4.5‐⑧ ナルミ・ハルトマン
サンタは己のミスに気付いた。止めるべきはプールだけでは無かったのだ。
「例え契約は破棄したとしても、お互いの村が共存できる環境を作る。それがアナタ方軍人の役目じゃないんですか!?」
ツミキ・クライム、彼はハンベルメンに思い切り言い放った。その声が清々しいほど響き渡り、さすがのサンタも止める気が失せた。
「少年、誰に意見しているかわかっているのかなぁ?」
「二級隊士のハンベルメン・オコラムさんにです!」
「そうか、よくわかっているみたいだな。それでいてそんな口を利くということは、死んでもいいということだな!」
ハンベルメンは懐から拳銃を抜き、その銃口をツミキの額に向けた。銃口とツミキの額との間は数センチほどしかない。
「アナタに僕は殺せません」
「ほう? 試してみるか?」
空気が張り詰める。
「私が引き金を引けば、君は死ぬ」
「――やってみろ!!!」
ツミキの瞳に浮かぶ青い×印、ハンベルメンがゆっくりと指に力を込めようとした時、
「そこまでだ」
一人の男性の声が両者の意識を集中させた。
グルグル模様の丸メガネ、だらしなく着崩したワイシャツ。この空気に最も向かない雰囲気の男が割って入ってきた。
「何者だ?」
「ナルミさん……」
ナルミ。その名を聞いてハンベルメンは目を見開いた。
「ナルミ……まさか!?」
「やぁ、お会いするのは二度目だね。ハンベルメン・オコラム二級隊士」
ハンベルメンは口をわなわなと開き、手に持った拳銃を地に落とした。
「ナルミ・ハルトマン……貴・一級隊士殿――!?」
『え!?』
貴・一級隊士。それは特例冠位を除いた義竜軍のトップである。
義竜軍の序列は王である“アラビス”→王国三指の軍師“三秦星”→三秦星直属のパイロット“星守”と続く。そしてその下に属するのが貴・一級隊士~七級隊士である。
つまり貴・一級隊士とは上位七名(王一人、三秦星三人、星守三人)を除いて一番、ということだ。無論、貴・一級隊士は一人ではないが全体で見ても十名しかいないエリート中のエリートだ。無冠の一級隊士と二級隊士の間には大きな壁があり、一級隊士が“貴”を持つ者含めて三十人しかいないのに反して二級隊士は全体で百を超える。
貴・一級隊士であるナルミと、二級隊士のハンベルメンとでは文字通り、格が違う。
「あ、あれ? 確かナルミさんの階級って三級隊士じゃ……」
「アレは嘘だったということじゃ」
ファルコンも倒れたグリースの上で話を聞き、「まさかそこまでとは……」と驚きを隠せなかった。ツミキ、プールも含め全員が驚いていたが、サンタのみはさほど驚いてはいなかった。
(まぁ、嘘だという事は初めからわかっていたがな。明らかに纏う覇気が他とは違うわい)
村民の七割は膝を地面に付き頭を下げた。二人の村長も同様に頭を下げた。頭を下げないのは傭兵とテロリストと突然のことで反応できない者達だけだ。
「三秦星の管轄外だからって随分好き勝手やっていたみたいだね。これはただじゃすまないよ」
ナルミは眼鏡を胸ポケットにしまい、キリッと整った目尻と髪色に比べ薄く透き通った緑色の瞳を見せる。その姿の印象は眼鏡を付けていた時と比べ天と地の差だ。
(間違いない……! 恰好のせいで以前見た時と印象は違うが、ナルミ・ハルトマンだ!!!)
ナルミはズボンのポケットからビショップの形をした駒を取り出し、ハンベルメンに見えるように前に出す。
(高性能型!?)
プールはその駒を見て慌てていつでも逃げられるよう “トリゴ”の駒を握りしめた。
「ハンベルメン。君の選択肢は二つ、王都“オーラン”へ戻って正式に処罰されるか――ここで、僕の独断で裁かれるかだ。どっちの罰がいいかは……」
ナルミは何の慈悲もない瞳をして言う。
「君が選べ」
ハンベルメンは情けなく膝を崩し、「王都で、償います……」と地面におでこを擦りつけた。




