練習風景
ラグビー部に入った。いや、入ってしまった。
どれもこれもあの仮入部が悪い。楽な部活だと勘違いさせられたから。もちろん入る前にラグビーがどんなスポーツかを調べる必要があったと思う。知っていたら入ったはずがない。
けれど、そんなものは後の祭り。今更考えたところで入部の事実は変わらない。
——ああ、変なところで俺はいつも真面目だ。
自嘲気味に笑みを浮かべる。
負けず嫌い。やると決めたことはやる。
この二つは俺の数少ない芯のようなものだ。これを守るからこそ俺は生きている価値があると自分に言い聞かせてきた。
逆に言えば、やると言わなかったことはやる必要はないし、勝ち負けに固執するようなことをしなければ、負けず嫌いなんてものもない。
テストで考えてみれば、俺の目的は進学のみ。つまり、他と比べて特別成績を伸ばしたいという意欲もない。よって、負けず嫌いなんてものは関係なくなる。
こじつけと言われるかもしれないが、俺の考えだ。他人に何かを言われる筋合いはない。
サッカーでだって、レギュラーになれなくて悔しかった。この気持ちを味わいたくないからスポーツをしないと。そう言ったはずだ。
それがなんだ、今の俺は。ラグビー部に入り、過去を清算しようとしている? この部活で、人数の少ない部活なら試合に出られると思っている? わからない。自分が何をしたいのか。
けれど、入ったしまった部活をやめるつもりはない。トラウマが増えるのか、それともこの部活を愛することができるのか。これからの俺の行動で決まることだ。
夜、そんなことを考えながら、次の日を憂鬱に思いながら、俺は眠りに落ちた。
「お前、そんなこともできないのか?」
「おいおいせっかくはいったってのになんだよその体たらく。真面目にやってくれよな」
「……死んだ方がいい」
「ご、ごめんなさい! すぐ、すぐ直しますから!」
地に這いつくばりながら先輩や同級生たちを見る。先輩たちはともかく、同級生たちもしっかり練習にはついていけている。ついていけてないのは俺くらいだ。気をかけてもらえるのは嬉しいが、その分罪悪感も増すし、先輩方の言葉も友好的とは思えない。
くそ、やっぱこの部活は最悪だ——
目が覚める。夢を見ていた。普段夢なんてのは起きれば忘れるが、この夢はやけに鮮明に記憶に残っていた。
「……最悪だ」
ああ、本当に最悪だ。ラグビー部に入ったことを思い出し、ふて寝してしまいたくなる。
いや、そんなことできるはずはない。今日も授業があるのだから。幸い今日は金曜日で、今日を終えれば土日になる。
他は何も変わらない。今日変わってしまったのは部活に入ってしまったということくらい。くらいというものの非常に大きい変化だ。
ああ、今日も退屈な一日が始まる。
放課後、ラグビー部に向かうべく歩を進める。友好的に迎えてくれる先輩方とは対照的に、同級生たちからの視線は厳しいものだった。
ああ、思われている。昨日のことが頭を過ぎる。
そう、昨日簡単な筋トレもこなせなかったことで、同級生たちからは「なんでこの部活に入ったんだ?」という視線が浴びせかけられる事態になっていた。
「今日もよろしくお願いします!」
空元気でも、精いっぱいの声を出す。同級生たちからはうるさいという視線が新たに加わるが、先輩方は元気な奴だなと笑ってくれた。
「で、お前」
声をかけられる。彼は……そう、堀田雄馬だ。一人称が俺様なのが特徴的で記憶に残っていた。……いや、同級生は全員名前も顔も覚えているのだが。記憶力はそれほど悪くはない。
「何?」
「お前、なんでこの部活に。お前は他の……アニメ研究会とかの方が合っているだろう」
「ないけど……?」
「作ればいいだろ」
「すげぇ無茶言うこの人」
というかアニメ研究会? ……杉山、アイツほんと無駄に顔が広い。あと俺をダシに友好関係の構築を図るな。つーかこれもしかしてラグビー部の同輩みんな知ってるな?
