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“銀”の英雄  ~Revival of Andromalius~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二幕 水の都“アーレイカプラ”の戦い

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2‐⑤ わかりあえる!

 ツミキは恐る恐る後ろを振り返る。


 そこに立っていたのは赤い縦ロールの髪をして豪勢な服に身を包んだ女性だった。身長はツミキよりヒール分だけ高い。体格はツミキの方が上だが厚い服のせいでツミキより一回り大きく見える。


 ツミキが瞳に×印を浮かべているように、彼女は瞳にハートマークを浮かべている。


(間違いない……この異常な殺意の出どころはこの人だ!)


 ツミキは本能的に“関わるまい”と決心した。


「ありがとうございます」


 そう言ってツミキはなんてことない調子で財布を受け取り、踵を返そうとした。だが、



 ガッ! と女性に右肩を掴まれた。



「えっ!?」


「ちょっと待ちなよ」


 力はない。簡単に振り切れる。――だが、振り切ったらダメな気がした。危険信号を持つツミキだからか? 違う、どんな鈍感な人間でもわかる。


――この女からは逃れられない。


「せっかくだからそこの喫茶店でお茶しない? 財布拾ってあげたんだし、少しぐらいワガママ聞いてくれてもいいでしょう?」


「あ、いや……でも」


「私が奢るわよぉ♡ 遠慮しないで」


 艶やかな声。妖艶な目つき。


 どこか危ういがついて行きたくなる。一度だって瞬きをしない瞳、その奥にある純粋なハートマーク。“異質”、その言葉でしか彼女の雰囲気を表せなかった。


(逃げたら多分、僕は殺される。今も僕の体にはこの人の殺意(×印)が張り付いている……ただこの誘いを受けても生きていられる保証はない。正解はなんだ? どうやったらこの人から逃れられる?)


 ツミキが思考を巡らせ、汗を滴りながら出した結論は、


「わかりました」


 時間稼ぎだった。


 喫茶店のカフェテラス。二人席でツミキとペガはカップでコーヒーを飲んでいた。


(なんでこんなことに……しかも飲めもしないブラックのコーヒーなんて頼んじゃったし)


 ツミキはふとペガをチラ見する、すると不運なことに目があった。ペガは目を合わせるとニコッと笑う、元の容姿はいいためとても美しい笑顔、だが怖い。


「お名前、教えてくれる?」


 ペガの質問。


 ツミキは自分が賊であるため偽名を口に出そうとしたがためらった。もし嘘がバレた際のリスクを考えたからだ。


「ツミキ、クライムです」


「ツミキ君ね。良い名前……好きだよ私、君の名前も君自身も」


 その判断は正しい。


 もしツミキが嘘をついていたなら彼女はきっと、予想もつかない行動をしていただろう。


「アナタの名前は?」


「私? 私はペガ。三秦星の一人♡」


「へぇ。三秦星ですか。すごいです、ね――?」


 『ぶふっ!!』とツミキは口に含んだコーヒーを噴出した。


「あ! すみません!」


「いいのよぉ♡」


 ツミキはテーブルを拭きながら動揺を悟られぬよう顔を下げる。


(三秦星!? 義竜軍の中でもトップクラスの人じゃないか! 冗談? いや、腑に落ちる。この人なら納得できてしまう)


「ねぇツミキ君。きみぃ、私の部下にならない?」


 ツミキは手を止め、聞き返す。


「え? 今なんて……」


「私の部下。君なら特別待遇で迎えてあげるわ。どう?」


「いや、でも――」


 本気で言っているのか? とツミキは思った。


 目の前の人間の真意が全くわからない。なぜツミキを特別待遇で迎えるほど気に入っているのか、ツミキ自身が一番理解できていなかった。


(まだ会って十分も経っていないぞ、なんで僕を誘っている?)


