幹事の技量、もしくは漢の闘い
俺の名前は莞爾。
“にっこりと微笑む”という意味のこの名前は、両親が我が子の幸せを願って三日三晩悩んだ末につけてくれた物だ。
「カンジ〜! 今年もゼミの忘年会の幹事、よろしくな」
「お! カンジ! 卓球サークルの忘年会、予定決まったか?」
「囲碁部の男どもだけで飲み会とかむさ苦しいだけだろ。カンジ、お前の力で華道部との合同忘年会にしてくれ!」
……決して、“あらゆる飲み会を幹事として取り仕切る男になれ”という意味ではない。
「あーもう分かったよ! 後で詳細はラインする! アンケとる時はみんなちゃんと答えろよ!」
ああ、また幹事の仕事が増えてしまった。なにかと言えば、名前を理由に幹事を任され続けた大学生活も今年で4年目。どうせ今年も、クリスマスから正月までびっちり幹事の仕事で埋まるのだろう。
「例年通りなら、あとは吹奏楽部とテニスサークル…それにゼミ室別のがいくつかあるな」
直前になって頼まれたら、こちらも日程の調節が難しい。
「しょうがない…今のうちに声をかけとくか」
俺は教室を見渡し、ちょうど目的の部活とゼミのメンバーが固まっているのを見つけた。
「おい、お前らも忘年会の幹事を頼みたいなら、早めに言ってくれ」
そう言いながら近づくと、彼らは一斉にどこか気まずそうな顔でこっちを見た。
「あー…カンジ、俺ら今年は大丈夫だわ。毎年お前に頼むのも悪いしな」
「なんだ? 今年は忘年会しないのか? …それとも別に幹事をしたがる人がいたとか?」
俺が思わず顔をしかめて聞くと、彼らは顔を見合わせて言いにくそうに答える。
「俺らのとこは、今回の幹事役をサトウに頼んだから…今回はカンジに幹事をして貰わなくて大丈夫だぜ」
……俺の年末の大仕事を奪う、サトウというのは何処のどいつだ!
別学部に所属する3年の男だと聞いて、俺はすぐさま普段は足を向けない学部棟へ押し入った。
「たのもぅっ‼︎ サトウってのはどいつだ!」
討ち入りのごとくドアを開けると、教室にいた生徒たちが、談笑を止めて一斉にこちらを見る。
その中で、ヒョロっと背の高い茶髪の男が、軽薄な笑みを浮かべながら手を挙げた。
「はーい。サトウはオレです。何か御用っすか?」
「ちょっと表に出ろや」
俺はぐいっと校舎裏を指差すと、サトウはヘラヘラしながら付いてきた。俺よりガタイがいいからって舐めてもらっちゃ困る。俺は柔道初段だぞ。
「で、先輩?っすよね? 何の用ですか?」
人目のないところまで来て立ち止まると、サトウは偉そうに校舎にもたれて腕を組み、俺に向き合う。俺は精一杯威厳をもって重々しく答えた。
「今日はお前に話があって来てもらった」
「愛の告白なら間に合ってるんすけど…」
お気持ちは嬉しいです、と頰に手を当てて体をくねらせるデカイ男に俺は一喝する。
「誰がお前みたいなデカイ男を口説くか! 違ぇよ、忘年会の幹事についてだよ! お前みたいなチャラ男に神聖な幹事職が務まるか!」
そう言うと、サトウはやっと合点がいったという表情になった。
「あ! 先輩があの幹事大好き莞爾先輩っすか! いや、お噂はかねがね」
「語弊のある言い方はよせ。別に俺は幹事が大好きなわけじゃない」
そう、これは俺のアイデンティティーの問題だ。
「…お前、色々なところの忘年会幹事を引き受けてるそうじゃないか。いいか、幹事というのはそう簡単なものじゃないんだ。まずそのメンバーによってだな…」
「あーハイハイ。やっぱりさすがのカンジ先輩っすね。聞いてますよ、先輩がセッティングした飲み会に間違いはないって」
サトウは俺を遮って大きく頷いた。
「だけどね、先輩が幹事をすると、“間違い”が起きないんすよね。それを期待して飲み会に参加するやつらは、オレに幹事を頼んで来るんすよ」
「は? どういう事だ? 」
俺が聞き返すと、サトウはやれやれと手を広げて首を振った。外国人のようなその仕草が妙に様になっている。
「例えば、今回オレが任された吹奏楽部っすけど、先輩なら何処の居酒屋を取りますか?」
「ふむ。和だと駅前の丸東屋、洋だとカロットだな」
