6‐⑩ 死を拒絶する者達
――また、あの夢を見た。
まだ齢五歳ほどの時に出会った少年の夢。
少年の父は軍人で遠方に戦いに行っており、少年は母親と二人で家庭を守っていた。なぜか少年の家庭に対して世間の風当たりは強く、少年の母親は日に日に衰弱していった。
だからせめてもの助けとして、毎日おにぎりを作って少年の家に持っていった。子供が作ったおにぎりだ、形は崩れ、味は乱雑。とても料理と呼べるものではなかったが少年は『おいしい』と笑って食べた。
それからずっと、少年の家に遊びに行った。時に家事を手伝い、時に共に遊び、絵本を読んで笑い合って過ごしていた。いまだに覚えている少年の笑顔、まだ人間だった時の記憶……。
「覚えてるかな……」
アレンは布団から起き上がり、寝ぐせだらけの髪をクシャッと掻く。
アレンが寝ぼけた頭を起こしていると誰かがアレンの部屋の戸をノックしてきた。
「誰?」
「俺だよ。メタラだ」
アレンは扉を開く。
メタラは「うぃ――っす!?」とアレンの姿を見て噴き出した。
「アレン! 服を着ろ!」
「あぁ……忘れてた」
アレンは軍服を纏い、支度をして、改めて部屋を出た。
「まったく、アレンの嬢ちゃんはどこか抜けてるねぇ。頼むぜ、お前は俺達の希望、“満開”能力者なんだからよ」
「……メタラはどうして心能にこだわるの?」
「うへ? 変な質問するなぁ。心能はあればあるほどいいに決まってるだろ、お前みたいに生まれつき持ってる奴にはわからねぇかもしれないがな」
アレンとメタラは大仰な扉を開き、薄暗い大部屋へと足を踏み入れる。正面の椅子にはにこやかな男が座っていた。
「おはよう。アレン、メタラ君」
「お父さん、おはようございます」
「おはようございますぅ、人形師様」
メタラは部屋を見渡して、人数の少なさに眉をひそめた。
「あれ? 人少なくねぇか?」
メタラが尋ねると、厚化粧の女性ポイナは肩を竦めて呆れた。
「アンタ、忘れたの? Ⅲ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅷの五人は遠征中でしょ」
「そういやそうだったな。んじゃ、うちのエースはどこよ?」
今度は和服を着た男性が首を鳴らしてメタラの問いに答える。
「ちっ、あの野郎は欠席だとよ。オイラも帰っていいかねぇ? 人形師閣下」
そう言って人形師に睨みをきかせるのは垂れ目の東洋人、――『死を拒絶する者達』№Ⅱ〈獅子波〉。
「だ、だったらわたしも……ずっと部屋でぬいぐるみ作っていたいなぁ。な~んて……ね? クママンもそう思うよね?」
肩を震わせながらマントを羽織ったクマのぬいぐるみ〈クママン(自作)〉に話しかけているのは『死を拒絶する者達』№Ⅸ〈キャミル〉だ。小柄で、いつも厚着で身を隠している。
「獅子波君も、キャミルももう少し辛抱してね。――さて、これで全員そろったかな。朝礼を始めよう」
『死を拒絶する者達』№Ⅱ〈獅子波 忍〉。
『死を拒絶する者達』№Ⅳ〈アレン・マルシュ〉。
『死を拒絶する者達』№Ⅶ〈ポイナ・デアル〉。
『死を拒絶する者達』№Ⅸ〈キャミル・キーレン〉。
『死を拒絶する者達』№Ⅹ〈メタラ・レトロイヤ〉。
そして、『死を拒絶する者達』総帥……コードネーム〈人形師〉。
アレンとメタラは十個並べられている椅子の内、それぞれ左から四番目と十番目の椅子に座った。
部屋の両端には二十人ずつの黒ずくめの強化兵たちが地べたに膝を付けて頭を下げている。まるで、椅子に座ったメンバーを称えるように。
「そんで、人形師閣下。今回はどんな大事でオイラを呼んだのかな?」
