5‐⑦ ナルミの三つの目的
若い衆が甘酸っぱい恋愛トークをしている中、ナルミとピスケスはブリーフィングルームに残って会話を続けていた。
「どういうつもりだ?」
ピスケスが苛立ちながら問う。
「あれ、前にも言われたねソレ」
「“影”を止められるのはアンドロマリウスのパーツを持つ者か、もしくは星守っつったか? お前なら可能性あるんじゃねぇのか?」
「うーん、どうかなー。どっちにしろ確実性に欠けるね。っというか、大前提として今は彼らを無理に倒す必要はない」
「あぁ? どういうことだ?」
「理由は大きく二つ。一つ目は戦力が揃うのを待ちたいから」
ナルミは何も書かれていない磁石を二つ、ホワイトボードに貼る。
「まだ僕らのフルメンバーには二人足りない」
――『義竜軍でない人間が混ざっているのもそうだが、各部隊で問題行動を起こしている者ばかり……しかも、貴様を入れてたったの六人』
――『あっはっは~! いやー、あと一人欲しいんですけどねー。まだ決まらなくて』
――『それでも七人か。――もういい、わかった。この編成には目を瞑ろう。ただし、監視役として私の指名した人間を一人入れてもらう』
以前のナルミとアルタイルの会話である。
追跡チームはナルミが考えたメンバー七人+アルタイルの推薦する者一名、計八名で構成される予定なのだ。
今のメンバーはカミラ、アーノルド、エルフ、ピスケス、ナルミ、フリップで計六人。
「そういやそうだったな」
「アルタイル様の推薦メンバー一人と、僕が招いたメンバー一人がまだ居ない。この二人が合流してから本腰入れても遅くはないと思うけどね。むしろ、それまでメンバーを欠かせないことが大切だ」
「なるほど。だがよ、お前が選んだ奴は別としてアルタイル様の推薦メンバーってのは信用できるのか?」
「信用できるかはともかく、凄腕であることは間違いない。どんな目的であの人が選ぶとしても、実力は必須だ。それこそ一人で僕ら全員を抑えられるほどの人間を。監視役って言ってたぐらいだからね」
「――クラック・カーネーションか?」
クラック・カーネーション、アルタイルを守る星守だ。
「僕の予想だと、クラックさんが一番可能性高いかな」
「あの人が来たら俺らの存在意義無くならねぇか?」
「まぁねー」
「一つ目は納得した。二つ目は?」
「二つ目は僕らが“アート・キングダム”に行くためにアンドロマリウスを狙う一団……彼らの存在が不可欠だから」
「意味がわかんねぇな」
「もしアンドロマリウスの右腕を入手して、部隊が解散したら……僕らは“アート・キングダム”に入れなくなる」
ピスケスは一考する。
「ま、お題目無しに他所様の領域にお邪魔はできねぇな。『アンドロマリウスの右腕を追って、仕方なく来ました』ってんなら話は通る。そんで、“アート・キングダム”に俺らが行かなくちゃならない理由は? まさか観光ってわけじゃねぇだろ」
「――あそこはほら、まだ探してないんだよ」
ピスケスは目を細める。
「テメェの妹か……確か名前は、“セシリア”」
ピスケスはグラサンを外し、霧が晴れたような顔をする。
「よーやく合点いったぜ、テメェがチームを組んだ理由にな。なんて自己中な野郎だ!」
「あ、わかっちゃった?」
「俺の両親とテメェの母親の遺体は見つかったが、セシリアの亡骸は見つかってない。上の連中は跡形もなく消されたと判断したが、テメェは納得しなかった。今も暇を見つけては探しに行ってるもんな」
ナルミの妹、“セシリア・ハルトマン”。
書類上は死亡扱いになっているが、ナルミは未だに彼女の生存を諦めておらず探し続けている。
「チームを組めばセシリア捜索が円滑に進むと判断したわけだろ」
「うん。独自の調査じゃ限界があったからね、君がさっき言っていたようにお題目が必要だった。便利でしょ? 追跡チームって肩書は。賊を追ってきたと言えばどこにでも入れる」
「じゃ、アンドロマリウスの右腕はどうでもいいってことか?」
「それは違う。アレは災厄の兵器だ、万全な準備ができたら取りに行くよ。それに、銀腕を参考に色々調べたいしね」
「調べる?」
「十年前の僕の母親、妹、そして君の両親がアンドロマリウスに襲われた事件だよ。色々時系列がおかしいでしょ、あの辺りのこと」
ナルミの母親と妹、そしてピスケスの両親は旅行中に盗賊に殺された――とされている。ただし、ナルミは事件現場の破壊痕と自分の母親、ピスケスの両親の亡骸を独自に調べ、化学分析の結果多数のリウム合金の反応を見つけ、アンドロマリウスの仕業だと決定づけたのだ。
事件が起きたのは十年前、そしてアンドロマリウスの仕業だと判明したのは一年前。アンドロマリウスが完成したのは……三年前。
「三年前にアンドロマリウスが完成したのに、僕の考えが正しければ十年前にアンドロマリウスは存在した」
「――確かに、妙だな」
「その真相も突き止めたい。そのための足がかりもアート・キングダムにある」
「“レストノート”か! ――なるほどな。そうなると、俺がお前に協力しない手はないな。俺もあの事件は相当気になる。特に当事者が誰だったのか……」
そう言うピスケスの瞳には微かな憎悪が宿っていた。
「“セシリアの捜索”、“十年前の事件の追及”、そして“アンドロマリウスの右腕の奪取”。この三つが僕の目的だ。なにをするにしても、彼らとアート・キングダムに入る前に決着をつけるわけにはいかない。納得してくれたかな?」
「悪いが、それでも俺はやれる時にはやっちまうぜ。戦場では加減できない性質だ」
「――まったく、相変わらずだね。いいよ別に。そうなったら別の方法を探すだけだ」
ピスケスは舌打ちし、「任せたぜ」と部屋を出た。
ナルミは好物の木苺を食べながら、眉をひそめる。
儚げに首にかかったロケットペンダントを引っ張り出し、その中にある幼い妹と妹を抱きかかえている母親のツーショット写真を見る。
(セシリア……今年で十五歳か)




