4‐㊵ 旅立ち
酒場の外。
暗闇が夜街を包む中、ツミキ一行は“凰燭軍”の面々と別れの挨拶をしていた。
「本当に良いのか? 特化型をこちらで預かってしまって」
「君たちには大きな借りがある。これでチャラにしてくれるなら大万歳だ。それと、もう一つ預けたい物がある」
ネギソンは透明なケースに入ったチップをサンタに渡す。
「これは?」
「ポール・ジュナイという少年のPCの中に入っていたデータだ。中に価値のある情報があるはずなんだが……我々の技術力ではセキュリティを突破できなかった」
「お主でもか?」
「ああ。君たちは、義竜軍のデータバンクをハッキングできるレベルの技術力を持っていると聞いている」
サンタは遠くに居るプールを見る。
「ワシらにコレを解析させて、利益があるなら流してほしいと?」
「そういうことだ。君たちに不利益は無いと思うが?」
「そうじゃな。預かろう、解析出来次第データは送る」
「助かるよ」
「代わりと言ってはなんだが、ワシからも贈り物がある」
サンタは透明なケースに入ったメモリーカードを裾から取り出し、ネギソンに手渡す。
「なんだねコレは?」
「とっておきじゃ」
サンタがネギソンと話している時、プールは凰燭軍のエース、シンラ・バードと酒場の壁に背を預けて話していた。
「なにか用?」
「――お前、なぜ発展型以上のチェイスを使わない?」
「……。」
「お前の操縦技術は群を抜いている。やろうと思えば発展型を鹵獲する機会も多くあっただろう、なのに……」
「乗らないんじゃなくて、乗れないんだよ」
「なに?」
「私の精神体のステータス合計値は――23だ」
「――本当か?」
「残念ながらね」
精神体のステータスは一般人平均で60、訓練済みの兵士平均は90。
23、というのはマイナスな方向で異常だ。
「この貧弱な精神体じゃ、発展型や高性能型と言った精神体への負担が多くなるチェイスは乗れないよ」
「ありえるのか? 訓練を受ければ合計値30は増えるだろ? まさか訓練を受けていない――」
「受けてるよ、ばっちりね。ま、そういう人間も居るってことよ」
シンラはどこか吹っ切れているプールを見て、目を逸らす。
そして胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、なにかを書き始めた。
「気に入った。才能が無いのにも関わらず、大望に挑む奴は嫌いじゃない」
「別に私凡人じゃないから! 肉体面では超エリートだから!」
シンラは書き終え、一切れの紙を畳んでプールに渡す。
「なによこれ?」
「俺の知り合いの技師の住所だ。コイツなら、精神体を全く扱わない発展型以上のチェイスを作れる可能性がある。近くに行く機会があったら寄ってみろ」
「――へぇ。そりゃありがたい」
プールは紙切れを受け取り、ポケットにしまった。
シンラは神妙な顔つきで話を切り出す。
「プール・サー・サルン。内容は言えないが、今俺達は大きな作戦に向けて動いている。その作戦にはお前らの力が必要だ。――戦力増強に努めろ」
「その作戦って、もしかして“レッドクリフ”に関係すること?」
「――!?」
目を丸くして驚くシンラ。
「お前、どこでそれを――!」
「さぁね~」
プールは得意げな顔をしてシンラに背を向けて立ち去る。
――船着き場。
大きな海の前でツミキとテンオウ、ハリス、ラックは囚人たちを見送った。
ツミキの元へラックが歩み寄る。
「ツミキ・クライム。あの監獄で、お前さんの正義は見つかったか?」
「僕の正義? ――いや、逆に見失ったかもしれません」
「ッフ。どこまでも青い男だ」
「でも、掴んだものはあります。僕は、光の方へ歩く人たちを助けたい。例え今は闇の中に居ても、善の方へ、正義へ向かおうとする心を止めたくはない。――だから、僕は光の心を邪魔する闇へ向かおうとする悪い人間が許せないんだ」
ラックはサングラスの奥の瞳を笑わせる。
「――見つかってるじゃねぇか。そういや、お前さんに一つ聞きたいことがあった」
