4‐㉖ 全ての竜を束ねし者
トートはいつも通り中央棟を巡回していた。だが、そのいつもの日常は監獄中を鳴り響く警音によって崩れ去った。
「え? なになに? ――何事!?」
「監獄長!」
トートの元へ商品の搬入に来た義竜兵が訪れる。
「どうした?」
「た、大変です! 囚人たちが一斉に自分の部屋に火を点け始めました!!」
「自分の部屋に!? 一体どうして……」
戸惑うトートの元へ、エイセンからの通話が入る。
トートは首元のスイッチを押し、通信を開く。
「エイセン看守長、なにかわかったかい?」
『監獄長。囚人たちの狙いは酸素濃度低下による扉の強制開門です』
「……!?」
囚人たちの部屋は鍵がかかっており、活動時間外に中から開けるのは不可能。ただし、例外も存在する。例えば、どうしても囚人たちの身に危険が迫った時などの場合だ。
囚人たちが住む監獄はセキュリティ上の問題で窓一つない。ゆえに完全に機械だよりに換気をしている。だから、少しでも換気が止まれば部屋の中は知らず知らずに酸素を失い、囚人は死ぬ。現に一度、換気設備の故障で囚人が四名死んでいるのだ。
(換気システムを破壊して、部屋に火を点けたらあっという間に部屋の中の酸素は無くなる……スプリンクラーも当然のこと、電池を抜いているはずだ)
囚人の事故死を受けてトートは部屋の扉が酸素濃度低下に応じて開くようにしたのだ。
そして、そのシステムを作ったのは他でもなく——
(しまった……! あのシステムを考案したのは反乱一派の一人、ポール・ジュナイ! 彼が告げ口したのか!! ――しかしどうして予定より一か月も早く……ケイネス君の話じゃ――)
いや違う。とトートは否定する。
(あっち側にはハリス・ベネットが居る。彼の心能を上手く使えばスパイは見破れる。ネギソンがそれを怠るはずがない……! あの情報は全て、ネギソンの仕込みか!!!!!)
Wスパイ……とは違う。トートの協力者の潜入者は全て、自分も知らない内にネギソンの策により偽の情報を掴まされていたのだ。とある男の心能を利用して。
ネギソンは二度目の会合の時、敢えて嘘を付いた。そしてその後、スパイを見破りスパイを除いた人間に内密で作戦を伝えたのだ。
トートは怒りを露わにし、指示を出し始める。
「兵士は固まって動いて! 襲ってくる囚人は射殺していい! どうせ鉄パイプ程度の武器しか……」
『トート監獄長!』
「なんだ!!」
『相手は槍の形をした武器と、姿を消す兵器を使っています! 既に三名の兵士が気絶! 三つのチェイスが強奪されました!!』
「姿を消す、兵器? そんなものどうやって――いや今はそれどころじゃない! 睡眠ガス散布、隔壁も全て閉鎖するんだ!!」
既に後手。脱走者たちは既に己の宿舎から外に出ていた。
ツミキ、テンオウ、マリス、ポール、ラックはスタンスピアを持ち、揃って入り口の前に立つ。そして通信機で全軍に告げる。
「こちら第一班、宿舎を脱出! これより“外”に向かいます!」
―――――――――――――――
『第八班、同じく脱出!』
『第三班ハリス、脱出完了。チェイス三つゲットだ』
「わかりました。第三班はバッチを使って姿を消し、打ち合わせした場所に来てください! ポールが起動ツールのセキュリティを外します!」
『了解だ。コンビニの店内だったな』
ツミキたち第一棟の全員は一斉に透明バッチを押し、姿を消す。
「ツミキよ、俺はネギソンの奴を解放しにいく。チェイスの方は頼んだぜ」
「わかりました! ――テンオウ、君も念のためラックさんについて行って!」
「りょ、了解!」
ツミキ、ポール、マリス:テンオウ、ラックに別れて移動を開始する。
待ち合わせ場所のコンビニは街の中では端の方にあり、それなりに広く展開している。天井も壁も付いたれっきとしたショップだ。
(このままハリスさんたちと合流して、チェイスが使えるようになれば! 作戦の第一フェイズは成功だ!!)
「油断しないでよポール!」
「わかってるよマリスちゃん! まだ戦いは始まったばかりだ!」
監獄中で騒動が起きる。
トートは完全にネギソンの奇襲作戦とポールの技術力、ハリスの行動力に翻弄されていた。
「まずい! まずいよコレは! なんとしてでもチェイスを奪い返すんだっ!! ポール・ジュナイをマークしろ! 彼は起動ツールのセキュリティを外す技術を持っている!」
トートの焦りが勝利の波となってツミキ達の背中を押す。
ツミキは待ち合わせ場所であるコンビニに入る。すると既にそこにはハリス達の姿があった。
「おせぇぞガキ共! とっと解析しやがれ!!」
「はい!」
ポールはノートパソコンを取り出し、そこから電線で繋がった特別な機械でチェイスの起動ツールを解析しようとするが……ポールはなぜか、起動ツールを持ったまま手を止めた。
「おい、なにしてんだテメェ?」
「ポール?」
「――違う」
ポールはハリスから受け取った駒を手に取り、「違う」と連呼する。
「どうしたのよ! 早く――」
「違うんだマリスちゃん! これはチェイスの起動ツールじゃないっ! ――ただのチェスの駒だ!」
――――――――――――
トートの元へ、ある人物から外部連絡が入る。
トートは苛立ちながらチャンネルを開く。
「誰!? 今忙しいんだけど――」
『しくじったようだな。トート……』
トートはその声を聞いて、息が止まった。
冷淡で、毅然とした声色。トートが唯一絶対に勝てないと思った男の声……
「あ、アルタイル様……!?」
三秦星アルタイル。
義竜軍総司令にして、ミソロジア最強の軍師。
トートは慌てながら状況を整理する。
(どうして? ホワイ? なぜアルタイル様が、いや……なんだって、しくじった? え?)
『どうやらツミキ・クライムと対峙し、更には囚人たちが一斉に逃げ出したようだな』
「な、え!?」
『全部知っているさ。今日、いや……ツミキ・クライムが監獄に入ってからずっと、そこを訪れる義竜兵は全て私の直近の部下だ。その部下から、そちらの状況は聞いた』
トートは『やばい』と心の中で連呼する。
『失敗したな。欲をかいて私の裏を掻こうとするなど、器を履き違えたことをするとは思わなかったぞ。――所詮、貴様は駒としては優秀なだけで指揮官や管理者を任せられる器ではなかった』
「し、しかし!」
『言い訳はいらない。反省をしろ。処分は追って伝える……トート・ゲフェングニス、ひとまず貴様は駒に戻れ』
ツミキ達にとって予想外の敵が立ちふさがろうとしていた。
『これよりヘビヨラズは、この私が指揮を執る』
――頂天の星が、囚人たちに立ちふさがる。




