始まる授業とラグビー勧誘
次の日。
「……憂鬱だ」
今日から授業が始まる。先生の機嫌を取って、ある程度の成績をキープすることを考えているだけの俺は勉強に対する意欲はあまりない。なぜなら授業がなければ周りと差がつくこともないから。あくまで平均を求める俺に学習意欲があるはずもなかった。
「一ちゃーん、ご飯よー」
「あーい」
二階で寝ている俺に、一階で飯を作るお袋からの声がかかる。寝起きはいいほうだから、わざわざ俺を起こしに来ることはなかなかない。
ちゃんづけはいい加減やめてほしいものだけれど。
飯を食い、歯を磨き、着替えを布団の隣に置き少し睡眠をとる。また寝るならギリギリまで寝ていればいいという意見もあるとは思うが、準備をほとんど済ませた状態で起きたらすぐに出発、というのが中学後半から始めた俺のスタンスだ。批難はされようと否定されるものではない。
「それじゃあ、行ってきます」
「はーいいってらっしゃーい」
行ってきますといってらっしゃいも我が家で定められたルールの一つ。家を出る時は必ず言い、出ていくことを伝えて出ていく。
学校までは自転車で30分程度。中学校は徒歩10分の距離だったので長いと思われがちだが、実際には始業時間の都合で出発時刻はそう変わらない。それでも距離が長い分信号を危惧して少し早めには出発するようにしようとは思っている。
そして学校に着くと、HRが始まる。
ああ、説明していなかったな。うちのクラスの担任の名前は浅野颯太。担当科目は日本史で、アニメとマウスランドが好きと公言していた。
それ以上の情報は今は蛇足でしかないだろう。大事なのは、今から授業が始まるという事実。
「今日から授業が始まるが、みんな中学校とは違うからそこは気を付けるように」
担任による至極当たり前のような指摘。わかってはいたことだが、改めて言われると緊張してくる。
「ま、多少難しくなる程度だろ。さて、一限は……」
一限目:英語
「早速帰りてぇ……」
英語は俺の唯一の苦手科目。中学時代は常に平均前後だった。他の科目は大抵平均+10点くらいは取れていたから英語に対する苦手意識が強い。
そして一日の授業が終わる。
「……早速全然わかんねぇ……これが高校か」
いきなり苦戦していた。英語以外は大体理解できたが、中学の復習レベルのはずなのに全く分からなかった。ま、中学時代も訳だけ覚えてテストに臨んでたんだ。わかるわけがない。
「ははは、大分苦戦してるみたいだなラッタクン?」
「……高橋か」
「リョウでいいって。それより体調悪そうだな。保健室にでも行くか?」
知ってか知らずかそんなことを言う高橋。もとい……リョウ、か。
「英語は苦手なんだよ。中学時代からこれに関してはダメダメだったんだ。すぐに得意になるわけねーっての」
「英語に関しては国語力が大切なんだぜ?国語はどうだったんだよ」
「中学時代なら学年360人中20位に入れるくらいだ。英語は180位程度。国語力がものをいうとか言ってる両方できるタイプは黙ってろって感じだ」
「む、悪かったよ。それに関しては謝る」
「わかったならいい」
「あ、明日から新イベだからちゃんと走れよー」
「わかってるよ。それを言いに来たのか? ご苦労なことだな」
「ま、友人だからな。こういう会話に花咲かせてこそ高校生って感じだろ?」
「しーるか。お、先生がもう戻ってくるぞ。席つかなくていいのか」
