2‐② 狂い咲く海の花
夕食を終え、寝袋の中で就寝したツミキは森の隙間から差し込んできた日差しで目を覚ました。
自然の中で寝ることは初めてではないが、理想的な目覚め方をしたツミキはどこか力がみなぎっている気がして気分を高揚させていた。
(よし。とりあえず今日も二人の足を引っ張らないよう頑張ろう)
ツミキがぐぐっと背筋を伸ばすと背後の森の方から誰から歩いてくる。
ツミキはゆっくり振り向いた。するとそこには……
「うわ!?」
裸の女性が立っていた。
青いロングの髪が水を滴らせている。大きな胸には張りがあり、どこを見ても健康的でいやらしい肉付きがツミキの目のやり場を奪い去る。
ツミキが想像する美女の想像。そのど真ん中の女性だ。
「あ! えっと。す、すみま――」
「あら。アンタもう起きてたの? あっちに水場があるから体洗ってきな」
ツミキは模範解答美女から圧倒的赤点の性格を持つ女性の声が聞こえて耳を疑った。
(ちょっと待って。そんなはずが――)
ツミキはもう一度美女の顔を見る。ジッと見つめてようやくわかる。この美女が倫理崩壊星人のプールだと。
「なによ?」
何の恥じらいもなく服を着始めるプール。
――髪形は人を変える。
プールは普段、長い髪を三つ編みにして頭に巻き付けるという奇抜な髪形をしている。はっきり言って可愛らしさの欠片もない。ただそれを解くだけで彼女の印象は一転する。
ツミキは溜息をつき、
「僕のドキドキ、返してくれません?」
「よくわからないけど喧嘩売ってることだけはわかったわ」
ツミキはプールの言う通り水を浴び、サンタが起きた後朝食の乾パンを食べて軽トラに乗り込む。
「さ。あと十キロってとこね」
「楽しみですね! あれ? でもアーレイカプラに入るには通行証代わりのシールが必要じゃ……」
「トラックの頭を見てみよ」
ツミキはサンタが指し示す場所を見る。
トラックの頭、運転席の上の部分に青い暗号と美しい海辺の絵が描かれたシールが貼ってある。これこそアーレイカプラの通行証代わりになるシールだ。無論、賊が簡単に手にできる物じゃない。
「どうやって手に入れたんですか?」
「奪っ――譲ってもらったのじゃ」
ツミキはあえて追求せず、荷台に腰を落とす。
エンジンがかかり、トラックは走り出す。ツミキは生暖かい風を顔面に受けた。
「サンタ。こっから先の道のりはアンタ任せだから助手席来なさいよ」
「ワシ、助手席嫌いじゃ。また吐いてもいいなら行くが」
「……じゃあ後ろから道を指示しろ」
仲間。と言うには険悪な二人。
ツミキはここ数日サンタとプールと共に居て純粋な疑問を抱いていた。
「そういえばサンタさんとプールさんはどういう関係なんですか?」
「どういう関係、と聞かれれば難しい所じゃな。仲間と言うほど親しくもないし、かと言って敵対することも無いと断言できる。ただ一つ言えることはワシとプールは運命共同体ってことぐらいかのう」
「えっと、どういう経緯で出会ったんですか?」
「うぅむ。経緯はあまり覚えておらんな」
サンタは読んでいた詰将棋の本を閉じて、ツミキとの会話に集中する。
「ワシとプールにはどうしても倒さなくてはいけない相手が居て、奴らを倒すため互いに手を組んだ。さっきの話で三秦星と星守については理解したか?」
「はい」
「ワシにとって宿敵とも呼べる人間が三秦星の一角“アルタイル”。そしてプールにとっての宿敵がそのアルタイルを守る星守、“クラック・カーネーション”。ワシとプールは互いに一人の力で奴らに挑み、敗北した。――そして一人では勝てぬとふみ、奴らの陰謀を止めるため仕方なく協力した」
「陰謀? そのアルタイルって人とクラックって人にはどんな目的が……」
サンタは表情から笑みを消し、瞳を暗く落として言い放つ。
「人類滅亡。アルタイル、クラック、そして今は監獄に居るアンドロマリウスのパイロット“シン”。奴ら三人は義竜軍を利用して人類を滅亡させようとしている」
ツミキはサンタの言葉に顔を引きつらせる。
「じょ、冗談ですよね? 人類滅亡なんて……」
サンタは再び詰将棋の本を開き、いつもの軽い物腰で言う。
「冗談。ちょっと暇つぶしに脅かしただけじゃよ」
「な、なんだ……あはは。ちょっと信じちゃったじゃないですか」
二人が会話を終えると同時に運転席にプールが窓を開けた。
「お二人さん。そろそろ準備しときなよ」
走り出すこと数十分。段々と緑多き道から整地された道へ出てくる。周りにはツミキ達以外にも車やチェイスに乗った様々な人間が溢れてきていた。
「すごい人ですね……」
風の種類が変わる。潮風がほんのりと肌を撫でてくる。
進めば進むほど活気が増していく。車両、チェイス、その全てが海を目前に据えて止まった。
「あ? なんだ、渋滞か?」
「いや……」
『はーい! 皆さん、綺麗に並んで待っていてくださいね!』
