滴り、表情からただ事ではない様子だ。
「どうした?」
「今、スタジアムでオーナーのケイン・マッケルが第三層の連中相手にショーを始めようとしてやがる!!」
「ショー、って何をするんですか?」
第三層のリーダー格の男は歯ぎしりしながら答える。
「表面上はチェイスを用いた俺ら三層の人間と義竜軍の兵士の真剣勝負。だが、俺達がチェイスなんて乗れるはずもねぇ! 無様にチェイスを転ばす俺らを奴らがいたぶる。行われているのは実質、ただの虐殺だ!!!!」
ツミキは目を泳がせ、額に汗を浮かばせる。
「そんなこと、させません!」
そして反射的に足をスタジアムに向けて走り出した。
「あ、ちょっと待てツミキ! ――あのバカ!!」
「まったく、世話の焼ける!」
ツミキの後をサンタ、プール、シンラ、マリンの四人が追う。
第三層から階段で第二層に抜ける。そして、海の上に建てられた闘技場“ブルー・シャーベット”にたどり着いた。
会場は円の形をしており、フィールドを囲むように観客席がある。野球のスタンドのようだ。
ツミキはその最後尾の扉から飛び出し、中心の風景に対し目を疑った。
「なんだ……アレは!?」
二対二で行われる本気の殺し合い。片方のチームが一方的になぶられ、それを観客が笑って見ている。
会場の最前列。一番眺めの良い場所に奴はいた。アーレイカプラの王、ケイン・マッケルだ。
「HAHAHAHA!! いいぞアルベルト兄妹!」
巨大な玉座に彼は座っていた。
巨漢で大きな顔、金の髪を逆立たせている。
瞳はグラサンで隠し服装は真っ白のスーツ。女を抱きかかえながら隣にいるペガとコモンに輝く宝石付きの指輪を見せつけている。
「どうですかなぁ? このショーは三秦星殿のお目にかかりましたかね?」
「悪くないわぁ♡ だ・け・ど、私はもうちょっと惨めな方が好きねぇ」
ペガは笑顔を張り付けて応対する。正直、ケインには興味を持っていないようだ。
「じゃあねケイン・マッケル、私たちはこの辺で失礼するわ。行くわよコモン」
「はい」
ショーに飽きたペガが退出しようと腰を上げた時、視界の端に見知った姿が飛び込んだ。 退屈な時間の中で灰色に沈んでいた感情が、匂い立つ色彩を際立たせていく。
「ペガ様?」
ペガは口元をニッコリと歪ませ、再び席に座る。
「あらあら。最高のショーになりそうね♡」
ツミキ。そして後から来たシンラ達はその異常な光景に苛立ちを覚えた。
「酷い……片方はまともにチェイスを動かすこともできていない!」
「それを手練れ二人が遊んでいるのう、しかも――」
「自分らは発展型に乗り込んで第三層の連中には量産型、勝てっこないわ」
義竜軍が乗り込むは白の発展型と黒の発展型。どちらも元になっている量産型は中距離戦に強い“グライス”。武装は二機とも同じ、三種の銃(ライフル、ショットガン、バルカン)と発展型として追加された鞭を使う。
(ありゃ厄介ね。変則の鞭に豊富な射撃武装、中距離じゃ勝ち目は薄い。ましてや初心者が対応できるわけ……)
「助けないと――」
ツミキが懐から駒を取り出す。しかしすぐにシンラがツミキの手を掴んで止めた。
「やめろ! ――もう遅い」
シンラの宣言通り発展型の鞭が二機の量産型のコックピットを同時に破壊した。同時に狂った歓声が沸き上がる。
ツミキは頭に血を昇らせシンラの手を振り払った。
「これ以上、無意味に殺させません!」
「ここで乱入した所で意味はない! 義竜軍に囲まれて終わりだ」
「だったら黙ってここで見てろって言うんですか!?」
「当たり前だ。――サンタから話は聞いた。お前は世界を変えたいんだろう? だったら我慢する時を覚えろ! 今は戦うべきタイミングじゃない!」
ツミキは肩を震わせ、スタジアムの中心に足を向ける。
「確かに、ここで突っ込むのは愚策だと思います」
――『嬉しい時は素直に喜べ、悲しい時は素直に泣け、そういう素直さこそ若者の強さだ』
「だけど、ここで黙って見られる人間が英雄になれるとは思いません!」
「――!?」
ツミキの宣言に対しシンラは掴みかかろうとした手を引っ込めた。ツミキの姿にある人物を重ねたからである。
「そうじゃな。ツミキの言う通りじゃ、しかしシンラの言う通りでもある。乱入は利口な判断とは言えん」
「でも、僕は――」
「バカねツミキ、落ち着きなさい。ショーはまだ続いてるのよ? だったら正攻法で行けばいい。相手のルールにのっとってね」
「正攻法?」
――三十分後。
休憩を挟み、ショーは再開された。
先ほどの試合と同じように赤コーナーから二機の発展型がステージに上がってくる。
『まったく、雑魚を弄ぶのにも飽きて来たわ。ねぇ、ダーリン?』
『そう気を落とすなハニー! このショーが終わったら僕が相手をするからさ』
『ダーリン♡』
対する青コーナーからも先ほどと同じように挑戦者の赤色の量産型二機がステージに上がる。ただ、さっきと一つ違うのは、
「さぁてツミキ・クライム。初めての共同作業といこうか」
「気持ち悪いこと言わないでください」
パイロットの顔つきだけだ。
次回はバトル! 筆が走りまくったのでお楽しみに!




