2‐③ 英雄になりそこなった男
入り口の氷山をイメージした駐車場、そこにトラックを止めたツミキ一行はアーレイカプラの街に足を踏み入れた。
「うっわぁ!」
ツミキはその幻想的な光景に子供らしく胸を高鳴らす。
『へいらっしゃい! 今日は活きのいい魚が入ってるよぉ!!』
『アーレイカプラ名物タコ墨ドリンクはいかがぁ~?』
『ちょっとそこのお兄さん~? キャバクラ“アーレイ・マーメイド”に寄ってかない? 人魚姿の美女が選り取り見取りだよ~』
活気あふれた水の都“アーレイカプラ”。
水しぶきが至る所で弾けており、意図せずとも髪を濡らす。冷房がついているわけでもないのに熱い日差しを打ち消す涼しさだ。
「さすがに賑やかな場所ね」
「これは、タオルがいくつあっても足りんのう」
視線の先に映るは水の遊園地。
立ち並ぶ食事処や酒屋、魚屋。商店街のような並び方なのに店一つ一つの装飾が瑞々しい。向かい合う店同士を繋ぐように水のアーチが架かっている。
「この街けっこう高低差がありますね」
「アーレイカプラは三つの層に分かれている。ここは第二層、奥に見える遊園地のような場所が第一層じゃ」
第一層は巨大な城を中心とした高級店やカジノ、遊び場が立ち並ぶ貴族街。一番面積が小さく、利用者も少ない。
第二層は最も広く賑わっている、ツミキ達がいるのはここだ。道路の代わりに水路が通っており小船を借りることで快適に移動できる。外からの来訪者はまずここに来て大多数は全ての用事を第二層で終わらせ最後に第一層で豪勢な食事をし、自らの土地へ帰っていく。
そして第三層。勤務者が住む場所、海下街で陽の光は僅かしか入ってこない。シャボン玉のような膜が水が入らないようにしているが息苦しく油臭い場所で観光客が訪れることはまずない。中は人工的な光が照らしている。
「ま、まず何をします?」
「密航と言ってもまずは船の中で飢えないための食料、そして潜入のための兵器を作るのに必要な機材、あとは船の専門家が一人欲しいかな」
「よし、それじゃあ役割を分担しよう。ワシは人材探し、プールはジャンク屋で機材の補充、ツミキは食料調達じゃ」
「時間は三時間ってとこかしら?」
「うむ。集合場所は追って連絡する。用事が済んだら好きに遊んで良し! 以上じゃ!」
「はい!」
「りょーかい」
三人は三手に別れて用事を済ませに行く。
ツミキ達が潜入しようとしている便の到着はまだまだ先だ。時間は大いにある。
:sideツミキ:
ツミキはワクワクに身を預けながら街を物色していた。
「すごいなぁ……どれもこれも美味しそうだ」
やはりと言うべきか目を引くのは魚類だ。新鮮で見たことのない種類がある。外皮から赤い色をしたマグロ、タコのように吸盤のあるイカ、正方形の貝。
どれも高い、が、ツミキが預けられた金銭はかなり多いため大人買いできる。問題なのは保存面、すぐに痛むものには手を出せない。
(干物とか、そういうのがいいのかなぁ?)
ツミキが考え事をしているとツミキの左ひざに何かがぶつかった。
「あ、すみません」
それはまだ十歳にも満たない黄色肌の少年だった。
(しまった。左目の視力が無いから左から来られると全く見えないな)
少年は何も言わず、ツミキから離れる。すると後ろで、
「おいガキ! 今そこのあんちゃんから財布奪ったろ!」
大きな男の声が鳴り響いた。
ツミキは声は聞こえていても我が身関係ない表情で歩く。
「スリか。物騒だなぁ」
そう呟いて財布の入っている左ポケットを念のため確認して気づく。
「あれ?」
――無い。
「もしかして僕の事!? ――あ、すみません!」
ツミキは振り返り、声の方へ歩いて行く。
「ありがとうございます! 僕の財布、を――」
ツミキはその光景に対し言葉が詰まった。ツミキが驚いたのはスリに対して行われた現地人の過剰な制裁だ。
確かに盗みはいけないことだ。しかし、まだ小さい子供に対して行う罰にしてはあまりにもひどい。目元は腫れて口からは血が流れていた。それだけでもう十二分なのにまだ声の主は子供を踏みつけている。
制裁を加えた魚屋の男性は屈託のない笑顔でツミキに財布を差し出す。
「おら坊主、気をつけろよ。感謝の気持ちがあるならウチの魚買っていてくれ」
「あ、ありがとうございます。でも、もうその辺で……」
「あ、いいんだよコイツらは。下層の掃きだめ、例え殺しても問題にはならねぇ。そんじゃ、コイツの始末はあんちゃんに任せるよ」
ツミキは少年に駆け寄って抱きかかえる。
(この子……ミソロジア人じゃないな。この肌の色と目の色の組み合わせはありえない)
ツミキはサンタに渡されていたタオルで少年の顔を拭く。
「うっ……」
「だ、大丈夫!?」
「ちっ! 触るなミソロジア人が!!」
