第五十四話:妹と寒い日
君と一緒ならどこでも暖かい
11月。
いつものようにバイト先から帰宅した俺は、リビングで勉強していた妹と目が合った
「ただいま」
「おかえ……って、なにその耳。真っ赤じゃん」
「ああ……」
言われて俺は両耳に手を当てる。まるで氷のように冷たい。
「流石に11月の夜となると、寒いからな」
そう言うが、どうも俺は昔から寒さには疎いので、あまり気にならないけど。
「そんな他人事みたいに……手まで赤いじゃん。全く、兄ちゃんは……」
溜め息を吐いた妹は、リビングから出て二階に上がって行った。
どこに行ったのだろうかと首を傾げたが、すぐに妹が戻ってきた。
「はい、これ」
ぶっきらぼうに手渡してきたのは、黒の手袋だった。
「たまたま。ほんとーに、偶然でこの前買った手袋のサイズが合わなかったから、兄ちゃんにあげる」
「……いや、これ明らかに男物のだし。普通、手袋って試着してから買うだろ?」
「手が大きくなると思ったの」
「そんな成長期の男子の服を少し大きめに買っとく、みたいな感じじゃないだろ」
「いらないなら返せ」
「いや、貰っとくよ。ありがとな」
「……」
礼を言った俺から目線を外した妹は、一言も言わずにリビングのテーブルに着席して勉強を再開した。
それを眺めながら、俺は貰ったばかりの手袋を着けてみた。
……ぴったりじゃねえか。
これもきっと。
妹の言うところの、たまたまなのだろう。
***
翌日。
寒波が訪れていたその日、いつもよりぐっと身体を縛りつけるような寒さが一日続いた。
バイトがなく帰路に就いていた俺は、前方に白い息を吐きながら歩く妹を見つけた。
今までは互いの予定の都合で、滅多に帰宅時に遭遇することはなかったが、妹が部活を引退し、俺もバイトや予定がない日は、こうして帰宅中に出会うことも珍しくはなくなってきていた。
だからと言って、必ず声を掛けるというわけでもなく。
外で会話する兄妹ほど、面倒くさいものはないことを知っている俺達は、何事もなかったかのようにスルーするのが最近の暗黙のルールだった。
とはいえ。……とはいえ、だ。
寒そうに両手に息を吐きながら帰宅する妹を認めて、素通りできるほど、俺は妹を嫌ってはいない。
俺は自転車のスピードを落として、妹の隣に並ぶ。
「よお、寒そうだな」
「……寒くないし」
「手、真っ赤だぞ」
「兄ちゃんの手は真っ黒だね」
「おかげ様でな」
ちらりと妹が手袋を着けた俺の手を見る。
「手袋、返そうか?」
「いいよ。一度兄ちゃんにあげたやつだもん」
「風邪ひくぞ、受験生」
「……大丈夫だし。――くちゅん」
……なんだか隣から可愛い鳴き声が聞こえた。
「……」
「……」
無言の会話。
俺達は少しだけ並んで歩くと、
「後ろ、乗ってくか?」
「……二人乗りはダメなんだよ」
「お前が風邪をひくよりダメなことはねえよ」
「……」
そう言うと、このかは黙って自転車の後ろに乗った。
このかは両手を俺の腰に落ち着かせようとしていたので、俺はその手をコートのポケットの中に入れさせた。
「それで腰にしがみついてろ」
「ハズい」
「寒いよりマシだろ」
このかの文句を無視して、俺は自転車を走らせる。
自転車をこぐ分、俺は少しだけ身体が暖かくなるが、やはりポケット越しとはいえ、このかの手は冷たかった。
「お前の手、冷たいな」
「ざまあ」
「んだと」
「……なーんて」
ぎゅっとしがみつく背後のこのかが小さく呟く。
「兄ちゃんは、いつだって暖かいよ」
まったりと。ゆったりと。




