4‐㉕ 決戦前夜
夜七時。121号室。
そこにツミキ、シン、テンオウ、マリス、ポールは円を描くように向き合って座っていた。子供たちは膝を抱き、電気を消して円の中央に五本のロウソクを立てている。五本のロウソクの灯りだけが彼らの顔を照らしていた。
「いよいよ、だね……」
ツミキはどこか寂しそうに言う。
「みんなはここから出たらどうするの?」
ツミキの問いに対し、初めに答えたのはポールだった。
「前にも言ったけど、僕はツミキ君と一緒に旅をする。僕も、世界を変えるために頑張りたい」
「アンタ、本気なの?」
「うん!」
「言っとくけど私はついて行かないわよ。命を賭けるほどこの世界に不満はない。私は、どこかの酒場でピアノでも弾きたいわ」
そう言うとマリスは自分の正面のロウソクを吹き消し、立ち上がった。
「ダーリン。――いや、ツミキ」
「なに?」
「明日、どれだけの人が死ぬと思う?」
投げかけられた質問はツミキにとっては重いモノだった。
全員助かる。そう言えるほどの能天気さは持ち合わせていない。どれだけ希望を持とうと、多くの人間が死ぬ戦いになることをツミキはわかっていた。
「156人の内、半分は死ぬと思う」
ツミキの答えを聞いて、マリスは背を向けて扉へ向けて歩き出す。
「そっか。――わかった」
そう言い残してマリスは去っていった。
「マリスちゃん……」
「ポール。君は本当にいいの? マリスと離れても……僕らについてきても、苦しい事ばかりだと思うよ」
ポールはいつも通りの笑顔を浮かべる。
「大丈夫。僕は苦しくてもいいんだ。それよりも、彼女が笑って暮らせる世界が欲しい」
ポールは正面のロウソクの火を消す。
「だからツミキ君。絶対勝とうね」
「うん。僕達が組んだら誰にも負けないよ」
「ははっ! ……ツミキ君。君と会えて良かった。僕はやっと、君のおかげで夢を見つけることができたよ」
ポールは立ち上がり、部屋を去った。
「ツミキ……」
テンオウの消え入りそうな声が部屋に響く。
「私も、ツミキについて行っていい?」
「え?」
「私も……今は話せないけど、理由があるんだ! ここから出て、世界を変えたい理由がある。きっと、力になれると思う。だから……」
テンオウは潤んだ瞳でツミキに何かを訴える。
ツミキは顔を背け、
「正直、君を連れて行きたくはない」
「ど、どうして!」
「テンオウは……足手まといになると思うから」
ツミキはハッキリと言い放った。ここで変に気を使っても意味はない。三秦星、星守、まだ見ぬ強敵たち……彼らを相手にして、テンオウを庇いきれるほどツミキは強くない。ゆえに、ツミキはテンオウを突き放した。
テンオウは唇を噛みしめ、ロウソクの火を消して立ち上がる。その表情はいつもの気弱なテンオウとは違った。
「だったら次の戦いで証明するよ。私だって、戦えるってことを」
「え!? いや、でも――」
テンオウは強気な笑顔を浮かべ、
「もう決めたから。見ててね、ツミキ」
テンオウは飛び出すように部屋を去った。
「テンオウって、あんな風に笑うんだね」
「一日経てば百八十度変わるのが女の子だよ」
残ったロウソクは二本。ツミキとシンの目の前にある物だけだ。
「ツミキ君、いよいよ行っちゃうんだね」
「シン。君は、本当にここに残り続けるの?」
「うん。だって僕はここが大好きだもん。――本当はもっと君たちと遊んでいたかった」
囚人たちは最後の夜をそれぞれのやり方で過ごしていく。
――122号室にて。
ポールとマリスは二人っきりで部屋に居た。ポールはPCをいじり、マリスは枕を抱いて布団に入っている。
「ねぇ、ポール……」
珍しく女の子らしい声でマリスはポールを呼んだ。
「どうしたの? マリスちゃん」
ポールは作業を止め、椅子をマリスの方へ向ける。マリスはポールに背を向けたまま甘えた声で話を続ける。
「アンタは、怖くないの?」
「明日の作戦のこと? マリスちゃんは怖いの?」
「だ、だって命がけよ! ネギソンも死人は必ず出るって言ってたし、私らが死ぬ可能性はいっぱいある! それが怖くないの……?」
