4.5‐⑥ システマ・ファルコン
“ユーレリオン”の村民の拍手喝采に迎えられながらツミキは土俵の外へ降りていく。
「なんとか勝てました」
照れくさそうに言うツミキに対し、プールはすれ違いざまにポン、と肩に手を乗せて「よくやった」と一言だけ言い放ち、背を向けて土俵へ向かった。
「なんだかプールさん、雰囲気違いましたね」
「奴にはもう、目の前の相手しか見えていないのじゃ。お主が勝利した時点で完全にスイッチが入った……」
プールは審判より駒を受け取り、土俵へ飛び乗る。
正面に見据えるは相手の最大戦力であるファルコンだ。
「目を見ればわかるわ。アナタ、同業者ね」
「生憎だけど、傭兵なんて大層なモノじゃないわ」
「じゃあ何よ?」
ファルコンの質問にプールは冷たい瞳をして答える。
「正義の味方」
「正気かしら?」
『第三回戦、スタートです!』
両者駒を握り、起動式を叫ぶ。
「駆けなさい! “グリリン”ッ!!」
「起きろ! “グリース”ッ!!」
白光と共に展開される二機のチェイス。
プールとファルコン、両者はチェイスが展開されると即座に右こぶしを作り敵の顔面目掛けて放つ。だが二機とも首をひねり、拳を躱した。
次にファルコンは脇腹を狙って左拳によるボディブローを狙うがプールのグリースの左掌底に阻まれた。プールはそのまま左手でファルコンのグリースの左拳を掴んで横に逸らし、バランスを崩させる。そして上半身を右に倒して右手で下から掬うようにファルコンのグリースの顔面を穿った。
『あらまっ!?』
「挨拶代わりさ」
わっ! と湧き上がるユーレリオンの村民。
ファルコンは左脚を横に薙いでプールを飛び退かせる。
『驚いたわ。アナタ、グリースの可動域を完璧に理解している……』
「元々知ってたのさ。チェイスの歴史はそう長くない、今までで開発された量産型で今も前線で戦える機体は精々24種。その全ての量産型の構造は頭に入っている」
『あら、見かけによらず勉強家なのね。でもねお嬢さん、現実は教科書通り進まないわよ』
ファルコンはそう言って笑うと、グリースの変形プログラムを作動させた。
グリースの手や頭や足といった人間的パーツは次々にタイヤやペダルへと変化していく。頭からはハンドルが生え、背中の部分は見事なシートとなった。
「アンタ頭悪いわね。こんな狭い土俵でバイク形態になってどうするのよ?」
『知ってる? ――強者は戦場を選ばないの』
強烈なエンジン音と共に上に誰も乗せていないバイクは走り出した。
直線。まともに受け止めることはできない勢いだ。
(こんなの、受けるまでもない)
プールはすぐに横に機体をスライドさせ、バイクを避けた。
「その勢いのまま外に出な、アホ」
『アホはどっちかしら?』
ギュイン!
ファルコンはグリースの車体を横に倒すと同時に緩くブレーキをかける。そしてそのままタイヤを勝負俵(外側を囲む俵)に押し付けるようにして曲がった。
「なに!?」
『グリースの本領、とくと見なさいっ!!!』
ファルコンは円を描くようにプールの周りを走る。
プールはバイクの影を目で追うのでやっとだ。
(くそっ! 狙いが定まらない!!)
『これが私のグリースの必殺技――サークル・サーカスッ!!』
プールの死角に入った瞬間、ファルコンは速度のついた車体でのタックルを繰り出す。プールはギリギリの所で反応して避けることが出来た。
(あらま! 今のを躱すなんて!)
「なんとか躱せたけど、反撃は難しいわね……」
円を描き、高速でのタックルを繰り返すファルコン。
プールは避ける度にタイミングを掴んでいき、ジワジワと回避の動作を最小限に抑えられるようになっていった。
「よし、もう慣れた!」
プールは次の一撃に狙いを定める。
(次だ。次躱した瞬間にボディに蹴りを入れる!)
ギュイン!
グリースのタックルが来る。プールは完全にタイミングを測り、走行コースから身を退けた。その瞬間――
『やっと慣れてくれたみたいね♪』
ファルコンのグリースはバイク形態から人型へと高速変形した。
「人型に!?」
「プールさん!!!」
(駄目じゃ! プールが予想していた軌道が変わる!!)
バイク形態の加速そのまま、人型となったグリースは土俵の上を足で削りながら軌道を曲げ、右腕を水平にする。
『くらいなさい! ビューティフル・ラリアットッ!!!!!』
速度を帯びたラリアットがプールのグリースを防御ごと轢き飛ばした。
プールのグリースの左腕は弾け飛び、コックピットの正面は削られ、プールは衝撃でコックピット内部に頭をぶつけた。
「っつ!!?」
頭から血を流したプールが外から見える。ファルコンはプールを見て冷や汗を垂らした。
(あらやだ! ちょっと勢いがつきすぎたわ!)
プールを心配し、プールの元へ駆け寄るファルコン。だが情けなんていらないと言わんばかりにプールのグリースは右手を前に出した。
「ようやく思い出したわ。“システマ・ファルコン”、理由なき戦争にてコモン・エイドをグリースでサポートしていた名パートナー。個々の力は評価されてないけど、相棒・サポーターとしての力は折り紙付きの義竜兵だったはず」
『私のことを知ってるなんて珍しいわね。そうよ、私は元・義竜兵。だけど問題を起こして投獄された愚かな乙女』
その会話を遠くで聞いていたナルミは目を細めた。
(話は聞いたことがある。今や王国屈指のパイロット“星守”となったコモンに唯一呼吸を合わせられた人物。投獄された理由は……確か語師軍のスパイを匿ったとか)
プールはグリースを立ち上げ、口元を歪めて言い放つ。
「いいねアンタ、雑兵じゃない。ぶっ倒し甲斐がある……!」
『かかってきなさい……』