「非常に残念なことに、僕らは同胞を討たなければいけなくなりそうなんだ」
「あ、人形師様。それってもしかして例の……」
「そう。ナルミ・ハルトマン率いるアンドロマリウス追跡チームだ。交戦を避けることもできるけど、そうすると最低一週間は街の周りをうろうろされることになるんだ」
「ナルミ! お、いいじゃねぇの! ナルミ・ハルトマンと言えば〈アマルヘルンの狼雄〉。オイラの相手に取っちゃ不足はねぇってもんだ!」
「ウチもあそこの小娘に泥塗られたからぁ~、早々にやり返したいで~す」
「なるほど。よりにもよってこの時期に美術都市に近づくとは、奴さんらも俺らも運がない」
「メタラ君の言う通りだ。まさかアレンの“終日”を前にして、相まみえるとは……」
「…………。」
「すぐに手を出すんですか?」
「いいや、二日待つ。戦力的にはここに居る人間で事足りるけど、万全を期しておきたいからね」
人形師の発言に対し、獅子波はあからさまに難色を示した。
「へっ、遠征組の帰還を待とうってか? 相変わらずねちっこい。あーあ、テンション下がっちまったぜ」
獅子波は立ち上がり、扉の方へと歩き出した。
「獅子波君、戻りなさい……」
人形師が邪悪な空気を醸し出す。メンバーが人形師に恐怖する中、獅子波とアレンだけは平然としていた。
獅子波は人形師に視線を送り、背中を見せながら手を振る。
「――くだらねぇ。オイラはアンタの部下じゃねぇっつんだよ。オイラはオイラのやりたいようにやらせてもらう」
人形師は「やれやれ」とため息をつき、話を戻す。
「アレンの終日は特別なものだ。我々の大いなる望みを誰にも邪魔されてはいけない……」
人形師は陽の光が差す道を歩きながら、言葉を並べだす。
「――全ての生物を超越した証とはなにか? それは『死』という概念を乗り越えること。『死』は全ての生物に平等に降りかかるものである、死の無い生物は生物ではない。ならば死の存在しない生命とはなにか! 神か? 悪魔か? 誰にもわからない。なってみなくてはわからない。私は知りたい、死を超えた先にある新たな命の形を! ゆえに、我々は人から『死』の権利を剥奪する!! その先にある領域、最果ての花園を目指して……『死を拒絶する者達』の子らよ、今日も今日とて神歌を奏でようか」
いつも通りの締めの言葉を頂き、朝礼は終わった。
―――――――――――
人形師の配下は数字持ちを除いて全員が全身を布で覆っている。彼らは№を持たざる者〈0〉、朝礼が終わり、〈0〉たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。
――その中で、おかしな動きをする者が居た。
「吐け。“終日”ってのはなんだ? テメェらはなにをやろうとしている?」
義竜軍基地のキッチンにて、一人の0が0の恰好をした何者かにナイフを突きつけられていた。
「ひ、ひぃいいいい!? 待ってくれ、死にたくない! 全部、全部話すから!!」
「それでいい」
0のフードを脱ぎ、彼女は自慢のポニーテールを左右に揺らした。
(わりぃなナルミ。ジッとしてるのは性に合わねぇんだ)
――一方、追跡チームが乗るキャンピングカーでは。
「あ、アーノルド君、ちょっといい?」
「はい、ナルミ殿」
「新造のチェイスについてカミラちゃんに用があるんだけどさ、どこに居るか知ってる?」
「はて、今日は朝から一度も見ておりませんな」
「そうなの? ――あ、エルフちゃん! カミラちゃん見なかった?」
「カミラですか? そういえば、昨日の夜どこかに出かけたっきり見てませんね」
「…………」
「…………」
「…………」
『まさか!?』