少年は意識を取り戻すとツミキの腕を振り払い、鬼の形相でツミキを睨む。
「お前らのせいで、父ちゃんも母ちゃんも!」
その目をツミキは知っていた。復讐、怒りに燃えた瞳。いつかの自分にそっくりな瞳の色だ。
「あ、ちょっと!」
少年はそのままその場を去ってしまった。ツミキは取り残されて改めて周囲を見渡す。
(なんだろう。所々に違う国の人たちがいる……それも凄く粗末な恰好をして)
:sideサンタ:
ツミキがアーレイカプラに疑心を抱いていた頃、サンタはツミキが抱いた疑惑の根本に足を運んでいた。
アーレイカプラの下層である。路地裏のような印象、もしくはスラム街といったところか。
活気はマイナス。死んだ目で淡々と作業をする人間で溢れている。
基本的に肉体労働だ、潜水艦で魚とり、下ごしらえ。それに海流操作装置ポセイドンを制御するための海底鉱石発掘、資源採集、人力歯車の運用。監視員が付いていないのはそこら中にある銃付きの監視カメラで見張っているからだろう。管理委員会も例え仕事でもここに足を踏み入れたくないのだ。
上と違い自然の欠片も感じないメカメカしい場所。三日閉じ込められるだけで発狂する人間もいるだろう。
(ここに来ればミソロジア人に恨みのある人間を調達できると思ったが、駄目じゃな。どいつもこいつも目に覇気がない。戦人には程遠い)
サンタはさらに深く第三層に踏み込もうとする。
「待て。そっから先は監視区域だぞ」
サンタが諦めかけた時だった。少し低い男性の声がサンタを呼び止めた。
「少年。ここの人間じゃないな」
サンタはゴミ箱を椅子代わりにして座っている男に目を向ける。
「お前さんのような闘志のあるやつが来るところじゃないよ、ここはな」
ツミキと同じ黒髪。細身で高身長、顔は美麗かもしれないが目の下のクマとだらしない恰好が男性としての魅力をゼロにしている。歳は二十半ばだろう。
サンタはその男を見て諦めを希望に変えた。
「よもや、こんな所で会えるとはな。シンラ・バード……!!」
「なんだ。俺のことを知っているのか?」
「“理由なき戦争”十三期において、たった一か月だけ義竜軍に対抗した幻の兵団“凰燭軍”。その元・エースパイロット。唯一、星守に対抗できた男……」
だがサンタが虚偽を言っているように感じるほど目の前の男に覇気は無かった。まるで落ち武者だ、エース何て柄ではない。
シンラと呼ばれた男は失笑して呟く。
「だがアンドロマリウスに蹂躙され英雄になりそこなって、底辺まで堕ちた男さ」
:sideプール:
そして時同じくしてプールもまた、ジャンク屋にてある人物と出会っていた。
(ジャンク屋は久しぶりねぇ。おーおー、まだまだ使えるのいっぱいあるじゃ――ん?)
プールは操縦桿に付けるギア管理パーツを見つけて手を差し伸べる。
「これまだ最前線のモデルじゃん!」
だがその手はパーツにとどなかった。横から別の人間がパーツを取ったからだ。
「っち! 誰だ!?」
「……。」
それは女性だった。
パーカーにスカート。マフラーを首に巻いており水の都には似つかわしくない着こなしをしている。最も彼女のファッションで異質なのは口に咥えている物体、
――おしゃぶりだ。
(おしゃぶりって。どんな性癖よコイツ)
「誰だ。と聞かれればマリンと答える」
眠たげな瞳、プールとは正反対の雰囲気を持つ大人しい高校生ほどの女性だ。
「ちょ、それ私が先に目をつけてたんですけど?」
「駄目。これは渡せない。シンラへのプレゼント」
マリンと名乗った女性はおしゃぶりを動かしながら話す。
プールは“シンラ”と聞いてあるエースパイロットを思い浮かべた。
「シンラ……いや、まさかな」
「とにかく、これは渡せない」
プールが考え事をしている内にマリンはレジに向かう。
「ちょ、話はまだ――」
「ん?」
マリンの懐でピピピと電子音が鳴った。マリンは懐から通信機を取り出し、耳に当てる。
「はい。もしもし」
「って、おいおい……マイペースすぎるでしょアンタ」
電話をしている内にマリンの表情がどんどん沈んでいく。
「……ペガとコモンが?」
プールは普通じゃないその様子に首を傾げた。
「わかった。私からシンラへ伝える」
ピ。と電話を切るマリンに詰め寄るプール。
「ねぇ、さっきからアンタが言ってるシンラってまさか――」
「シンラはシンラ、シンラ・バード。用事が出来たからこれあげる」
マリンはレアパーツをプールに押し付ける。
念願のパーツを手に入れたプールだったが今はそれどころじゃなかった。サンタと作った有望人材リスト、その最上位にランクインしている男の名を聞いたからだ。
「シンラ・バード!? おい、待てお前!」
本当はプールsideにしたかったけどくだらないので辞めました。