6‐① アート・キングダム(挿絵あり)
“アート・キングダム”は街を囲むように巨大な壁が設置されており、壁から二十メートルほどのところを川が流れている。川を越え、壁を越えなければ中にたどり着けない。古風ながら効果的なセキュリティだ。
東西南北それぞれ一か所ずつ、合計で四か所の入り口が存在しており、“アート・キングダム”に入るにはここを通るしかない。ちなみに北門は亀をモチーフにした装飾が、東は龍、西は虎、南は雀をモチーフにした装飾がされている。
ツミキは西の森から出て、グルッと外壁をなぞるように周り、西門の正面にたどり着いた。
「すっごい……でかい、白い虎だ」
白い虎が描かれた巨大な門が川を挟んだ先に見える。
門の前には斑模様の石床が幅広く展開されていた。その床の上では多くの観光客、そして人形らしき小人が警察官の恰好をして蠢いている。
(人形? なんだろう、可愛いな)
ツミキは橋を渡り、向こう側にたどり着いた。
「よし着いた――って、うわ!?」
『ミシラヌニンゲン。ミシラヌニンゲン』
息つく間もなく小人人形たちがツミキの足元に寄って来る。あっという間にツミキの周囲は人形に包囲されてしまった。
『自己紹介求ム』
『パーソナルカード提示せよ』
『招待状』
「え? えぇ!?」
美術都市“アート・キングダム”の中には世界有数の美術品が多く集う。
そのため、警備は厳重であり、蟻ですら身分証明書を提示しなければ入れないほどだ。
『えーっと、招待状も無ければパーソナルカードも無い。ちみぃ、何しに来たの?』
「あっはは……(いきなり話し方が流ちょうになったな、この人形)」
当然、テロリストの少年が易々と入れる場所では無かった。
(弱ったな……そういえばテンオウが『世界最大のセキュリティを誇る場所』って言ってたっけ。すっかり忘れていた)
『ちみぃ、ちょっと怪しいね』
「え?」
『なんか服も汚いし、どうも美術に関心があるとは思えない身なりをしている……怪しい!』
「うわっ!?」
ガタガタガタッ! とブロックの兵士が集い、ツミキを囲う。
ツミキは愛想笑いを浮かべながら「ちょ、ちょっと……?」と一歩引く。
『荷物検査をさせてもらう!』
『にもつけんさ!』
『ニモツケンサだぁ!』
「荷物検査~!?」
ツミキは右ポケットにある物体に気を配る。
(まずい! ポケットの中のチェイスが見つかったらただじゃすまない!!)
周囲の観光客と芸術家の目が集中する。
ツミキが逃走する覚悟を決めると同時に、男の声が響いて来た。
「待ちたまえ。彼は私の友人だよ」
紙袋を持ち、赤毛の芸術家は現れた。
「あなたは……?」
『エレウ様!』
『エレウ・クラテス様!』
「お疲れ様。“警備兵”の諸君」
エレウ・クラテス。ツミキが見上げるほどの身長の男だ。穏やかな美形の持ち主、その瞳にはなぜか光が宿っておらず空虚だ。
ツミキは彼と視線を交錯させる。
(初対面……だよな?)
赤毛の男性エレウは警備兵に言う。
「彼を解放したまえ」
『しかしエレウ様、身分のわからぬ者は……』
「私が保証しよう。彼の名前はツミキ、私の遠縁だ」
ツミキは名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせる。
(どうして僕の名前を……?)
『で、ですが……』
なお食い下がる警備兵。
エレウは声色を低くして言う。
「どうしても通さないと言うなら……」
『ゴクリ』
エレウはゴゴゴゴッ!! と効果音を背景に警備兵を睨み、突拍子のないことを言いだした。
「一晩中、私がここで歌う」
『ひえっ……!?』
エレウが『歌う』と言うと、その場にいた全員が背筋を凍らせ、いつかのトラウマを蘇らせた。
小人人形たちはサーッと道を拓き、『どうぞ……』と門を開けたのだった。
冒頭の挿絵は十年前のアート・キングダムの入り口です。なぜ十年前かは、またいずれ( ´艸`)