6‐⑦ 追跡チーム その2
「みんなやめて」
アレンの一言が乱れた場を整理する。
カミラはポイナから手を放し、エルフも拳銃を収めた。エルフはそのままカミラの背後へ、ポイナとメタラはアレンの背後に移動した。
「あの猿……! ぶっ殺してやる!!!」
「落ち着けポイナ!」
「カミラ……」
「ああ。アイツ、改造を受けたっつってた。ただの人間じゃねぇ」
カミラの元へ、アレンが歩み寄る。
「――ごめんね、カミラ」
「お前が謝ることはねぇ。それより、アレン……お前も、あの女と同じように改造されてんのか?」
「うん」
「それが、お前の顔色の悪さに関係してるのか?」
「少しだけ……でも、私はお父さんの――人形師様のおかげで今も生きていられる。あなたと同じ、人を捨てたからこそ死を回避できた。だから、改造を受けたこと自体は後悔はないし、むしろ感謝している」
カミラはそっと自分の右半身を元に戻す。
「カミラ。いつか全部話す、ちゃんと、ちゃんと全部返すから。それまで、あと少しだけ待っていてほしい」
「返す? 返すってなんのことだ? おい、アレン!」
アレンはカミラに背を向けて、仲間たちと共に去っていく。
カミラはアレンの背中に向かって声を掛ける。
「それも全部、ちゃんと話してくれるんだな!? 俺は待ってるだけでいいんだな!? ――アレン!!!」
アレンは返事もせず、基地の中へと帰っていった。
アレンたちとすれ違うように、ナルミ、ピスケス、アーノルドの三人が基地より戻って来た。
「お待たせ~」
ナルミは軽快に手を振るが、ピスケスとアーノルドは曇った表情をしている。二人の顔を見たエルフが「どうかしましたか?」とナルミに質問を投げかける。するとナルミは「えっとね~」と気まずそうに、対談の結果を報告する。
「結論から言うと、僕らはこの街から撤退することになりました」
――――――――――――――
時を遡ることニ十分前。
基地に入った追跡チームの三人は応接室へと招かれた。二つのソファー、片方にナルミが座り、もう片方に坊主頭の領主“人形師”が座り、ナルミの背後でアーノルドとピスケスは待機していた。
ナルミと人形師は置かれた紅茶に口をつけることなく、話を進める。
「――だからね、私達が内部調査を担当し、君たちには対象が逃げた時に対応できるようアート・キングダムの外で待ち構えていて欲しいんだ」
人形師の提案はこうだ。『私達がアンドロマリウスの右腕を捕まえるから、追跡チームは外に出て邪魔をしないでくれ』。それに対し、ナルミの意思は『一緒に捕まえましょう』というもの。二人の主張はぶつかり、討論へ発展していた。
「我々が監視しないといけないほど、この街のセキュリティは甘くはないでしょう? 世界で三指に入る強固さを誇っているのですから」
「残念だけどナルミ君、完璧なセキュリティなんてものはないのだ。セキュリティというものは必ず『一人』は通すようにできている。それが金庫の持ち主であれ、セキュリティを担当した者であれ必ず一人は通す。つまり、誰にも突破できぬセキュリティなど存在しないし、あったとしても欠陥品だ」
「続く言葉はこうですか? 『ましてやこの街のセキュリティはこの街の住民全てを通すようにできている。そう考えると、あまりに脆いと思わないかね?』」
「その通り」
「……あまり物騒なことは言いたくありませんが、我々のバックにはアルタイル様が居る。少し、その点で思索してくれはしませんか?」
「それを言うなら私達にはペガ様が付いている。――そうだね、つまるところ指揮系統がまるで違うんだ、君たちはアルタイル様の配下であり、私たちはペガ様の配下だ。同じ義竜軍とはいえ相いれない部隊の混成は混乱を招き効率が落ちるだけ。とりわけ、僕の部隊は気性の荒い子が多くてね、君ら部外者を快く思っていない。君の部下をうっかり潰しかねない」
人形師の挑発的な発言にアーノルドが前に出ようとするが、ピスケスが無言で肩を抑えて止める。
「安心してください、僕のチームはそんな脆いものじゃありません。ぶつかれば、痛い目を見るのはそちらかと」
「“制裁権”も無しに戦闘が開始した場合、私の領地で起きたことだ……色々と、摩擦を受けるのはそちらだと思うけどね。どちらが勝つにせよ、ね」
制裁権とは義竜軍最高司令官(三秦星)の内二名の合意、そして一級隊士以上の義竜兵四名の署名をもって与えられる権利である。
つまりは義竜軍内部での闘争を認めるというものだ。制裁権には“制裁を加える側”と“制裁を受ける側”を設定でき、前者がまず後者に対し王都軍事裁判所への召集を求める。そして、もし後者がそれを断れば、前者は自分の判断によって後者を自由に裁くことができる。
後者は貴・一級隊士以下全てに適用される。これを出されると全てが義竜軍によって消されることになるのだ。だが前途した通り条件が難しく、三秦星の合意を示す書類は直筆サインが必須なので最低でも二人の三秦星と接触しなければならない。三秦星が一緒に居ることは稀なので、ほとんど不可能な条件だ。
「つまりこういうことですか? 『この街は自分達の管轄だから消えてくれ』、『もし残るなら制裁を加える』、『それに反撃したら上にチクってチームごと潰す』と」
「はて、そう聞こえましたか? ――どうやら“アマルヘルンの狼雄”殿は被害妄想が激しいらしい」
アマルヘルンの狼雄。という言葉を聞き、微かにナルミとピスケスの眉が動いた。
「アマルヘルン防衛戦……彼の砦で、義竜軍隊士の中に黄布信徒が紛れ込んだ。数にしておよそ四十数名、混乱に陥った戦場で敵味方わからない地獄の戦いが始まった。砦が突破されれば次の防衛地点は遥か遠く、形勢悪しの中ある一人の男が味方ごと信徒を撫で斬りにした。懐かしいねぇ、素晴らしい決断だ。あのまま手をこまねいていたら数えきれないほどの市民が信徒によって虐殺されていただろう。――ただ、仲間には置きたくない人物であることには違いない」
「……狸め」
「おっと、怖い怖い。なにも私は君らと喧嘩がしたいわけじゃないんだ。むしろ穏便に済ませるための提案をしているんだよ。わかるかな? また仲間を斬りたくはないだろう」
「…………」
ナルミは黙って立ち上がり、お世辞の笑顔を浮かべる。
「承知しました。ここは退きましょう」
「わかってくれて助かるよ」
アーノルドとピスケスが部屋を出る。
最後にナルミが部屋の扉に手をかけたところで、「そうそう」と人形師の方を向いた。
「言い忘れてましたが、僕の部下にも気性が荒い子が居てね。例えどれだけ忠告しても、聞く耳をもたないのです」
「可愛い子だね」
「ええ。可愛くて、おっかないですよ……では、失礼します」
こうして、両者の対談は終わった。




