決着、ノルマ達成
「本人が説明してくれるのは助かる!なぁ役立たず?」
「マスターどのが昇様のように頭が回ればよかったのですが…」
ミラーコートの慇懃無礼な言動におちょくられる様はこちらも笑いが出そうになる。…やっぱり良い奴だ。私も少し楽しませてもらっても良いだろう?
「大層なことは言ったけど、実は手探りなんだよね」
「はぁぁあ?」
不満たっぷりの呆れた声を漏らしている。よほどの事だったようで意識が私の話に向けられ、戦闘の方がおざなりになっている。作り出せたこのチャンスを逃すわけにはいかない。大きく振りかぶった渾身の力のクローは相手のシールドを抉るように消費させた。
「手と言ってもこの粒子、この煙幕全体が私の手ということさ」
「キミのミラーコートの光学センサはすごく優秀だ。ジャミングを加えても無意味なぐらいに…だからこそ、これだ」
煙幕の微粒子がミラーコートのバリアの回りでチリチリと音を立て自己主張する。
毛ほどのダメージにすらならないのに致命的で、破壊音や打撃音と比べたら静寂な誤差のくせにどんなものよりも際立って聞こえた。太郎の首筋に一筋の汗が流れる。
「無意味だと思っていたが、こんなことが出来るなんてなぁ!」
「ここから先はただのガチンコ。勝負はここからだ!ショウ!!」
回避や防御を捨てて思いっきり攻撃へ転換してくる。
いくらベヒーモスの、私の格闘技術の方が上でも攻撃一辺倒の捨て身は堪えるものがある。
彼のピッチの上がった連続回し蹴りがさらに強烈になる。何とかカスッた程度に抑え込んだものの、シールドを激減されてしまった。ここにきて、彼と私の出力の圧倒的な差が顕著になる。
「だからと言って、ただ負けを甘んじる訳には!いかないんだよおおおおおお!!!!」
むこうのシールド防御の任せの後ろ回し蹴りに先んじて拳を撃つ。咆哮と共に繰り出した一撃は、虚しくシールドの相殺音を立てるだけで相手を止められず。彼をクリーンヒットさせるには及ばなかった。
「ハッ!シールドはいっぱい稼がせてもらったからなぁ!いくらお前でも!」
渾身の一撃で硬直した私はエネルギーがのった彼の蹴りを避けられなかった。
勝敗条件のシールド強度10TWhを大きく下回り、決着のブザーがスタジアム内に響き渡る。
私は負けた。
「よぅ?立てるか?」
彼の声で我に返る。少しの間、意識が飛んでしまったようだ。試合終了ため、お互いにEDがスタンバイ状態に戻っている。口の中がジャリジャリしているし、床は亀裂と破片で心地悪い。
「何とかね」
休止状態だったAIを起ち上げて、彼の差し出す手を取った。
「ほら、スコアボード。お前も見ろよ」
スタジアムのクリーニング機能が作動し、待機を漂う微粒子は正常なレベルに落ちていた。電光板が見られないと言うことは無い。おまけにもう、床や壁の再生も始まっていた。
ボードに表示されていたのは4つの項目、蓄電量・シールド強度・総消費量・発電効率である。
肝心な1つ目2つ目は言うまでも無く試合の結果に直結した数値で、生み出したエネルギーをスコアとして蓄電させた数値に、エネルギーをシールド強化に回した量、終了後蓄電に変換されるので無駄が無い。3つ目は交戦によって消費したエネルギーの総量。4つ目は1・2の合計を1・2・3の合計で割った値である。
3が高いほど激しい試合で、1,4が高いほど優れたアクターである。2が高いと言うことは――
「…手抜いたのかよ?」
現に太郎のスコアは890・245・1203・48.5%。一方こちらは、514・0.5・120・81.0%と表示されていた。つまり、いつでもシールドをスコアに回せば彼は勝利できたのである。しかもこの数字は最後の一撃で大きくシールドを削った上でのものである。本来はもっと高かったはずだ。
「忘れたか?お前の発電ノルマのための物だぞ?無事に達成できてよかったな!…俺はこの余剰分でしばらく楽させてもらうぜ」
そう言い残して太郎はこの場を去っていた。きっと太郎もレクレーションフロアにいくのだろう。私は――すこし休もう。夕方からマリさんの顔合わせを兼ねた食事会がある。少なく事こんな顔では出られない。
「ベヒーモス」
「分かりました、マスター。予備電源として頂きます」