俺はサトウの問いに間髪いれず答える。既に俺の頭の中には、過去に参加したメンバーの好き嫌いやアレルギーの有無、住んでいる地域などに即した最適な飲み屋がずらりとリストアップされているのだ。
「その心は?」
「あいつらは年末の演奏会の後に、そのまま飲み屋に行くんだ。楽器なんかの高価で嵩張る荷物を手近における個室で、交通の便が良い駅近がベストだろう」
俺の的確な答えに、サトウはまたやれやれと首を振る。
「だから、ダメなんすよ。オレなら居酒屋太平の一択っすね」
「はぁ⁉︎ あそこは駅から遠いし、店に入るのに階段もある。個室もそこまで広くないだろう。しかも座敷だ。正座に慣れてないメンバーにはオススメできない」
これだから素人は。やはりこいつには任せておけんと俺が息巻いていると、サトウはニヤッと笑って答える。
「だから、良いんじゃないですか。つまり、男が女の子の重たい荷物を持ってあげる口実ができるわけです。荷物で狭くなった座敷では、必然的に身を寄せざるを得ない。そして、慣れない正座によろめく事で、自然なボディタッチが可能。もちろん、遠い駅までほろ酔いで歩く帰り道には、ちょっと休憩できる場所もちゃんとありますし?」
「ふ、ふしだらな…」
俺はサトウの答えに愕然とした。そんな俺に、サトウは馴れ馴れしく肩に腕をまわして、もっともらしく囁く。
「クリスマスという聖戦に破れ、傷ついた男女に、健全な出会いの場を用意しているだけっすよ。もちろん、オレが幹事として行き過ぎた行動は監督しますよ? だけどちょっとはっちゃけるくらいがベストなんじゃないすか。幹事に求められるのはその裁量っす」
俺はそんな目線で飲み会の幹事をした事は無かった。いかに快適かつスムーズに進行するかばかり考えていた。
「いや……認めんぞ。大体、一回の飲み会ごときでそんな上手く行くはずがない…」
それは俺の経験則からも明らかだ。
人の10倍は飲み会に参加しているが、そんな美味しい状況になった試しがないぞ。
「…そうだ! 先輩、オレと勝負しませんか?」
未だ呆然としている俺をよそに、サトウが唐突にそう提案して来た。
「今回、忘年会の幹事は全部カンジ先輩にお任せします。その代わり、新年会の幹事はオレに任せて下さい。それぞれが幹事をした飲み会で、どれくらいの割合でカップルが成立したかを競いましょうよ。幹事の中の幹事と言われるカンジ先輩の情報量をもってすれば、完璧な合コ…じゃなかった、忘年会をセッティングできるはずです」
「は? いやそれは…」
「あれ、自信ないんすか? せっかく有利な先手をお譲りしているのに、オレに勝てないと?」
「……分かった。その勝負、受けてやる」
そこから、俺達の闘いは始まった。
俺はこれまでの経験と情報網を駆使してありとあらゆるキッカケを提供し、見事、何人もの寂しい男どもの“年内に彼女を作る”という悲願を叶えさせてやったのである。
年明け、サトウは他の大学との合同新年会を開催するなど反則技の数々を繰り出し、そして今年こそは、とリベンジに燃える男達に新たな出会いを提供した。
「や〜やっぱり、カンジ先輩には敵わなかったっすね。カップル成立率6割ってちょっと異常っすよ! 今、先輩がなんて呼ばれてるか知ってます? 忘年会の神っすよ、神!」
俺がセッティングした忘年会でちゃっかりゲットした可愛い彼女の隣を歩いていたサトウが、俺を見つけて駆け寄って来た。
「ま、俺は幹事としての役割を全うしただけさ。…俺が卒業した後は頼んだぞ。サトウ」
俺は、サトウの主催した新年会で出会った他校の女子にから、次のデートを了承するラインを受け取りながら、鷹揚に頷く。
「任されました! ところで先輩、彼女の好物が知りたいんですが…」
「あの子はイタリアンが好きだぞ。それよりサトウ、この辺りで雰囲気の良いデートスポットを…」
俺達は一通り情報を交換すると、にやりと笑い合う。
大学最後の記念すべき年末年始。こうして俺は、馬鹿馬鹿しい忘年会と新年会の闘いを通して、運命の相手と、一生続く男の友情を手に入れたのだった。
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投稿している短編「いつも君の側に」と同じ世界軸です。