周りを見る。知ってるのか……? いや、聞く勇気は俺にはないが。
「まぁ、いい。俺たちの足を引っ張るなよ」
「わかってるよ。精いっぱい努力する」
「どうだか」
そういい運動着に着替える。と思っていたら。
「ああ、一年は別に着替えなくていい。今日はラグビー用の服の購入と、歯医者でマウスピースを作ってもらう」
「マウスピース?」
同級生の一人が疑問を持つ。名前は田畑……田畑修。マウスピースなんて聞きなれない単語だ。知らなくても仕方ないだろう。
もちろん俺も知らない。
「知らないのか。マウスピースってのは——」
堀田が説明を始める。俺は聞いていないふりをしながらしっかり耳を傾けていた。
どうやら歯に装着する保護アイテムらしい。ラグビーではこれをつけないと歯が折れたりすることがあるようだ。
……こわっ。
ていうかなんで堀田はそんなことを知ってるんだ?勉強した?優秀~!
心の中で言う。声には出せない。舐めてるみたいだから。
「ま、そういうことだ。勤勉だなぁ雄馬は」
「へへ」
照れたように笑う堀田。男のテレ顔とか誰得なんだよ……二次元の女の子に置き換えてしまおう。
うん、かわいい!
……むなしい。
どうでもいいことを考えていても時間は進む。と言っても今日は業者さんに服の購入用紙をもらって、そのあとは近くの歯医者さんでマウスピースを作る。終わったら各自帰っていいようだ。
楽でいいね。こういうのを待ってた。
「紙の方は今配っておくから、お前らは七人でマウスピースを作りに行ってくれ。マネージャーは昨日のように俺たちのサポートを学ぶ感じで」
「了解したナリ」
「了解したナリ?」
「あ、いえ、わかりました」
危ない危ない(アウト)。いつもの癖で変な言葉を使ってしまった。
「よし、じゃあ行こうか」
そういい踏み出そうとする田畑。
「なんでお前がリーダーみたいにしてんだ」
ツッコミを入れる堀田。
「ああ、ごめん、中学時代の癖で。ボク、中学時代は野球部で主将だったんだ」
「ああ、そうなのか。別に聞きたくはなかったな」
なんとも仲の悪そうな雰囲気の二人だ。間には入りたくないな。
ちなみに他のメンバーは長村琢磨、永田颯真、佐藤栄太、伊藤俊也の四人だ。マネージャーは知らん。確か50音で形容できるはず。三次元の女に興味ないし。
「ああ、そうだ」
先輩の一人に声をかける。
「これ、先輩はどれくらい買いました?」
「んー……基本的に二着ずつ買って着まわす感じでいいよ。破れたりしたらお店に行って買えばいい」
「そうですか、ありがとうございます」
聞くことも聞いたし俺も……ってはやっ! 俺置いてくなよ!
