2‐⑥ あなた、狂ってるわ♡
「な、なにを言っているんですか?」
ツミキは動揺しペガから一歩距離を取る。
「だって悪人を裁くのでしょう? だったらこの街の人間は全員悪人だと思わない?」
ペガは自分の視線を動かしてツミキの視線をある人物に誘導する。
(なんだ? 赤い……)
その人物は先ほどツミキが出会ったスリの少年だ。少年は商店の前で血だまりに伏せていた。
「そんな!?」
この街の人間に嬲られたのだろう。ツミキとの距離は五十メートル、ツミキが彼の異常に気付けなかったのは目の前に異常の象徴が居たためだ。
(あの子はさっき会った……)
「あれは死んでるね。恐らくやったのは今、街角を曲がった拳を血で濡らした男。――ねぇツミキ君、この場合悪人に該当するのは誰?」
恐らく少年はツミキに対して行ったことを別の人間に対してもやり、制裁を受けたのだ。だが、たかがスリへの罰が死というのは過剰すぎる。
ツミキの視線の先でゴミを回収するように少年はアーレイカプラの係り員に回収された。
ツミキは怒りを滲ませた声で言う。
「そんなの、あの子を殺した人に決まってるじゃないですか!」
「そう? じゃあ周りは善人なの?」
「周り?」
「だってあんな大通りで人を殺したんだよ? 目立つに決まってるじゃない。――にも関わらず皆あの子供が嬲られるのを黙って見ていた。これは善って呼べる? 悪でしょう? ――なら殺すべきよ♡」
ペガはコーヒーを口に運ぶ。その表情は幸せそうだった。いや、彼女はいかなる時も幸せそうだ。
「善と悪の中間なんて存在しない。悪を裁くと言うなら差別はしちゃだめ、何事も徹底的にやらないと」
「……!?」
「だって、平等こそが正義でしょう?」
絡みつくように彼女の声はツミキの心を蝕む。
「この街の人間は多くの人間の犠牲を見て見ぬ振りをしている。水流操作装置“ポセイドン”、アレを動かすにはこの地に眠る大量の石油が必要、その採掘をしているのは敗戦国から拉致した人々よぉ。無休で働かせ、体が壊れればゴミのように捨てられる」
ペガの言葉に偽りはない。
「ツミキ君、私はね、何もしない人間が一番悪者だと思っている。人として生まれ、意思を持っているのに何もしない。世界を一ミリも変えない、つまらなく、くだらなく、腐っている。なにを考えていようが沈黙は罪よ、罪は裁くべき、この街の人間は犠牲の上に己の生活が成り立っているとわかっていてあの態度。正義の味方なら一人残らず滅ぼすべきよ」
ツミキの信念を舐めるように言葉を並べる。
「だからって皆殺しはやりすぎです」
「中途半端にやるぐらいならやりすぎの方がいいわ」
「アナタは極端すぎるッ!! 罪に対応して然るべき罰を与えるべきです!」
「罪に対応して、って言うならあの子を殺した男は無罪じゃないの? この国の法じゃ彼を裁けない。――なら、彼は善人ってこと?」
「だから僕は……!」
「自分で物差しを作って法を変えようって? 罪を定めようって? ツミキ君は結局、自分の基準で人を裁きたいだけでしょう? 自分が許せないなら誰だって殺す。例え誰もが善人だと思っていても君がその人間を悪人だと判断したら手を下す。国を変える、世界を変える、自分の好きなように……そうやって生まれるのよ、独裁国家は」
ツミキの頭は一瞬で真っ白になった。
「法は基準よ。つまり、あの子を殺したあの男は無罪、これが大多数の意見なの♡ それを曲げ、自分勝手に危害を加えるのは正義じゃない。暴走した思想よ」
ツミキは用意していた言葉、その全てが無駄だと悟った。そんな未熟なツミキにペガは優しいまなざしを向ける。
「安心して。私は別にそれが悪いこととは言ってないのよぉ♡ むしろ大好き、そういう自分勝手な暴力は全力で協力するわぁ♡」
ツミキの頬に右手を添え、下からツミキの顔を覗く。
「世界を変える力、欲しいでしょう?」
そう言って左手を差し伸べる。
「私が世界を変える力よぉ♡ 手を伸ばせば、簡単に手に入れられる」
ペガの誘い。
ツミキはその誘いを――
「お断りです。アナタの手は絶対に借りない!」
ぶった切った。
「理由、聞かせてくれる?」
ペガは聞いて、その答えのパターンを瞬時に多数頭に思い浮かべた。
だがツミキの答えはペガが予想したどの答えにも該当しなかった。
「理屈はない! 僕はアナタの全てが嫌いだ!!」
ツミキはテーブルを叩き、言い放った。
「その上からの物言いも薄ら笑い浮かべた顔も、妙に派手な服装も蛇みたいな雰囲気も何もかも嫌いだ! ――ビビるのはもうやめた。ハッキリ言ってやる! アナタは醜い!」
「醜い? 私が?」
「例え世界を変えられるとしても、アナタと手を組んで変えた世界はどうせ滅ぶ」
唖然とする周囲の客、ペガは口を開け笑みを浮かべていた。
「お、お客様。あまり店内で騒がれては……」
カフェの女性従業員がツミキとペガの間に割って入る。
その時、ペガの瞳からハートマークが一瞬だけ消えた。
「――コモン。消しなさい」
(危険信号!? 僕じゃない!)