「はい、なんですか?」
「以前にお前さんは善人一人のためなら悪人百人を捨てると言っていたな」
「はい」
ラックはツミキの方を向き、いつもより声色を低くして問う。
「ならもし、お前さん以外の世界に生きる全員が悪人だった場合、お前さんはどうするんだ?」
ツミキは少し笑い、
「聞きたいですか?」
ラックはツミキの瞳を見て、口元を緩ませた。
「いいや、やめておこう」
それぞれが別れを言い、手を結び、二つに別れる。
ツミキ達と凰燭軍は手を振って別々の道へ行った。
―――――――――――――――――
街から少し距離を取った白浜に、ツミキ達の旅のお供である軽トラックは停まっていた。
「ほらテンオウ、アレが僕たちが乗って来たトラックだよ」
「うわぁ、凄いね。ずっとこれで旅してきたの?」
「慣れれば居心地いいものじゃ」
「あー、つっかれた! こっからまた運転とかハードスケジュールね」
四人が軽トラックに乗ろうと近づいた時、
『あー、あー、ちょい待ちぃや』
荷台からひょこっと、一人の男性が顔を出した。
ゴーグルを付けた茶髪の男性。どこか飄々とした、その男の名は〈ネット・フィーリス〉。先の戦いで戦場全体を見渡し、裏でかなりの活躍していた観測手である。
「あなたは確か……」
「そうそう、ワイは……」
「こ、の――!」
ネットがなにかを言うより速く、ネットの顔にプールの飛び蹴りが炸裂した。
「泥棒がぁ!!!」
「ぐへぇ!?」
荷台から転がり落ちるネット。
ツミキが「プールさん!」とプールに駆け寄りフォローに入る。
「プールさん! その人は観測手として、ヘビヨラズで活躍した人ですよ!?」
「え? そうなの?」
「な、ナイスキック……さすがはワイの見込んだ女性……」
ネットは起きやがり、右頬を腫れあがらせながらも真剣な顔を作る。
「でもなんでここに? てっきり船で皆さんと一緒に語の領地に行ったかと……」
「その言葉待ってたで! 単刀直入に言おう、――ワイを仲間に入れて欲しい」
「え!?」
ネットがツミキに近づく。
ネットはまだほとんど話したことのないツミキに対し、図々しく肩を組んだ。
「隠密、諜報、なんでもござれ! 役に立つで~」
ネットはツミキの耳元で小さな声で話す。
「――ここだけの話な。ワイ、おたくの仲間の青髪の娘、あの娘に惚れてんねん!」
「――え!? プールさんですか? 悪いことは言わないのでやめておいた方がいいかと……」
「――見ろや、あのバストと引き締まった肢体。顔も超可愛いし、言うことなしや。もしかしたらワイが見てきた中で一番美人かもしれん。絶対に手に入れたいんや、協力してくれるとありがたい!」
こそこそ話をする二人の元に、噂の美少女は怪訝な顔つきで寄ってくる。
「そのエセ弁野郎、本当に使えるの?」
「紹介遅れましたぁ! ワイはネット・フィーリスと言いますぅ。実は、ワイはこの世界を変えたいと強く願っているあなた方の同志です! ワイも同行させてはくれませんか!?」
「へ~、じゃあ何かアピールしてみなよ」
「一番にこの男前、二番に頭の回転の速さ。そして三番に――」
ネットはゴーグルを上げ、白色のどこか空虚な瞳を見せる。
「この発芽型心能“一視同仁”や」
「発芽型?」
横からサンタもオーディションの審査に参加する。
「ほぉ~、面白そうじゃな。どんな能力なんじゃ?」
「ワイの心能は同じ血液型の人間と視界を繋げることができる能力や。例えば、今ワイが見ている景色を対象に見せたり、逆に対象が見ている景色をワイが見ることもできる」
「――ほう。面白い」
「条件としてはさっきの血液型縛りと、相手に景色を送るにしても、相手から受け取るにしても相手の許可が必要。対象と離れていい距離は二キロメートル圏内ってとこやな」
「なるほど。ならば血液型が同じの者がワシらのチームに居ればそこそこ使える能力じゃな。――お主の血液型は?」
「O型や」
「残念、ワシはAB型。プール、お主は?」