「――怖いよ」
「じゃあなんで、そんな顔できるのよ。私は……ずっと左胸がうずいて、眠れないって言うのに」
ポールは笑顔を浮かべながら口を開く。
「マリスちゃん、僕がここに来たばっかりの事覚えてる?」
「え?」
「僕さ、いきなり家族や友達と離れ離れになって連日連夜泣いて、喚いて、寝込んでた」
「覚えてるわよ。ちょーうざかったし……」
「でもマリスちゃんはそんな僕をウザがらないでさ、毎日朝・昼・晩のご飯を持ってきて、毎日僕を励ましてくれた」
「それで私に惚れたってわけ?」
ポールは首を横に振る。
「ううん。僕が君に惚れたのはその後のことだよ。僕はその後で知ったんだ、君も僕と同じようにいっつも泣いてたって。君も、ここに来たばっかりで何もわからないままいつも僕の知らない所で泣いていた」
マリスの両親は麻薬に溺れ、その一端で巻き込まれる形でマリスも親に共犯を強いられた。親が義竜軍に捕まると、芋づる式でマリスも逮捕されてヘビヨラズへぶち込まれた。
マリスは泣いた。己の人生の酷さと、どうしようもない人間だとしても両親と離れたことを嘆き悲しんだ。
「マリスちゃんはすっごく弱いのに、すっごくあったかい子だって僕はわかった。人のためなら自分の不幸を我慢できる、とても暖かい子……」
「そんなことないわよ。私は、どこまでも冷たい人間よ。今だって、自分が助かることばかり考えてる」
「それでいいんだ。君は、君のことだけ考えればいい。君は弱くていい、君は脆くていい。その分、僕が強く、頑丈になるから。君はワガママな君のままいてくれればいいんだ。安心して、君は必ず僕が守る」
「馬鹿じゃないの。アンタ……」
「僕を馬鹿にしたのはマリスちゃんだよ」
「――うっざ」
それから一分も経たない内に、可愛らしい寝息が122号室に木霊した。
――128号室にて。
テンオウ・オルコットは一人、部屋の隅で布団を被っていた。
「ついに、私はここを出るのか……」
テンオウの右手には青い竜の紋章が入ったロケットペンダントが握られている。テンオウはペンダントを胸に付けて、消え入りそうな声で呟く。
「力を貸して。父上……」
――121号室にて。
「ツミキ君。もし僕が、ここに残ってほしいって言ったらどうする?」
「――変わらないよ。僕は、君に何をされても必ずここを出る」
シンは右手を振って残ったロウソクの火を全て消した。
真っ暗な部屋で、シンはツミキを後ろから抱きしめる。
人の温もりが背中から伝わる。小さな体は少し震えていた。
「ツミキ君。ここでの日々は楽しかった?」
耳元でシンは囁いた。
「うん」
「だったらどうして、居なくなっちゃうの?」
「楽しい事だけが全てじゃないと思うから……僕の知らない人たちが、僕を知らない人たちが、今もきっと苦しんでいる。僕は、行かなくちゃダメなんだ。英雄を待っている人達の所へ――」
「……。」
シンはツミキから離れ、そっと初めて人前でフードを脱いだ。
ツミキは振り返り、初めて彼女の顔を目にした。
ツミキは彼女の顔を見て、驚いた。
「君は――」
「ツミキ君。だったらお願い……いつか、僕も助けに来てね」
それぞれが違う思いを抱いて夜が明ける。
――八月二日。朝八時五十九分。
ネギソンは地下牢で笑いながら声を上げる。
「さぁ、闘争を始めようか。トート坊や……」
ネギソンが呟くと同時に九時になる。そして、彼らは一斉に動き出した。
〈既存キャラ精神体ステータス! ~アーレイ・カプラ編~〉※開花型能力者は心能の発揮に応じて精神体も伸びるため、(20~56)みたいに表記します。左が通常時、右が現在の最大開花時のステータスです。
スタミナ:パワー:テクニック
コモン 78:51:99 計228
ケイン 72:69:50 計191
マリン 30~1(マリンは心能の条件を満たす度スタミナが減る):40~88:60~81 計130~170
アルベルト(兄) 28:21:32 計81
アルベルト(妹) 48:32:39 計119
アルベルト(妹)※覚醒時 48:60:48 計156