瞬間、女性従業員の頭に黄色の“危険信号”が浮かんだ。
ツミキは気づいてすぐに声を上げる。
「伏せてください!」
ツミキは女性従業員を押し倒そうとしたが間に合わない。それよりも早く隣の席に座っていたスーツ姿の女性が拳銃で女性従業員を撃ち抜いた。
バンッ! という乾いた音と共に、従業員は床ごと体を赤く染めた。
「な、なんてことを……!」
ペガの指示で表情一つ変えず人を殺したスーツ姿の女性コモン。彼女はツミキを見下ろしながら笑顔のまま戸惑っていた。
(今この子、私が拳銃を抜く前に動き出した。――しかも「伏せてください」、か。頭を狙っているとわかったのか? いや、まさかな)
カフェ内はすぐに阿鼻叫喚となった。
ツミキ、ペガ、コモン。三人を残して周りの人間は逃げ去った。
ペガはまじまじとツミキを見つめて、言い放つ。
「ツミキ君。アナタ……狂ってるわ♡」
ペガは嬉しそうに体を回し、ツミキに背中を向けて外へ足を向ける。
「帰るわ、コモン」
「はい」
呆気なく去ろうとするペガだったが何かを思い出したかのように唐突に足を止めた。
「そうそう、ツミキ君に良い情報をあげる。この街に住む敗戦国の人間はね、ポセイドンの海流操作によってこの街に閉じ込められている。船を出して母国に帰ろうとしてもこの街を中心に集まる海流によって引き戻される。彼らを救いたいならこの街の最北端、“秘宝の間”にある制御装置を破壊するしかない」
「信じると思いますか?」
「言ったでしょう? 私は君に協力するって」
きっとこの言葉に裏はあっても嘘はない。
ツミキはペガを睨み、
「アナタが立ちふさがりますか?」
「まさかぁ♡ 残念だけど、今回私は部外者なのよねぇ~だ・か・ら、陰で応援してるわ。ツミキ君」
ペガは再び歩き出す。
ツミキはペガ宛ではなく、スーツ姿の女性に対し吐き捨てるように言う。
「アナタも命令されたからってよく平気で人を殺せますね……」
スーツ姿の女性、星守のコモンは張り付けた笑顔のままツミキの方を振り向く。
「仕事ですから」
そう言い残して彼女は去っていった。
ツミキの視界から外れた後、コモンはペガの行動にため息を漏らす。
「心能、使い過ぎですよ?」
「いいじゃない。それだけの価値はあったわぁ♡」
「それにいいのですか? 手を出さない宣言しちゃって」
「私が動かせる駒がアナタしかいないのは事実でしょう? それにこの街はデネヴの管轄だからぁ、ケインは私に実権は握らせないわ。現に三秦星が来たって言うのに出迎えの一つもない。歓迎されてないってことよ、手は出せない」
コモンはホッと胸をなでおろす。
「それなら私の出番は無さそうですね」
「なに言ってるの?」
コモンの笑顔が引きつる。
ペガはウキウキと肩を揺らしていた。
「駒一つあれば楽しむ分には申し分ないわ」
「でも今、手を出さないって……」
「決着がつくまでは手を出さないわ。つくまでは、ね♡」
* * *
「絶対寄り道はしないからね! 私たちはまっすぐオーランへ向かう!」
「俺もこの嬢ちゃんに賛成だな。今は間が悪すぎる」
「……三秦星、星守。どっちも化物、相手にするだけ無駄」
「だーかーら! ワシは寄り道をする気はないと言っておるじゃろうが!」
プール、シンラ、マリンの三人は三体一の形でサンタに詰め寄っていた。
「だったらなぜ敵の戦力を聞く?」
「敵の戦力把握は兵法の基本じゃ」
「だったらなんで秘宝の間までの道のりを聞くのよ?」
「マップが頭に入ってないと策は組み立てられん」
「なんで、牛乳飲んでるの?」
「ワシは戦の前にはビンの牛乳を一本飲むと決めている」
ぐい、っとサンタは牛乳を一気飲みする。
プールは血筋を額に浮かべて抗議する。
「アンタねぇ、三秦星と星守って言ったらアイツらと同格なのよ!? 兵力差があって勝てるとおもってるの!?」
「勝敗条件による。ポセイドンの破壊だけなら難しいことではない」
火花を散らす二人。
そんな二人の元へ第三層の住人、その中でもガタイのいい男三人が近づいてきた。
「シンラ。コイツらは誰だ?」
シンラは第三層に入り浸っているためこの三人とも顔見知りの仲である。
「端的に言うとレジスタンスかな。どうやらポセイドンを破壊したいらしい」
「ポセイドンを!? こんなガキ二人が……」
「侮るな。コイツらは噂によるとハングゥコルンのリーダーを撃破して、彼の紅蓮の騎士アーノルド・ミラージを撃退したらしい。強さはお墨付きだ」
シンラの言葉に男たちは目を輝かせる。
「本当か!? ――おい兄ちゃん。おれらも協力するぜ!」
「む? お主らは……」
「もう限界なんだ! 国に帰してくれ!」
男の一人がプールの肩を掴みながら涙目で訴えかけて来た。
「ちょっと待てっての! コイツはともかく私は別に――」
「まぁ落ち着け。ワシもまだポセイドンを破壊するとは決めておらん」
『え?』と一同はサンタの発言に静止する。
「さっきから言っておるじゃろうが、ワシもオーランまで寄り道するのは反対じゃ。ワシはな」
サンタは口角を少し上げながら正面から歩いてくる少年を見つめる。
プールはその少年の表情を見てため息をついた。
「嫌な予感しかしないわ、あの表情」
「サンタ、アイツが例の――」
「うむ、グエン・センフルにアンドロマリウスの右腕を託された者じゃ。結構前にこの場所を知らせていたが大分時間がかかったのう」
「かわ、いい」
少年の名はツミキ・クライム。
ツミキは四人に近づき、神妙な面持ちで提案する。
「プールさん、サンタさん。少し寄り道してもいいですか?」