「っと、やばいやばい。あとでなー」
後でも何も、俺は終わったらすぐに帰ることは決めている、アイツもバドの体験入部に行くんだろう。お互い関わってる時間はない。
そして帰りのHRも終わる。あとは帰るだけ、帰るだけなんだが……。
「ラッタ……」「ラッタ……ププ」「おもしれ―あだ名」
「おい杉山」
「何。俺はこれからサッカー部の体験入部なんだけど」
「なんで中学でもサッカーやってなかったお前が急にサッカーなのかは聞かない。聞かないが俺のあだ名が妙にクラスに広まってる件をどう説明する」
「あー、話のきっかけにいだだだだだだだだ!! もげる! 腕がもげる!」
「なに勝手なことしてくれてんだテメェ! ラッタが侮蔑的な意味でつけられたの知らねぇわけじゃねぇだろ!」
そう、ラッタという名前は元々ポ○モンから取った序盤の雑魚、という意味のあだ名。変に広がって奇異の視線を向けられたくはない。
「まあ広がっちまったもんは仕方ないじゃん? 割り切って生活してけよ」
自分に関係ないからとのんびりした様子の杉山。こいつ、一回こういう目に合わせてやりてぇ……。
俺はこういうキャラになりたくないからそういうの隠そうとしてきたのに……。一部の人間ならともかく広まるのは困る。
「はー、もういいや。確かに割り切るしかないわな。お前は恨むけど」
鞄を持ち帰路につく。明日も学校だ。
次の日。
「よ、ラッタ」
誰だコイツ。
案の定というかなんというか。杉山の影響だろう、話しかけてくる人間がいた。おそらく、オタクであることはバレている。なぜならあだ名だけで話しかけられるとは考えられにくいから。杉山があの口約束を律儀に守るとも考えにくい。きっと話の流れで公表する流れになったんだろう。
「ポケ○ン好きなのか? ちょっと話そうぜ」
「別に好きなわけじゃない。中学時代部活が同じだった人間につけられただけだ。わかったら戻れ」
「残念」
そう言って離れていく。話しかけてきた人間は一人だけだったが、他の人間は一部俺のことを気にしているようだ。はぁ、人気者は辛いぜっつーか……いや普通にうれしくない。ついでにいうとポ○モンくらいオタクとかあんま関係ないから他の奴にでも話しかけてくれ。いや、理由はわかるが。
「今日はまだ四限授業か。一週間の四限授業を終えてから、六限、七限授業が始まる」
確認としてそう声に出す。覚えるには声に出すことが一番だと思っているからだ。
そして、俺の高校生活を決めたのはこの日の四限目。保健体育の授業だった。
「このクラスの保健体育担当をします、ラグビー部顧問利根と言います。一年間よろしくお願いします」
きわめて平凡な自己紹介。俺の運命を決定づけたのは次の言葉。
「このクラスの誰か、ラグビー部入ってくれよ。うちのラグビー部は人が少なくて。はーい、体験入部来てくれる人~!」
そう言う教師。冗談だろう。対した意味はない言葉。そう思いながら聞いていると、
ジッ……
皆が(主に男子だが)俺の方を見る。いや、俺まだみんなとそんな仲良くないよね? 先生も冗談だと思うよ? ねぇ、こっち見ないで。ちょ、こっち見んな!
「あ、はい! じゃあ今度行きます!」
声が裏返った。
いや、そんなことは問題じゃない。何を言っているんだ僕は!? 運動部には入らないって、そう言ったはずなのに!
「おー、来てくれるか! ははは」
はははじゃない!! 周りに押されて何をしているんだ僕は! いや、俺は!
