6‐ex2 “一度きりの出会い”
腹減った。
と口に出すことすらできないほど少年――ツミキ・クライム(八歳)は腹を空かしていた。
両腕両脚は痩せ細り、肌は砂地のように乾いていた。ただでさえ死にぞこないだと言うのに容赦ない日照りがツミキに追い打ちをかける。
(誰か、誰か……水を、食料を……)
ツミキは自分でもビックリするぐらい頭が冴えていた。『人は極限状態に陥ると通常の何倍の思考速度に達すると聞いたことがある。きっと今がそうなのだろう』とツミキは冷静に分析する。
ただ頭が回ったところで体に力が入らないのだから意味は無い。ツミキはもうじき死ぬ。特に何もできず死ぬ。無意味に無価値に死ぬ。――さよなら世界。とツミキは自嘲しながらカサカサの瞼を下した。
瞼と共に人生の幕も落ちる――はずだった。
「大丈夫か? お前」
その時、ツミキは神の存在を信じた。
自分と同じぐらいの歳の子供がこちらにむけて背の高いパンを差し出している。その子供は外見からでは男か女かすらわからない。ボロボロな身なりからツミキと同じような境遇であることはわかる。
ツミキはパクパクと力を振り絞って言う。
「いら――ない」
と。
相手の子供は呆気に取られたような表情で聞き返す。
「いらない。って言ったのか?」
信じられないのは当然だ。
餓死寸前の人間が目の前にパンを出されて『いらない』と言うのは異常だ。しかし、絶対にない事もない。
彼女――カミラ・ユリハは知っている。その言葉を吐く人間の心境を。
「そうか。お前は、もう生きたくないんだな……」
この現実に絶望し、死を選択する人間など珍しくもない。この国“ミソロジア”で生きていれば尚更だ。
カミラは諦めたようにツミキから視線を切ろうとして、止まった。
「お前……」
ツミキの指が、何かを指していた。その先を見て、カミラは生まれて初めて人を尊敬した。
「彼、らに……パンを」
死にぞこないの人間が、一秒後の生存すら危うい人間が、地獄のような飢餓を抱えながら己以外のストリートチルドレンを指さし、『彼らにパンを』と呟いた。しかも、その子供たちは痩せ細っていてもツミキほど絶望的な状態では無いと言うのに。
「ははっ! なんだお前」
カミラは改めてツミキに細長いパンを渡す。
「食えよ。まだいっぱいあるから無くなることねぇ」
彼女は強く笑って言った。
その額には殴られたような傷があり、頬は腫れている。ツミキは目の前の少女の傷からパンをどうやって入手したかを直感し、生まれて初めて人を尊敬した。
空腹のせいか、パンを手渡すカミラの姿はツミキにとって神のように見えたのかもしれない。
ストリートチルドレンたちにパンを配り、ツミキの体調が回復した所で、二人は改めて自己紹介した。
「おれの名前はカミラ。カミラ・ユリハだ」
「ぼくはツミキ、ツミキ・クライム」
それから二人はなにか言葉を交わすわけでもなく、自然と歩幅を合わせて同じ道を行った。
それは遠い記憶。偶然の出会い、奇跡の邂逅。
だがこの邂逅も、片方は闇に改ざんされている。
だから、正しくこの記憶を再生できるのは一人しかいないだろう――




