6‐② 美術の園
美術都市の西門をくぐり抜け、ツミキは中に入る。
ツミキは正面から春風を受けて、美術の園をその瞳に捉える。
「ここが――美術都市、“アート・キングダム”……」
ツミキは視界いっぱいに広がる絶景に胸を高鳴らせた。
神秘的な銅像、心打たれる絵、精巧なプラモデル、古風な図書館。ジャンル問わず、『芸術』が自由に展開されていた。
不釣り合いな作品たちが調律を保って……いや、むしろ調律を崩して並べられている様が、人間の趣向の深さを表しているようでツミキは感動していた。
「驚いたかい?」
後ろからツミキを助けた赤毛の男が尋ねる。
「あ、すみません! さきほどは助けて貰って……」
「いいんだよ。見たところ、この美術都市を夢見て乗り物代だけを握りしめ! 家から飛び出してきた風来坊!! ってところだろう? ――実に素晴らしい! 美を求め、ガムシャラに走る少年が、私は大好きなんだ」
「えっと……(すごい勘違いしてるみたいだけど、別にいいか)」
ツミキはそこで「ん?」と一つの疑問を頭に浮かべる。
「その様子だと、僕のこと知らないんですか?」
「それはそうだろう。――おっと、どこかで会ったことがあったかな? それなら失礼した。と言っても、まだ君のことを思い出せないんだが」
「いえ、初対面だと僕も思いますが……先ほど僕の名前を呼んだので」
「名前?」
「ほら、『ツミキ』って」
「つみき……あぁ、先ほど出まかせに呼んだ名前か。あれがどうかしたのかな?」
「え?」
ツミキは呆気に取られる。
「出まかせ……」
「まさか、君の名前は――」
「つ、ツミキ・クライムです」
赤毛の男性は嬉しそうに「そうか!」と声色を明るくする。
「あっはっは! これで三人目だな、初対面で名を言い当てるのは。君の魂の形はなんとなく積木のようだと感じたのだ。喜べ風来坊、私に名前を言い当てられた人間は“エレウ・クラテス”と仲良くなれる」
「エレウ・クラテス?」
「そう、私の名前だ。そうだツミキ少年! 私の家で見て欲しいモノがあるんだ。先ほど君を助けた礼でも見返りでもなんでもいい、恩を感じているのならついてきてくれないかな?」
「――いいですよ。この街について色々聞きたいですし……」
「はっはっは! 私をガイド扱いか! いいだろう、ついてきたまえ」
ツミキとエレウは横並びで歩き、芸術を眺めながら会話する。
「すごいですね、情報量が多すぎて目が追い付きません……」
「創作というのはどれも〈物語〉が存在するから、情報量が多いと感じるのだろう」
「物語?」
「ただの一枚絵や銅像一つ、それぞれ物語性が無ければ〈美〉として成立しない。例えばそれだ」
エレウは足を止め、ヨボヨボの爺さんがオーナーを務める美術店、その看板の絵を見る。
その絵は皿一つの上にリンゴが丸ごと乗っているだけの簡素なモノだ。眼を引くのはリンゴの裏に描かれた黒ずんだ瞳だろう。
「皿にリンゴが調理せずに乗っている、そしてそのリンゴを見つめる瞳。これだけで物語は成立しているだろう?」
「そうですか?」
「このリンゴの絵から君は何を見る? 私は『夫と喧嘩した妻が、その怒りの表現として皿の上に調理していないりんごをそのまま乗せた』と見てとれるがね。後ろの瞳は怒った妻の視線だ」
「――僕は、リンゴ好きな人があえてそのままのリンゴを味わうために、こうしてお皿の上にのっけたと感じますが……後ろの怖い瞳は、リンゴを注視しているもの。好きな食べ物を目の前にするとこういう表情になる人とか居ませんか? ――っと、すみません。僕みたいな素人が……」
「それでいい! 人それぞれがそこに物語性を感じることが大切なのだよ。美術とそうでないモノの差はそこさ! そこに何の物語性を感じない物体は『美術』ではない」
ツミキとエレウは再び歩み始める。
「物語性ですか……深いですね」
「いいや、むしろ浅い! 浅くなければならないのだ。誰にでもわかるような浅はかさこそ本質にある。一流のオーケストラの音楽を一秒聞いただけで野原を感じるように、洗練された銅像から一目でその人生を連想するようにね」
「あはは……ちょっと難しいです」
ツミキとエレウは話しながら、十五分ほどで中央街の前にたどり着いた。
(入り口から階段が中央に向かって伸びてる……円形に、町が広がっている)
アート・キングダムはそれぞれの門から一直線に道が中央街の階段に繋がり、真ん中に向かって階段が伸び、一点で交わう。中央の巨大施設はかなりの高さの上に存在していた。
「私の家は中央街をしばらく行った所にあるんだ。中央街は東西南北から繋がる階段が街の中心点である義竜軍基地で交わうようにできている。上から見たら巨大な十字に見えるだろうね。階段を使わずとも風車式のロフトが使えるが、どうする?」
「いえ、自分の足で歩きます」
「そうか!」
この街のシンボルは歯車だ。中心街の階段に足を乗せて、その色はよりいっそう濃くなっていった。
「カラクリ仕掛けの風車、カラクリ仕掛けのロフトにカラクリ仕掛けの水路……運搬車」
「歯車の音が心地いいだろう? いくらでもこの音を消す技術はあるのに住民は誰一人歯車の音を消そうとはしないのだ」
「なんとなくわかります。歯車の音は――この街のBGMですね」
「BGM! BGMか! 良い表現だ。そう、まさにその通りだよ。これが無いと落ち着かない」
笑い合いながら階段をのぼるツミキとエレウ。
ツミキは美しい街に感銘を受けながら、キョロキョロと美術品に目移りしていると、正面から――
「え? ――えぇ!?」
一糸まとわぬ裸の女性が何の恥ずかしげもなく降りて来た。




