5‐⑨ 1000m待ったなし
工業地帯〈エルルギア〉。
普段は多くの作業員が居座るこの場所も、今は静かなものだった。義竜軍直々に“戦地登録”されたからだ。戦地登録された場所はそれが解かれるまで軍人以外は立ち入ることを許されない。この戦地登録が永続になると判断されると廃棄指定地区になりえることもある。
そのエルルギアのとある工場の上に、彼のスナイパーは座っていた。チェイスは量産型のアズゥを使い、ライフルだけは高性能型の“ルリクレジット”を持っている。
「あーあ、暇なもんだなー」
ケンジ・ルーパー。世界最高の狙撃手。
彼の目的は強者を探すことにある。彼曰く“ツバメちゃん”だ。こうして今日も気まぐれに戦地に赴いて敵を漁っていた。
ケンジの元へ、周辺を監視している義竜兵の信号が入る。ケンジはその合図を見て、座席の背もたれを上げた。
「さて、仕事仕事」
ケンジの右目が赤く光る。
(心能、“明察秋毫”)
心能。それはごく一部のミソロジア人のみ覚醒する超常の力。
火を出したり、物を動かしたりといった目に見える力ではない。第六感、もしくは五感の強化である。
ツミキの【危険信号】のように普通の人間が見えない物を見たり(生物の殺意や他者の魂など)、アーノルドの【一貴一賎】のように一定の条件下で潜在能力を発揮したり(死地で潜在能力を発揮する、ある感情に応じて力を発揮する、など)千種万別、前者を発芽型、後者を開花型と呼称する。
ケンジの心能は発芽型、“明察秋毫”。
心能“明察秋毫”の能力はケンジの感覚を半径一キロまで伸ばすこと。ケンジは半径一キロ以内の物体を把握し、南東900m先に赤い量産型チェイス“ロッホ”を認識する。
「見敵」
狙撃が始まる。
バラバラの位置から一斉にケンジの感覚に入る14機のチェイスたち、チェイスの出現位置は東西南北それぞれだ。
(こりゃ、別の基地からも来てるな。関係ねぇけど)
語師軍は『バラバラの位置からスタートすれば狙撃の間隔が開き、その隙にケンジの元へと何機かは行けるだろう。ケンジを倒せずとも、時間は稼げるはず』……という考えだ。しかし、ケンジ・ルーパーは甘くはない。
一機、一機と数秒の間隔で撃ち落とされていく。
「今回も――外れだな。つまらねぇ」
感覚内に入って来た最後の一機を撃ち落とし、ケンジは落胆する。
「寸分、狂い無しっと」
――――――――――――――――――――――
工業地帯〈エルルギア〉、そこに一機の来客が訪れた。
「どういうことですか? 僕が到着する前に作戦を始めるなんて……」
ツミキの問いに、同じく工業地帯に居るネットが通信機越しに答える。
『所詮、ワイらの信頼度なんてそんなもんってことや。語師軍からしたらワイらは凰燭が持ち上げているだけのチンピラ、むしろ頼る方がおかしい。――ま。気を取り直してぼちぼち行こか』
ネットが立っているのは背の高い鉄塔の上。
ネットは探知型ゴーグルでロッホの残骸位置を確認し、その全ての弾痕から相手の位置を割り出す。
『ツミキ、右に35度の位置や』
「了解です」
今回の作戦はツミキとネット、二人だけの参加だ(他はチェイスの整備中)。
ツミキはアズゥを右に35度旋回させ、歩き始める。
(さて、星守の一角……世界最強のスナイパーか)
ツミキは瞳を暗く落とし、一度足を止め、自分の右手首に左手を添えて集中する。
「……落ち着け。一旦全て忘れるんだ、恐怖を鎮めよう。自分の感情は捨てる、相手の殺意を鮮明に覗くために……」
――――ケンジ・ルーパーまで残り1008m。
アズゥが足を上げ、その領域に踏み出す。
「――――」
『――――』
「――――」
『――――』
――ケンジ・ルーパーまで残り……
『新手か……!』
“1000m”。
「危険信号……!」
一対一の鬼ごっこが始まる。
真っ当な発芽型vs発芽型は久しぶりですねー。心能の中でも発芽型は珍しいって設定なのであまり出せないんですよねー( ´艸`)