番外編:妹とある夏の日
燃えるような恋がしたい?
水を掛けたらなくなるってことか?
とある暑い夏の日。
太陽の下に出れば、汗が滝のように流れ落ち、室内でもエアコンを切れば、一瞬で汗が噴き出るほどの猛暑が続いていた。
夏の暑さに強い俺でも、今年の夏は大人しくしているのが吉であると、休日にも関わらず早々に外出を諦めた。
バイトもなく、特段これと言ってやることもなかったので、、エアコンの効いたリビングで一日中ゲームをしていると、突然腹部に痛みが走った。
「……流石に冷房に当たり過ぎたかな」
ゲームを中断し、窓の先の蝉しぐれの音を置きざりにして、トイレへと駆け込んだ俺は、溜め息を吐きながら便座へと腰を下ろす。
腹を摩りながら痛みと格闘していると、トイレのドア先から声が聞こえた。
「ただいまーっ! あっつーい! もう、やだー!」
どうやら妹が部活から帰って来たらしい。
気だるげと苛立ちが織り交じったような声が玄関から響き渡る。
そりゃ屋外プールの水が風呂になるくらいの猛暑日だ。
屋外の部活動を行う妹でなくても、この暑さには誰もが嫌悪感を抱かざるを得ない。
俺はトイレのドア越しから「おかえり」と言おうと思ったが、痺れるような腹痛に声が出なかった。
しばらくして、「……あれ、兄ちゃん? いないの?」とリビングの方へ歩いていく妹の声。
どうやら暑さで苛立っているせいか、いつもより声量が大きく、トイレにいる俺にも十分妹の声が聞こえて来た。
「ゲーム……は途中だし。コンビニでも行ったのかな? あー、それにしてもエアコン涼しーっ!」
なんとなく、リビングのエアコンの前で両手を広げている妹の姿が、容易に想像できた。
「ふぅ。それにしても、制服が汗で肌に張り付いて気持ち悪いーっ! もう、いいや! 脱ごう! 全部!」
……全部?
「あー、もういいや! 兄ちゃんもいないし、ブラも外そう! そんでパンツも脱ごう! 全裸! オールパーフェクト!」
妹の笑い声がリビングから聞こえてくる。
ああ、うん。暑いと何故か苛立って、テンションが上がるよな、分かる分かる。
……。………って、全裸だって?
「兄ちゃん帰ってくるまで、もうしばらく全裸で過ごそうかなーっ」
それはまずい。
……いや、まずくはないか。
所詮、妹の裸なんて見たところで何ともないし。
ただ一つ問題だとすれば、俺が外出中だと勘違いした妹が、何かしでかさないかということだけだ。
思春期、全裸、誰もいない――ともなれば、人間、一つくらいアンタッチャブルな行動をしでかすというものだ。
「とにかく、このままトイレにいるのはきついな」
腹痛はいつの間にか治っている。
それに、冷房がないトイレの密室はかなり高温で、先ほどから汗が止まらなくなっている。
このままトイレで隠れていると、俺が熱射病で倒れかねない。
「……声を聞く限りでは、まだリビングか」
こっそりとトイレのドアを開けて、そのまま隣の洗面所に移動する。
途中、玄関からリビングまで続く廊下に、妹の衣類が落ちていたのは見なかったことにする。
……脱ぎたてのくるまったパンツって、なんだか虚しさがあるな。
洗面所のドアを静かに閉めた俺は、蛇口から水分補給をする。
さて、ここからどうするか。
ここから玄関も近いことだし、一旦外出して帰って来たと嘘アピールをして、妹が服を着るよう促すか?
いや、妹の服は全部廊下に脱ぎ捨てられていたし、万が一鉢合わせする可能性も高い。
「どうするか……」
洗面所のドアに背中を預けながら思考していると、不意にリビングから妹の声が聞こえた。
「……そろそろ、兄ちゃんが帰ってくる前にシャワー浴びよ! やっぱこのままだと風邪ひいちゃうかもしんないし」
妹の足音がこちらに近づいてくる。
やばい。
正確には、冷静さを取り戻せば、何一つの落ち度も失うものもないはずなのに、なぜか悪いことをしている気持ちになる。
このまま鉢合わせして、なんて言えばいい?
――お帰り。今日も暑いな。
いや、ダメだ。今更そんな普通のことを言いつくろっても無駄だ。
――お前のパンツ、結構子供っぽいのな。
最悪だ。実の兄にパンツのダメ出しをされたら、年頃の女子としては死にたくなる。
――リビングでは、おたのしみでしたね。
おお、死んでしまうとは情けない……ことになりかねない。
ダメだ、思考がまとまらない。
耳元ではすでに妹の足音は洗面所の前まで来ていた。
ごくりと、喉が鳴った。
「……。あ、着替え持ってこなきゃ」
パタパタとこのかが、洗面所から二階に上がる音が聞こえる。
ふう、と安堵の息を漏らす。
別にこのかの裸を覗いていたわけでもないのに、何だろうこの背徳感。
「いや、安心している場合じゃないか」
このかが二階の自室で着替えを取りに行っている隙に、玄関から外に一時避難しよう。
それで、このかがシャワーを浴びている最中に帰って来たと言えば、あいつも服を着ているだろうし問題ないはずだ。
そうと決まれば、洗面所から出ようと、ドアに預けていた背中を離れさせようとした瞬間。
「――と、そうだ! せっかくだし、お風呂に湯舟溜めておこーっ!」
俺の意思とは関係なく、洗面所のドアが開いて俺の背中が離れる。
支えを失い、重力に抗うこともしない俺の上半身は、ゆっくりと倒れた。
妹の。このかの。足元へ。
全裸の。年頃の。足と足の間に。
俺の頭は落ちた。
「……え?」
「……は?」
上と下からの二つの声。
俺の視線は、そのまま真っすぐ、このかの股の間へと否応なく注がれる。
悩むことなく、考えることもなく、思案するまでもなく。
率直に、言葉が出た。
「――お前。まだ生えてな――」
昼間にも関わらず、その日。
俺の視界に星が散った。
しばらく番外編が続くかも。
あと、コミケお疲れ様。




