4‐㉞ 三つ目
ヘビヨラズ地下。
ヘビヨラズの中心点にて、細菌ガス“ジャブダル”を妨げる特別な電磁波を放っている場所。そこは暗く、中央に吊るされたある物体の輝きとその物体のエネルギーを抽出している機器の電光のみが頼りだ。
その地下施設に、階段を下って訪れる者が一人。
「やはり、ここに置いてあったか」
金髪の少年軍師サンタ・クラ・スーデン。
サンタは中央に吊るされた電磁波装置の中核を見て、口角を上げる。
「破壊の右腕に対し、守護を司る左腕――」
電極に繋がれ、吊るしあげられたその銀腕の名は――
「アンドロマリウスの、左腕ね」
「む?」
サンタの背後にもう一つの足音が近づく。
「ネギソン……」
「ジャブダルを排除する機械、ずっと興味深かったけど、まさか彼の英雄の左腕とはね。君たちはこれが欲しいんじゃないのかな?」
「それはそうなんじゃが、これを取ると現在生身でいるワシも含め、密閉空間に居ないモノは全員死ぬからのう。――というかお主、地上の指揮はどうした?」
「歩兵の指揮はラッキー・ボーイに任せた。私も君と同じで、まずここを抑えたかった。細菌抑制システムを抑えれば、いくらでも奴らを脅迫できるからな」
「なるほど。考えることは同じか」
サンタとネギソン、二人の背後に人影が迫って来ていた。
―――――――――――――――――――――――
荒地。
ポールとマリスはサブマシンガンを構えて核機犬と向かい合っていた。
「――何人死んだ?」
「もう五人は死んでるよ。僕ら入れて、この場に居るのは五機……」
ポールとマリス、そして他三人。
彼らの周りには機犬の残骸が散らかっている。あと残るは核機犬一機のみだ。
「核機犬が散らばってる機犬を呼ぶ前に決着付けるわよ」
『でもどうするんだ? これ以上近づくと肩のマシンガンで蜂の巣にされるぞ!』
「なんとかして毒薬入りの銃弾を体内に放り込めれば、僕がハッキングして核機犬は抑えられる」
「体は硬すぎて銃弾は通らない。口の大砲を使う一瞬に、口の中にぶち込むしかないわね……!」
マリスが言うと、ポールとマリス以外の四機が前に出た。
「え? なにやってんのよ、アンタ達……」
『この中で一番腕が立つのはマリス、あなたよ』
『奴はチェイスの密集地に大砲をぶち込む癖がある。俺ら三機が並んでお前の盾になって突き進む。お前は拳銃の射程に核機犬が入った時に、俺らの前に出てアイツの口の中に弾をぶち込め!』
『あっはは! やっぱ、皆同じこと考えるよなぁ』
戦いの中で核機犬の癖を見抜いたジェシカ、フード、カイルの三人は同時に同じ案を思いついた。
自分達三機が弾避けになり、マリスが後ろで核機犬の口を狙うという……自分達が絶対に助からない策を。
「何言ってんのよ……そんなことしたらアンタ達ッ!」
『迷っている暇はないわ』
「でも、アンタ達三人は全員……監獄に家族がいるじゃない! だったら――」
『だからこそだよ、マリスちゃん』
『家族を助けるためならこの命、惜しくないさ。――だからマリス、絶対に決めてくれ』
ポールは拳を握り、
「だったら僕も盾に――」
『テメェが居なきゃ誰がハッキングするんだよ!』
『やれやれ、二人共……お人よしね』
「嫌……嫌よそんなの……」
マリスとポールは涙を流す。
ジェシカとフードとカイルは笑顔で言う。
『任せた』
マリスは覚悟を決め涙を拭い、三機の影に入る。
「うん!」
ポールは距離を取り、ハッキングの準備をする。
『【ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!】』
「3――」
『2、』
『1……』
『GO!!!!』
三・一の陣形で四機は発進する。
核機犬は銃火器の射程に四機が入った瞬間、両肩のガトリング砲と口の大砲で強烈な弾幕を張った。
銃弾の雨と鉄の大弾が四機に降り注ぐ。
マリスは三機を傘に使い、ハッキング端末が仕込まれた拳銃を手に取った。
(あと少し……)
右側のチェイス、ジェシカのチェイスが力無く戦線から外れる。
(あと、少し――)
はやる気持ちを抑え、絶対に当たる距離を待つ。
『まだぁ!!』
すでにコックピットを破壊され、ジャブダルに感染しているフードとカイル、しかし彼らは止まらない。
『――まだだ、マリス。まだ遠い!』
「――うん。わかってる……!」
銃弾の雨の中、その瞬間は唐突に訪れた。
核機犬のマシンガンの弾切れ。それと同時に命を落とす二人の男。
マリスは単身前に出て、拳銃を構える。狙いは大きく開いた核機犬の口の中――!
「当たれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!」
放たれた一発の銃弾。
全ての希望を乗せた銃弾は――空を切った。
核機犬は横にスライドし、銃弾を躱して新たな砲弾を装填。口から筒を覗かせた。狙いは射撃後の硬直状態にあるマリスだ。
マリスは核機犬のやろうとしていることに気づき、絶望の表情を浮かべる。
「嘘――でしょ?」
『嘘よ』
ガシッ! と颯爽と現れた薄汚れた橙色のチェイスが核機犬を右腕でヘッドロックした。
チェイスのパイロットは叫ぶ。
「ぶち込め!!」
マリスは喉が張り裂けるほどの大声を上げながら、引き金を引く。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
何発と放たれた銃弾は核機犬の口を捉えた。
核機犬に侵入した合計三発の銃弾を端末とし、ポールはハッキングを始める。その間、わずか十秒。
(ロック解除。指令、待機モード!!)
ポールがハッキングを終えると、機犬達は待機モードに移行し動きを止めた。
マリスは核機犬の動きが完全に止まるのを確認して全身の力を抜いた。
「お、終わった……」
「お疲れ。やっぱアンタ、筋いいわね」
ポールはチェイスを動かしてマリスに駆け寄る。
「これで全部の機犬は止まったはずだよ! マリスちゃ――」
その時、ポールの視界の隅で、一機の機犬がフラフラとポールらの方を向いていた。
(どう、して?)
ポールは確かに機犬を止めた。しかし、それは無人機の機犬のみだ。パイロットの乗っている機犬は、その限りではない。
「罪人共、め……逃が、すか……!」
半身を塵にしながらエイセンは機犬を操り、大砲の標準をマリスのチェイスに合わせ、砲弾を放った。
「マリスちゃん!!!!」
「え?」
無慈悲な砲撃が、チェイスのコックピットに風穴を開けた。