走って追いかける。そうしたら、七人で歯医者の方へ向かう。
場面は変わって歯医者。
「チッ……面倒くせぇ。さっさとラグビーしてぇっての」
そう呟く堀田。
「はは、明日からはできるよ」
「あ゛?」
「ごめん」
すぐに謝る俺。こういう反射神経は結構ある。自慢できない。
特につつがなく歯型測りは終わる。あとは形を整えるのも待つだけだが、その間が暇だ。携帯を取り出す。みんなそれは思っていたようで、みんなが携帯を取り出し弄り始める。
その後も特に大したことはなく、名前を呼ばれるとマウスピースを受け取りみな各々帰る。
特に会話はなかった。
次の日、土曜。
部活は九時からの午前練。メニューは現地のホワイトボードに明記されている。
4/17
準備運動
パス
タックル
タッチフット
うさぎ
4.4
全然わかんねぇ……いや、準備運動はわかる。パスとか言われてもラグビー式だろ?タックルは怖い。タッチフットって何?うさぎってなんだ。もう禁止されてるだろ。4.4もわからん。
「ああ、一年はうさぎと4.4は見学だから」
そういう山本主将。
「タッチフットもわかんないですよ」
「ああ、そうか。やるときに説明するから」
そんなこといわれましてもー。
ストレッチはサッカー部時代とそう変わりがないものだった。パスは走りながら四人一組で行った。そして体力は尽きた。途中からはゼェゼェいいながらパスをしていた。
タックルも用意ができてない俺たちはまだ見学。クッションを持った人たちに正しい姿勢でぶつかるというもの。
そしてタッチフット。ラグビーの実践に近いトレーニングで、タックルの代わりにタッチをして交代というルール。あとは五回タッチでボールマンが交代、というところ。
これはタッチルールなこともあってわざわざ着替える必要もなく、俺たちも普通に参加した。
甘かった(いつもの)。
タックルがないだけで先輩方は普通に突っ込んでくる。タッチと言ってもホールドに近い。タッチするだけでボール権は失われるが、そのまま数歩ガッチリ歩を進めてくる。
先輩にあたると吹っ飛ばされたし、俺が走ろうとするとすぐに止められた。経験の差とも言えるかもしれないな……そんなことを考えていると
「あいつを止めろー!」
そんな声が聞こえる。同じチームになった伊藤俊也だ。
「カカ、遅いね先輩方。そんなんじゃ俊也はタッチされませんよっと」
そういいボールを置く伊藤。
「トラーイ!」
審判が告げる。……なんであいつ陸上部じゃないんだ?
「だらぁ!!」
そう叫び敵陣へ突っ込むのは相手チームの永田颯真だ。
彼はパワータイプで臆することもなく敵陣へ突っ込んでいく。
「はは、あの力は反則級だよねぇ」
「あれは当たりたくない奴だ。先輩以外にもいたんよなぁ」
「だね」
伊藤と少し話す。けれどルールはタッチするだけ。タッチした後多少進まれようと、スピードで中々タッチさせてくれない伊藤よりはまだマシだろう。
実践じゃわからないが。
タッチフットを終えるとうさぎだ。さっき言ったように俺らは見学。
「わぁー。ピョンピョン飛んでる……」
そう呟く。それ以外に形容のしようはない。
「辛そうだなぁ」
そう呟く俺。
「そのうち俺らもやるんだから、少しくらいは体力をつけるようにした方がいい」
「わかってるけど」
「どうだかな」
4.4は四人一組になって相手とぶつかり合うもので、汗水たらしながらぶつかり合っていた。
「げぇ……」
そう口をこぼしたのは長村。まぁこんなガチガチにぶつかってるの見たら気が滅入るよなぁ。
その日の練習はそこで終わったが、周りの奴ら含め、堀田以外はだいぶテンションが下がっているようだった。
「なぁ、堀田」
「なんだ」
「お前、もしかして経験者か?」
マウスピースのことでもそうだが、俺たちより知識があるように思える。
「親父がラグビー部だったんだよ。それで俺もこの部活に入れられた。知識は親父の草ラグビーを見ていたからだ」
「なるほどな……」
確かにそれなら今のコイツの立ち振る舞いや知識にも納得がいく。
はぁ、なんでこんなキツそうな部活に……。
俺の気持ちは全く変わっていなかった。
帰った後は少しラグビーの勉強をしていた。
来週、練習試合があるからだ。
何も知らないままやるよりは、多少反則とかが分かっておいた方がいい。そう思い、ネットでラグビーのルールを調べていた。
「なるほど……これがノットリリース、ノットロールアウェイ、ノックオン……」
ノックオンは今日もあった。タッチフットでもあったし、4.4の最中にもあった前にボールを落とす行為のことだ。ちなみに後ろならノックバックだがノックバックには反則はないらしい。
少し勉強した後、飯を食い、風呂に入り、小説を読んだ後に眠りについた。
明日は休みだ!