ノースリーブのお姉さんタイプの係員が発展型のチェイスに乗りながら列を整理している。
コックピットを開けて小型マイクで必死に列の整理を頑張る姿は健気で見ているだけで元気が出る。おまけに水色の瞳と明るい金髪が背景の海と相まって美しく輝き、薄着で強調された胸が男性を魅了する。まさに水の都にピッタリの女性だ。
サンタとツミキは彼女を見て鼻の下を伸ばした。
「いいですね」
「ワシらのパーティーには華がないからのう」
「まったくです」
「アンタら街に着いたら覚えてなさいよ」
プールは後ろの男どもとは別の理由で女性を見つめていた。
(あの女どこかで……)
ツミキ達は十二列目。ツミキは遠巻きに例の都市を見る。
「す、すごい……ここからでも水の噴水が見えますよ!」
「孤島に建てられた都市。もはや国じゃなアレは」
「あれ。でもどうやって行くのよ? 船でも寄越すわけ?」
サンタは口元をゆがませ「いや……」と言葉を紡ぐ。
「ベストタイミングじゃ。“アクアロード”が拓かれる」
『お待たせしました! まずはほんのオープニング……アクア・ロードをお楽しみください!』
ゴォォォォン……!! と地鳴りが響く。
ツミキはその光景を見て胸を高鳴らせ、プールは純粋に驚き、サンタは肩を震わせた。
「海が、割れていく……!?」
「水が左右に散っていく? どういう原理よ。これは!」
正面にあった海が割れ、左右に寄っていき、道を作る。
先ほどまで平坦だった場所が崖となり、緩やかな傾斜の氷の道が崖から繋がって現れた。
「アーレイカプラには水流操作装置“ポセイドン”がある。それを利用した演出、誠に見事。――圧巻じゃな」
海の壁に囲まれた道、“アクアロード”が姿を現した。
アクアロードの中心には海色のチェイスが右手を左胸に添えて立っていた。そのパイロットは拡声器で拡大させた声を出す。
『自己紹介させていただこう! 私がこの都のオーナー、“ケイン・マッケル”でございます。我々の誇る街があなた方の旅路に花を添えられることを心から祈っております』
威圧的で且つ張りのある声だ。
『では改めて……ようこそ! 水の都“アーレイカプラ”へ!!』
ケインの合図と共に左右の海の壁から水のアーチが架かる。同時に起きる歓声、旅人たちはアクアロードに続々と降り立った。
もちろんプールもアクアロードに入っている。それも全開で。
「よっしゃ先頭はもらった!」
「ちょちょちょ! プールさん! もっと景色を楽しみましょうよ!」
「同意見じゃ! お主に情緒はないのか!?」
「何言ってんのよ! こんな最高の道を最高速で駆け抜けるのがクールってもんでしょ!」
トラックが海色のチェイスを追い抜いた時、そのパイロットであるケインは呟いた。
「……飛んで火に入る夏の虫、いや、魚か」
幻想には現実が付きまとう。夢を追う少年ツミキ・クライムと現実を知る男ケイン・マッケルの衝突はそう遠いことではなかった。二人の戦いは街全体を巻き込み、多くの被害者を出すこととなる。
いや、両者の衝突で終わるのならば話の規模は小さく、この街が崩壊することも無かっただろう……彼女たちさえ来なければ。
* * *
「うーん。良い風♡」
真っ赤な髪に縦ロール。
豪勢な衣装を身にまとい凄まじい威圧感を醸し出す女性だ。目の中にはハートマークが浮かんでいる。
「ペガ様。あまりはしゃがないでくださいね」
その後ろにはスーツ姿の女性が立っていた。黒髪のショートボブ、慎ましい体。
顔には常にニッコリとした薄っぺらい笑顔が張り付いておりどこか近寄りがたい。どちらの女性も相当な美女のはずなのに話したいとは毛ほども思えない。
「はしゃぐ? 私、そんなに落ち着きがないかしら♡」
「いいえ。ペガ様ほど落ち着いている方はいません。ですが、ペガ様は落ち着きながらはしゃぎますから」
「変な言い回しねぇ~。大丈夫、目ぼしい子がいない限り大人しくしてるわよ。居たら暴走するかも♡」
スーツの女性は気落ちしながらも笑顔を崩さずに言う。
「――ほどほどに」
「嫌なら護衛休んでもいいわよぉ~?」
「やりますよ。仕事ですから」
ペガ、そう呼ばれた女性はスーツの女性を見てニッコリと笑う。
「せっかくだから例のアレ、使ってみたくなぁい?」
「なるほど。だから休暇だって言うのに持ってきたわけですか……でも使うにしても相手がいないと練習になりませんね」
「バカねぇ♡ 敵を作るなんて簡単じゃない。この街のシンボルの一つでも壊せば衛兵たちが虫のようにうじゃうじゃ湧いてくるわぁ」
(ここ、義竜軍の領地なんですけど)
時に一人の人間、一つの存在が都市一つまるごとの空気を変える。
“三秦星”ペガ、“星守”コモン。二人がアーレイカプラに足を踏み入れた時、街の雰囲気が一変した。
ベガじゃなくてペガです。
ベガって名前あまり好きじゃないんですよね。だから「ぺ」にしました。それだけです( ´艸`)




