4‐㊳ ジェイム・ジョーカー
戦いは終わった。
一行はヘビヨラズに戻り、非戦闘員の囚人たちの避難を主導していた。
入り口付近が慌ただしくしている中、ツミキは一人、第一棟の前に立っていた。頭に思い浮かべるは二人の少年少女。いつかの思い出を振り返りながら、第一棟を見上げる。
「ツミキ……」
ツミキの背後にテンオウが歩み寄る。
「――プールさんが言うには、ポールはマリスを庇って、マリスはポールを想って、一緒に死んだらしい」
「うん。私も聞いたよ」
「馬鹿な二人だ。どっちか片方は絶対に助かったはずなのに……」
ツミキの声はどこか羨ましそうだった。
「きっと、ポール君もマリスちゃんも選択肢は二つしかなかったんだ。二人一緒に生きるか、二人一緒に死ぬか……」
「だとしても! ――ずるいよ」
テンオウは小さな包みを持ってツミキの側に行く。
テンオウは包みを開き、金属の欠片二つをツミキに見せる。
「これは?」
「二人のチェイスがあった場所に、落ちてた。――リウム合金。二人の命で作った物だよ」
その鉱石は一定のリズムで輝き、脈を打っているようだった。
「本当は拾う気なかったんだけど……この中に、二人が居るような気がしてっ……!」
テンオウは涙を流し、震えた声で言う。
ツミキは、二人のリウム合金を見て、声を震わせる。
「やめてよ、テンオウ……」
ツミキの瞳からも大粒の涙が溢れていた。
――『僕はツミキ君と一緒に旅をする。僕も、世界を変えるために頑張りたい』
――『私は、どこかの酒場でピアノでも弾きたいわ』
「泣きたく、無かったのに――!」
二人の嗚咽が入り混じる。子供たちには非情な世界がそこにはあった。
マリス・マーム、ポール・ジュナイ。二人の運命は、ここで終わった。
―――――――――――――――――――
正門扉から離れた場所。
プールとサンタは集団から離れ、壁内の端で会話をしていた。
「アンタ、アンドロマリウスの左腕はどうしたのよ?」
「残念だが、今は手を出せん」
「――一体なにがあった? アンタとネギソン、戦闘中ずっと居なかったろ」
「実はお主と別れた後……」
サンタは話す。地下のアンドロマリウスの左腕の前で起こったことを。
サンタとネギソン、二人が一旦アンドロマリウスの左腕を諦め、地下で踵を返そうとした時、彼女は現れたのだ。
『こんにちは。片方は初めまして。もう片方はお久しぶりです』
階段を下って現れたのは魔女のようなローブを着た少女。
名を――
『シン』
『シン? っということは、まさかお主がアンドロマリウスの……』
シンは二人の前に立ちふさがる。
『よくも、おめおめと私の前に出てこれたな、シン』
『ネギソンさん! 相変わらず怖い方ですねー。なんだか懐かしいなぁ、凰燭の皆さんは元気ですか?』
『凰燭を裏切り、アンドロマリウスのパイロットとなって私の仲間と半身を惨殺した貴様が、なぜそこまで図々しく話せるのか理解しかねるな』
『まったまたぁ、そんなこと言って本当は怒ってないくせに』
見透かしたように言うシンに対し、ネギソンは口元だけ笑わせる。
『まぁそうだな。私は感情の起伏が無い冷血な女だから、貴様を見ても特に思うことは無い。――だが、私の仲間は違うぞ? 特に、シンラ・バードは君に会いたくて仕方ないだろう』
『げっ。勘弁してくださいよ、あの人と戦うのは命懸けだ』
『待て待てネギソンよ、世間話をしている場合ではなかろうに。――シン、お主はなぜここに来た? ワシらになにか用があるのだろう?』
サンタが発言すると、シンはジっとサンタを見つめた。
『すごく会いたかったですよ、サンタ・クラ・スーデンさん。――うん。あの人によく似てる』
『あの人?』
『僕がここに来たのはアナタ方と話したいお方が居るからです』
シンは手元の通信機を拡声状態にする。
シンの手元から、ある男の声が聞こえて来た。
『久しいな。サンタ・クラ・スーデン、ネギソン・ユー』
『この声は……』
『――ダキ!? いや、今はアルタイルと名乗っていたか?』
三秦星アルタイル。
彼は通信機越しに話を始める。
『早速で悪いが交渉をしよう。――そこにあるアンドロマリウスの左腕には手を出さずに帰れ』
『なんじゃと? それは、応じられんな。ワシらにとってアンドロマリウスのパーツは何としてでも手に入れたい品物じゃ』
