6‐⑰ 原初のチェイス
ツミキは心の動揺とは裏腹に、顔はいたって自然を装っていた。
「へぇ~! アンドロマリウスの右腕、その模型ですか! すごいな~。初めて見ました!」
「…………。」
獅子波はジッとツミキを見つめる。
もちろん、ツミキは嘘を言った。ツミキは良く知っている、アンドロマリウスの右腕の輝き、大きさ、質感を。目の前にある物体は間違いなくアンドロマリウスの右腕だと、ツミキは確信をもって言える。
(どうして獅子波さんがこれを? 明らかにカマかけてるな……)
獅子波はヘラッと笑顔を浮かべ、両手を広げた。
「そ。これがアンドロマリウスの右腕、その模型さ。そんでもって、右手側を見てみな」
ツミキは視線を横に逸らす。するとそこには右腕のないチェイスが立っていた。
黒色のチェイスだ。左手には爪のようなものが付いており、臀部には蛇腹剣のような尾が付いている。眼光は獣のように鋭く、狼のような印象を持つ。
「アレが坊主が見たがっていた原初のチェイス……“Kreios”。まぁ、ちとばかしパーツを足してるから“クレイオス‐RA”ってとこかな」
「“クレイオス‐RA”……」
ツミキはクレイオスを前にして、その鬼のような形相に眉を揺らした。
(顔怖いな~……なんか“怪物”って感じだ。爪とか尻尾とか付いてるし。チェイスに好みとか無いけど、どうせならもっと白くて騎士っぽくてカッコいいチェイスの方が――あと角は欲しいよね。角。V字のやつ)
「どうした? 暗い顔をして。もしかして気に入らないなんて言うんじゃねぇだろうな?」
「い、いえ、とんでもない! すごく、カッコいいですね……野性味あふれる感じで」
「ははははっ! だろう? 野生と機兵の融合、相反する二つが惹かれ合ってこそ粋ってやつさ」
ツミキは額の汗を拭う。
(間違いない……銀腕も、このクレイオスというチェイスも本物だ……!)
――なぜ獅子波さんはこれを僕に見せた?
――僕の正体がバレているのか?
――もしそうなら、なぜすぐに拘束しない?
(獅子波さんは義竜兵なのか? こんなチェイスを製造できるんだから、それなりに資金力が無いと……でも義竜軍ならすぐに僕を捕まえるはずだし。――駄目だ)
ツミキはチラッと獅子波を見て、その軽快な物腰に恐怖を覚える。
(この人、なにを考えてるかさっぱり――)
「オイラは坊主が考えてること、結構わかるぜ」
ぎく。とツミキの背中が痙攣する。
「――なーんてな」
肩を竦める獅子波。
ツミキは獅子波 忍という男に心の底から恐怖した。三秦星のペガや、監獄で出会ったラッキーボーイのような底の知れない純粋さを獅子波から感じ取った。
「す、すみません……僕、そろそろ用事があるので!」
ツミキは格納庫の扉を見つけ、走っていく。
「失礼します!!!」
「おう、またなぁ~! ちなみにコイツはずっとここに置いとくから、見たくなったらいつでも声をかけてくれ!!!」
ツミキは街を走り抜け、誰も追って来てないか背後を確認する。
(よし、ここまで来れば大丈夫。それにしても、獅子波一体なんだったんだ?)
高性能型チェイス“クレイオス‐RA”と“アンドロマリウスの右腕。
問題なのは後者……。
「やばい……森に置いといて拾われたとか。確実にプールさんに殺される!? どうしようどうしよう! は、はやく取り戻さないと――!」
焦るツミキ。
必死に打開案を考えようとした刹那、ツミキの左眼に青い×印が浮かんだ。
(危険信号――!?)
ツミキの危険信号の範囲は25メートル。
そのギリギリの範囲、裏道の家の中だ。
「あそこか!」
ツミキの脳内に殺意を中心とした映像が流れる。
青い軍服、フードを被った……恐らくは義竜兵と思しき人物が、涙目の女性に銃を向けている。
(猶予は十秒も無い……!)
ツミキはなにを考えるよりも早く動き出し、問題の家の窓に向かって地面に落ちていた石を蹴り上げ・キャッチし・ぶん投げた。
パリーン! と飛び散るガラス。窓の近くに居た義竜兵は窓の破片で右手を切る。ツミキは割れた窓から手を突っ込み、カギを開けて中に侵入。そのまま地面に腰をつく女性の前に立つ。
「なにをしてるんですか!?」
『――――!?』
小柄な義竜兵はツミキを見ると、負傷した右手を抑えながら出て行った。ツミキは深追いはせず、襲われていた女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「あああああ、ありがとう! ありがとう少年! あと少しで、確実に死んでいたよ私!」
女は眼鏡をかけている。部屋の中は新聞や雑誌の切り抜きで満ちていた。
女は助けて貰ってすぐに、ツミキの両手を掴み懇願する。
「悪いが少年、急用だ! 頼みがある!」
「お、落ち着いてください……!」
「わわ、私は記者の“ルール・マクチス”と言う! お願いだ少年! この街から離れて、私の記事を外に届けてくれ! でないと、世界が滅んでしまう!!!」