5‐⑥ 反・省・会!
戦いを終えて、カミラ、アーノルド、エルフ、ピスケス、ナルミは同じ場所に集っていた。
――追跡チーム、ブリーフィングルーム。
「いやー、惨敗だねぇ」
机を挟んで向かい合わせに隊員は座り、ナルミだけが指示棒を持ちながらホワイトボードの前に立っている。
早速と言うべきか、カミラが机を叩いて声を荒げる。
「どうして撤退したんだ!? 俺とナルミの二人がかりなら勝てただろ!」
「約束忘れたのカミラちゃん? パイロット組である僕ら五人、全員が万全じゃない限り銀腕は追い詰めない。――アンドロマリウスのパーツは追い詰めすぎると“影”を使ってくるからねぇ、最低でも僕とピスケス、カミラちゃんが揃ってないと取りにはいけない」
「ナルミ様、その“影”というのはそこまで警戒すべきものなのですか?」
「うん。アレを単体で止められるのは同じアンドロマリウスのパーツを持つ者か、もしくは星守ぐらいだね。せめて狙撃手が残ってれば何とかなるんだけど……」
ナルミがチラッとピスケスを見る。
「うっせぇな! 悪かったよ、真っ先に落ちてな!」
アーノルドがピスケスのフォローに入る。
「仕方ありませぬ、あの砲撃はデータにありませんでした。一体なんなのですか、あの※貴族じみた威力の砲撃は?」
※貴族じみた……アーノルド語で“化物じみた”と同じ意味を持つ。
「アレはその昔凰燭が崩しに使っていた砲撃特化のチェイスだ。あのチェイスが敵の手にあることを知ったのが今回の一番の収穫だね」
「あーあれなー。アホみたいな火力してたな」
「実際問題どうするんだ? 中々に詰んでるぞ」
エルフがピスケスの言葉に反応する。
「特化型一つでそこまでまずいですか?」
「んーっとね、あのチェイスが居るとね、密集できなくなるんだよね」
ナルミは黒のマジックペンでホワイトボードに“α”と書き入れる。
「アンドロマリウスの右腕、これをαとして……」
ナルミは追跡チームの名前の頭文字が書かれた磁石を手に取る。
「この磁石が僕達。僕達の目的はもちろん、アンドロマリウスの右腕だから当然……」
ナルミは磁石をαに寄せる。
「こういう構図になる」
「は、はい……私たちが日々連携の練習をしていたのはこの状態を想定してのことですから……」
「でも、砲撃特化のチェイスが居ると――」
ナルミは磁石を一気に振り払う。
「どかーん!」
「――あ。」
ナルミの説明にアーノルドが物申す。
「待ってくださいナルミ殿、それでは銀腕も一緒に砲撃の餌食になるのでは?」
「アンドロマリウスの右腕の禁呪解放、アレをいいタイミングで使われたら簡単に避けられると思うよ」
アーノルドは銀腕との二度の交戦を思い出す。
「確かに、あの速度ならば……」
「あの銀腕と入れ替わりに砲撃が飛んでくる可能性があるのですか……」
「ならよ、連携捨ててばらけりゃいいじゃねぇか」
カミラの言葉にナルミは難色を示す。
「データだとトリゴ使いは一対一が特に強いんだよねー、あの銀腕も。もし一対一を仕掛けたら、勝ち目はちょっと薄いかな。それにさっき言った“影”もあるしね。全員でかかってもきついのに、戦力を分散したら更に手が付けられない」
「じゃあその特化型をまず抑えるしかねぇだろ?」
「一発撃たせれば特化型の位置を割り出し、抑えることはできる。だけど、相手の指揮官が無駄撃ちさせるとは思わないんだよねー。アーレイ・カプラもヘビヨラズも、最大の敗因は指揮官の能力差だった。かなり優秀だよ、トリゴ使いと銀腕を率いる敵の軍師は。その軍師相手に一発撃たせるっていうのはつまり、こっちに被害が必ず出るってことだ」
「ふむふむ。つまり、誰かを犠牲にしなければ事は運ばぬということですな?」
「囮を使っても勝率は五分もない。それに、特化型に戦力が集中すれば今度は銀腕から螺旋の大砲が飛んでくる。かと言って、特化型と銀腕で数を割けば、各個撃破される危険性がある。まだ特化型の単機戦闘能力は定かじゃないしね」
ナルミは笑いながら肩を竦める。
「元々特化型って戦術兵器の面が強いからさ、アレ一つで戦局が変わっちゃうんだよね。完全に予想外だ」