その授業が終わると、周りの人間が集まってくる。
「よく言ったなぁお前! ははは、すげぇ度胸」
「俺だって言いたくて言ったわけじゃない……」
いつもこうだ。周りに押されてこういう不用意なことをしてしまう。中学でもそうだった。室長を押し付けられたり、そんな役目ばかり回ってくる。俺自身の性格の問題だが、直さなければならないだろう。
放課後になる。保健体育で体験入部するとは言ったものの、いつ行くかは決めていない。
生憎今日は雨だ。ラグビー部も今日はやっていないだろう。そんなことを思いながら自転車の方へ向か——
「ラグビー部、体験入部しませんかー?」
いる……。元気に今日もいますよ先輩方。ちなみにだが昨日も一昨日もしっかり勧誘していた。人が少ないからと片っ端から声をかけているようだ。
人が少ないのは部活紹介の時に言っていた。ラグビーするには15人必要。しかし今は11人しか人がいないらしい。
「ねえ、今日帰ってから何もないなら一回体験してみない?」
そう話しかけられる。
「いえ、今日は……」
昨日、一昨日と同じように断ろうとする。そこで
『あ、はい! じゃあ今度行きます!』
頭を過ぎる。律儀に守る必要もないが、俺は言ったことはしっかりと守るタイプ。というより保健体育の先生の評価を下げたくはない。
「はい、じゃあちょっとだけ」
「うん! じゃあやろうか。ピロティでパスゲームしてるんだ。ルールもきちんと説明するからよく聞いててね!」
そう言って連れてこられたピロティ。そこで勧誘担当らしき人物は他の場所へ行く。まだ勧誘を続けるようだ。
「お、良哉が連れてきたか。初めてじゃないか?」
「いや、僕に聞かれても困るんですけど……」
「まあ、いいや。これからやるのは簡単なパスゲーム。ルールを説明しよう」
先輩が言うには、三人以上で円を作り、お互いパスを出し合う。パスを受け取る前に手を一度パンと叩いてからキャッチ。叩かずにキャッチしたり、ボールが来てないのに叩いたら負け。あとはパサーの側が見当違いの方向に飛ばしても負けという簡単なルール。
そして、負けたら罰ゲーム。といっても肉体的なものではない。というか肉体的なものはダメです。先輩や一緒にいる同級生に聞かれた質問に答えるというもの。
「じゃ、始めようか」
笛があるわけでもなく、先輩のそんな掛け声とともにうぉあっ!?
ゴロゴロ……
地面を転がるボール。キャッチをさっそくミスする俺。
「……」
「罰ゲームね」
「酷くないですか!? 急すぎる!」
「ちゃんと始めるって言っただろ。聞いてなかったのか?」
「始めてから投げるまでがノータイムすぎるって言ってんですよぉ!」
「そういうルールだからな。本質は騙し合いなんだ」
「ぐ……知らんがな……」
そう言いながらボールを拾い上げる先輩。
「ま、最初は自己紹介だな。名前とクラス。あとクラスにかわいいこがいたらその子の名前を」
「最後が意味わからん……。一です。新一。クラスはBクラス。俺は三次元に興味はないのでクラスのかわいい子とかは知らないです」
あ。
「ふーん。そっか。ありがとな。じゃあ次再開しようか」
特に言及することなく次に進んでくれる先輩。気が回る人だなぁ。
そのあともみんな何度かミスを繰り返しながらパスゲームを繰り返す。
質問は最初は自己紹介など軽かったのに、ミスを重ねるごとに厳しくなる。
「好きな髪型は?」から「好きな胸のサイズは?」のように、フェチズム的なところまで内容を突っ込ませて来る。
「その中で好きなアニメキャラクターは?」というものがあった。なるほど。そこで突っ込んでくるのか。
「ん、時間も時間だな。次のことをしようか」
俺と一緒にいた先輩がそんなことを言う。キャプテンだったりするのかな?
「次のゲームは——」
次のゲームは真ん中にあるボールを持って、今自分がいるところに持ってくる、というもの。4チームに分かれてボールは5つ。一人が一つボールを持ってきたら次の人に交代。それを繰り返して自分の陣地にボールを三つそろえた方が勝ち。相手の陣地にあるボールを取り合うゲームだ。
「これは罰ゲームとかはないから、自分なりに楽しんでやってくれればいいよ」
罰ゲームはないのか。まあチーム単位で知らん人同士だと喧嘩とかが起きるかもしれないしね。
そしてゲームが始まる。足の遅い俺は足を引っ張ることもあったが、なにかを賭けているわけでもなく、「足おせーぞー」とか言われながら、楽しんでいた。
そうこうしているうちに四時になる。仮入部の時間は決まっているのだ。
「じゃあ、今日はこれくらいだな。じゃあ解散。みんな帰ってもいいよ」
そういう部長(?)。終わったなら帰ってしまおう。
帰路につく俺は、自転車をこぎながら少し考えていた。
(ラグビーって結構緩いのな。これなら入ってもいいかもしれないな……)
そんなことを考える俺に、部活紹介での体重云々の話はどこかに消え失せていた。興味もなく話半分に聞いていたからだろうか。
だからこそ、親の言う運動部に入れと言う言葉に従うつもりになっていた。
なって、しまっていた。
入部までの話は、次で終わりたいと思います。
ラグビー部での活動風景を、今週中には書き始めたいですね。