『待てサンタ君、この男の差し出す物次第だろう。――もし、今すぐ全軍撤退するならば、考えられない交渉でもない』
『撤退はしない。だが、これ以上戦力は投入しないと約束しよう』
『それでは退けんな。お主達の援軍はすでに抑えている』
『――やはり貴方の仕業か。さすがだな、以前ほどではないがよく手が回る。凰燭残党をカバーに回らせ援軍部隊を抑えるとは。交渉材料にラッキー・ボーイとネギソン・ユーを使ったのか?』
『答える義理は無いのう』
本来ならすでに義竜軍の援軍部隊がヘビヨラズを訪れている。だが、その援軍部隊はシンラ率いる凰燭軍が抑えていた。
サンタとプールはヘビヨラズを独自に調べ、囚人の中に凰燭軍幹部のラックとネギソンが居ることを知り、彼らを救うことを条件に凰燭軍と手を組んだ。中は自分達で全て上手くやるから、外は頼んだ……と。
『援軍を凰燭軍で抑えているのなら、“これ以上戦力を投入しない”というのは何も意味を成さないな』
『確かに援軍は抑えられている。しかし、私には大掛かりな援軍部隊の他に二つの手札がある。もし、その左腕に手を出すならば、私はこのカードを切らざるを得ない……クラック・カーネーションと、シン・クライムと言うジョーカーをな』
『――!?』
クラック・カーネーション。義竜軍――いや、世界中のパイロットで最強と言われている男。星守の一人にして、プールの師だ。その戦力はヘビヨラズ全体の戦力を上回る。
さらにシン・クライム。知っての通りアンドロマリウスのパイロットだ。その実力は誰も測れていない。
二人が参加すれば戦局は完全に義竜軍に傾く。どれだけ死力を尽くしても、サンタ達に勝ち目はない。
『シンは確かにここに居る。だが、クラックも近くにいるという証拠がどこにある?』
『第一、それだけの戦力を投入すればアンドロマリウスの左腕も監獄も守れるじゃろ。なぜそうしない?』
『すぐに二人を投入しない、否、投入したくない理由は多くあるが……その全てを語らずとも、貴様らにはわかっているはずだ。もしここで全力でぶつかれば、互いに大切な駒を失うと』
サンタとネギソンは無言でここに居もしないアルタイルを睨んだ。
『私は監獄を譲る。そして貴様らはアンドロマリウスの左腕を譲る。簡単な話だ』
サンタはネギソンを見る。ネギソンは目を閉じて呆れた顔をする。サンタはネギソンの表情から自分と意見が合致したことを感じ取り、口を開く。
『――わかった。左腕は置いてゆこう』
『それでいい。それが互いの利となる』
『ただし、条件を付け足させてもらう』
『なに?』
『今日一日はワシらと囚人、凰燭軍を追撃するな。戦力を投入しない、という話も期限は今日いっぱいまで待ってもらう』
アルタイルは通信機の先で一考し、『いいだろう』と承諾する。
『これで話は終わりだ。――ご苦労だったなシン、貴様はそこで待っていろ』
『待て。ダキよ』
サンタがアルタイルを呼び止める。
『なんだ?』
『貴様は、貴様らはなにを企んでいる?』
『っふ。本質は貴方と変わらんさ。――我々は全てを創り変える。あの男、ジェイム・ジョーカーと共にな』
『ジェイム、ジョーカーじゃと……!?』
『馬鹿な……奴はまだ存在していたのか!?』
サンタとネギソンはジェイムのことを知っていた。
そして、この話を聞いているプールもジェイム・ジョーカーを知っている。
プールはサンタからその名を聞いて、焦りを隠せなかった。
「ジェイム・ジョーカー。いや、ジェイム・ジョーカー博士……アンドロマリウスの製作者か!!」
「うむ。その後、アルタイルとの通信は切れ、シン・クライムは暗闇に消えた。ワシとネギソンが地上に戻る頃には戦闘は大方終わっていた」
「なるほどね。アイツが絡んでるなら、例の本もあっちにあるのか」
「ここからが正念場じゃな。アンドロマリウス争奪戦の……」
顔を険しくするサンタとプール。視界の端ではツミキ・クライムが二人に向かって手を振っていた。
「サンタさん! プールさん! 全員避難完了しました! 後は僕達だけです!」
「了解じゃ! すぐに行く!」
サンタとプール。
アルタイル、シン・クライム、クラック・カーネーション。
アンドロマリウスの製作者、ジェイム・ジョーカー。
そして、器に選ばれしツミキ、カミラ、アレンの三人。
この時代を生きる、多くの英傑たちを巻き込み、彼の厄災は形を取り戻していく。
アンドロマリウス争奪戦はここから激化するのであった。