「なんでも願いを叶えてあげる。アナタの大好きな食事を用意する。アナタの好みの人間を用意する。欲しいものを欲しいだけあげる。食欲も性欲も睡眠欲も、昇進欲、金欲、承認欲も、ぜーんぶ満たしてあげるわ♡」


 まっすぐで純粋な瞳がツミキを見つめる。


――彼女は本気で言っている。そうツミキは直感した。


 なら、自分も本心で答えよう。それが一番最善の道だとツミキは判断した。


「断ります。僕には夢がありま――」


「アナタの夢はなに?」


 ツミキは言葉を遮られ言葉に詰まる。


「アナタの夢、叶えてあげるわ♡」


 ぞく。と背すじに寒気が走った。


(なんだろう。上手く言えないけど、この人は不気味で、狂っていていて……醜い)


 ツミキはゴクリと喉を鳴らす。


(だけど瞳のまっすぐさはカミラにそっくりだ、きっと嘘を付ける人間じゃない。僕の夢、世界を変えたい。英雄になりたい。こんな夢を語られても普通の人相手なら笑われて終わりだ、だけど――)


 これは賭けだ。もしペガの言葉がどれも嘘偽りないのならここで物語を終わらせることができるかもしれない。


 なにも劇的な変化などツミキは求めていない。苦労が無いのならそれに越したことは無いのだ。

 

「僕は、この世界を変えたいです」


 ツミキの宣言。ペガは眉一つ動かさない。


「今、この国は腐っています」


 相手は義竜軍トップクラスの人物。これは完全な反逆発言、そんなことツミキはわかっている。でも、だからこそ、口が止まらない。文句が止まらない。


「人を思いやれない人、悪い人間が国を牛耳っているから廃棄指定地区や理不尽な税収が増えて、多くの人が犠牲になる。こんなの間違っていると思いませんか? 力のある人は力の無い人に手を差し伸べるべきだと思いませんか? 悪人を裁き、善人がしっかりとした報酬を得る。そんな世界で僕は生きたい」


 ペガは一笑し、言葉を返す。


「力があるから手を差し伸べなきゃいけない、そんな道理はないわぁ。私たちは誰のために力を手に入れたと思う? 国のため、他人のため? 違う、ただ自分が楽しむためよ。『余力があるなら危険を伴っても他者を助けるべき』とか、『目の前で誰かが困っていたら話を聞いてあげるべき』とかおかしいじゃない?

 若者は老人を、軍人は市民を、男は女を。――くだらないわぁ♡ 差別や区別を嫌うのなら明確な上下関係を作らなければいい。救いは慈善行為、誰にだってできることじゃない特別なことだという事をもっと理解するべきよ。理解できないから救われる側が助長し、あたかも助けられることを当然のことのように言う」


 意見が分かれた。ツミキは死を覚悟する。――だが、


「勘違いしないでツミキ君。色々言ったけど、悪人を裁くっていうのは賛成。――うん。いいわよぉ、私がこの国から悪人を消し去ってあげるわ♡」


 ツミキはガタッと腰を椅子から離す。


「ほ、本当ですか?」


「うん。もちろんあなたが協力してくれること前提だけど、悪を裁いて弱者を救って見せる」


 ツミキの瞳に希望が灯る。



「一緒に世界を変えましょう」



(諦めていた……義竜軍の人は全員わかりあえないと勝手に思い込んでいた)


 驚くツミキに対しペガは笑顔で言葉を付け加える。


「私は軍人よ。全ての市民を助けたいとは思わないけど、一方的に弾圧される弱い人間のために力を尽くすのは当然だと思わない?」


(わかりあえる。こんなにも簡単に!)


 ツミキは思わず表情を崩した。


 途方もない道のりが一気に短縮した。スタートからゴール目前までショートカットしたような気持ちだ。


 人は分かり合える、そのためにコミュニケーションという偉大な文化を人は作り上げたのだ。


「じゃあさツミキ君、早速だけど……」


 ペガは身を乗り出しツミキに顔を近づける。


 そしてツミキの耳元で呟く。




「――まず手始めに、この街の人間皆殺しにしましょうか♡」





 人は分かり合える。だが、いかなることにも例外は存在する。



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