「A型よ」
「僕はB型です」
「――残念だが、ワシらのチームじゃお主の力は……」
「ちょ、ちょい待ち! 心能抜きでもワイは……」
「あのぉ~」
テンオウが小さく手を挙げる。
「私、O型です!」
「テンちゃん!」
「ふむ……テンオウは砲撃手としてまだ未熟なゆえ、保護者的存在は欲しい所……」
「せやろ!?」
「ま。いんじゃない。めんどくさいし、早く出発したいわ」
「僕もいいと思います。ネットさんが居なければあそこまで上手く連携して敵と戦えませんでしたから、頼りになる方だと思います」
「ほな決まりやな!」
観測手ネット・フィーリスの加入が決定した。
「じゃあすぐに出発するわよ。早く隠れ蓑見つけて寝たい」
「ワイ! ワイは助手席乗りますぅ~! ばっちり姐さんのサポートしますぅぅ~!」
「一気に賑やかになったのう……」
運転席にプール、助手席にネット、残り三人は荷台に乗る。
プールはトラックにエンジンをかけた所で大事なことを思い出し、トラックの外へ出て荷台の方へ行く。
「ってか、行き先は?」
「あ! それなんですけど……」
ツミキは監獄のPCよりプリントアウトしたある写真を取り出した。
巨大な美術館や綺麗な噴水、塔が背景に映る写真。
「この写真がどうしたんじゃ?」
「実は――」
ツミキは説明する、監獄に居る時に送られて来たメールについて。
その説明の中、メールの差出人である“人形師”の名を聞いて助手席にいるネットが窓を開けて顔を出し反応した。
「人形師?」
「なんじゃ、知っている名か?」
「確か人骸技師の一人で、悪い方向に有名な研究者やな。なんでも人間を改造し、人工的に心能を持った奴を作り出しているとか。奴が作り出した兵士は強く、高い性能を持ち、義竜軍に重宝されているって話や」
「詳しいですね」
「ワイほどの情報通は中々おらん。ほれ、早速役に立ったやろ?」
「その人形師ってやつ、軍からしたらかなりいいとこづくしじゃない」
「だけど言うほど便利な相手じゃないで。その人形は軍人にだけ売られているわけじゃなく、失敗作は容姿を改造され、貴族に売られる。敵兵や捕虜を改造し、人格もいじって売り飛ばすって話や。奴の違法行動には軍も頭を悩ませてるやろ」
「とんだ悪趣味な奴じゃな」
ツミキはネットの話を聞いて唾をごくりと飲んだ。
「――その人形師って言う人がどこにいるかわかりますか?」
「えっと、確か……そう、思い出した。あそこや。世の美術品が集うミソロジア最大の芸術都市――“アート・キングダム”」
ツミキ達は一考する。
「――アート・キングダム。ここから距離はどんなもん?」
「七十キロってとこじゃろう」
「距離的にはギリギリ行ける範囲ですね」
「いやいや、そんな写真のためにそこまで行くのめんどいわ。王都へ向かってパーツを探すべきよ。私達の共通目的はアンドロマリウスのパーツを探すこと。その意味のわからない写真に付き合う義理はない」
プールの言葉に反論できないツミキ。
全員が一瞬の沈黙に包まれる中、一人の少女が声を上げる。
「――いや、行ってみる価値あると思います」
「へぇ、なんで?」
「いえ単純に、アート・キングダムと言えば世界最大のセキュリティを誇る場所じゃないですか」
サンタがテンオウの話を聞き、「なるほど」と納得する。
「セキュリティが強い、イコール宝物を隠しやすい」
「はい。アンドロマリウスのパーツを管理するなら絶好の場所だと思います」
「あそこには軍基地があるしな。王都からも遠すぎず近すぎず、便利な街であることは間違いない」
「――決まりですね!」
「いや、でも」
「決まりですね!」
キラキラとした瞳をするツミキに対し、プールは溜息をつく。
「わかったわかった。行けばいんでしょ行けば!」
「よし、では次の目的地は“アート・キングダム”で決まりじゃ!!」
新しいメンバーを乗せてトラックは夜道を走り出した。目指すはミソロジア最大の美術都市“アート・キングダム”。