「通常の機兵ならまだしも、アレは奇襲兵器チェイスだからなぁ。駒持った人間がいきなり大砲になっちまう。どれだけ包囲を敷いても、人間一人見逃すことは大いにある。つまり初撃はどこから飛んでくるかわからねぇときた」
エルフは砲撃の威力を思い出し、それがどこから飛んでくるかわからないという事実に背筋を震わせる。
「奇襲砲撃、厄介ですね」
「ならよ! 背の高い建物とか、エルフの煙で射線を封じればいいじゃねぇか!」
「うーん、どうだろ。遮蔽物を使うのは僕ら自身の連携にも支障が出そうだし、煙はその一帯ごと吹っ飛ばされかねない」
ナルミは眼鏡の奥の瞳を光らせる。
(それに、戦場の動きが相手に筒抜けだったのが気になる。ずっと誰かが上から見張っていたような……もしかして、エルフちゃんと同じ観測手が相手側にもいたのか? だとしたら、あの砲撃の威力だ。遮蔽物おかまいなしに観測手の眼を通してやられるだろう)
ナルミは話を締めにかかる。
「手詰まりだ。だからちょっと考える時間をちょうだい」
こうして追跡チームの反省会は半ば強引に終わった。
―――――――――
会議を終え、カミラ、アーノルド、エルフの三人はリビングのソファーに座りながら談義していた。
「なんっで! あんな消極的なんだアイツ!!!」
「っふ、貴様と意見を同じにするのは業腹だが、私も同じ感想だ」
カミラはガラスのコップにアイスコーヒーを、アーノルドはカップに紅茶を、エルフは紙のカップでホットコーヒーを飲んでいる。
「でも実際、あの銀腕とトリゴ使いは強かったよ。予想以上に」
「ふん、もう少し時間があれば二機とも私が落とせたものを……」
「砲撃であっさり沈んだ奴がよく言うぜ」
「なんだと貴様っ!!!」
カミラは腕を組み、ソファーに寄りかかる。
「これからどうする気だ、ナルミの野郎は」
「ナルミ様のことだから無策じゃないと思うよ」
「無策じゃねぇなら内容を示せってんだ!」
「事情があるんでしょ、ナルミ様に任せておけば大丈夫だって」
「人任せはどうかと思うがな」
「隊長はナルミ様だから、任せて問題ないでしょう。私はナルミ様のやり方を信じる」
すまし顔でずずーっとホットコーヒーを飲むエルフ。
カミラは「ずっと前から気になってたんだけどさ」と話を切り出す。
「エルフって、ナルミのこと好きなのか?」
「ぶはっ!!」
エルフは口の中の液体をテーブルにぶちまけた。
「お、図星か? 図星なのか?」
「ち、違っ――」
「まぁいいではないか、隠すことでも無し。あの方の武勇伝は心打つものだ」
エルフはテーブルを拭きながら「違うって!」と顔を赤くする。
「そういうのじゃなくて、ナルミ様は……憧れだから」
「ふははははっ! 顔が赤いぞエルフよ!」
「そ、そういうアーノルド君はどうなの!? 好きな人居るんじゃないの?」
「な、なんだ急に! 強引に話の矛先を私に向けようとしてもそうは……」
「いるのか?」
カミラは上目遣いでアーノルドに再度問う。
「いるのかよ?」
アーノルドはチラッとカミラを見て、すぐに目を逸らす。
「居るわけが無いだろう! 私は色恋に現を抜かすほど下賤ではない!!」
「アーノルド君って、私よりわかりやすいよね」
「――?」
首を傾げるカミラに二人の目線が集まる。
「カミラはどうなの?」
「何がだ?」
「馬鹿者、今の話の流れで気づかぬか。だから、その……」
「好きな人とか居るの?」
「好きな人? そんなの居るわけ――」
――『カミラ』。
カミラは一人の少年を思い出し、顔を赤くしてコップに唇を埋める。
「居るわけ、ねぇだろ……」
カミラはブクブクとアイスコーヒーに口から空気を送り込んで泡を発生させる。
アーノルドとエルフはカミラの反応を見て、驚きを隠せなかった。あまりにあからさまな反応だったからだ。
「え、居るの? 嘘、だれ? ピスケス様? ナルミ様?」
「き、貴様! 軍人たる者が、不純異性交遊など――!」
「居ねぇっつってんだろ! ほら、この話は終わりだ! 第一元はと言えばだな……」




