第六話:妹と帰り道
知ってても言えなかった
たまには一緒に帰りたかったなんて
俺の通う高校と妹の通う中学は同じ方向にある。
だが、一度でも俺と妹が登下校を共にすることはなかった。
それは帰宅時間のすれ違い。
俺は学校近くの書店でアルバイトをしており、また妹は中学でテニス部に所属している。
俺はバイトがある日は、帰宅時間が22時を超えるため部活帰りの妹より帰宅が遅く、
逆に俺のバイトがない日は妹より帰宅が早い。
それならば、朝の登校は一緒に出来るのでは? と思うだろう。
いやいや、それこそない。
ありえない。
なんとなく、俺とこのかは互いの登校時間を計算し、このかは時間に余裕を持って家を出て、
俺はギリギリに到着するように家を出る。
示し合わせたわけではなく、ただ自然とそうなっている。
それが普通で、当たり前で。
俺とこのかの日常なのだ。
ふと、そこで俺は記憶を辿る。
最後に妹と登下校を共にしたのは、いつだっただろうか……。
その日はバイトもなく、用事もなかったため真っ直ぐ帰路に向かっていた。
「……お?」
通学路の途中の住宅街で、前方に妹の後ろ姿を認めた俺は自転車のブレーキを握った。
テニスラケットの入ったバッグを背負って歩く妹は、背後の俺に気付いた様子はない。
……さて、どうするか。
一声かけるか?
いやいや、それはない。
家ならともかく、外で家族と話すのはなんとなく恥ずかしい。
ならば、このまま気付かないフリをして追い越すか?
それも家に帰って顔を合わせた時に気まずそうだ。
いや、そもそも。
なんであいつ、この時間帯に帰ってるんだ?
普段ならこの時間帯は部活動のはずだ。
「……まあ、俺の知ったことじゃないけど」
小さく呟き、妹の歩くペースに合わせて、一定距離を保ちながら自転車に乗ったまま進む。
ギリギリ気付かれない距離で妹の後ろを付いていくように帰ること、十数分。
そろそろ面倒くさくなって追い越そうかと思い始めたその時。
肩をポンと叩かれた。
「ちょっと君、いいかな?」
振り向くと、薄いブルーのシャツを着た若い男の人がにっこりと笑っていた。
というか、警察官が立っていた。
「さっきから見てたけど、君。もしかしてストーカー?」
「はっ!? あ、いや、その」
目を丸くした俺は口を開くが、突然の国家権力の登場にしどろもどろになり、声が言葉にならない。
「見たところ高校生っぽいけど……。うん、ちょっと身分証明書とかあるかな?」
俺の肩を掴む手に力が入る。痛くはないが、逃げさせないと言わんばかりだ。
「俺は別に――」
「――あの、どうかしましたか?」
聞き覚えのある声がして、隣を見るといつの間にか妹が戻っていていた。
最悪だ。まさか妹に、兄が職質されているところを見られるなんて。
しかも、職質される原因が『帰り道に妹を見掛けて、追い越そうか悩んでいただけ』なんて
他人からすれば至極どうでもいいことなんて!
「ああ、彼がね。ずっと君の後ろを尾行していたから、ちょっと話を聞いていたんだよ」
「いや、俺は別に尾行していたわけじゃ――」
警察官と妹の顔を交互に見る。
疑心の眼差しを向ける警察官と、きょとんとした妹。
ちらりと俺の顔を一瞥した妹は、「お巡りさん」と言って何故か俺の腕を掴んだ。
「この人、私の彼氏なんで」
「はい?」
はい?
警察官のお兄さんの声と、俺の心の声が重なる。
「いや、でも……彼、ずっと君のことを付けて……」
「ちょっと口喧嘩してて。それで距離を取って帰っていただけです」
「……そうなの?」
肩を掴む手の力が弱くなる。
どう返そうか躊躇っていると、靴の上から右足を隣のこのかに三回踏まれた。
『だ・ま・れ』のサイン。
「は、はい。そうです、そうです! 俺達、付き合ってて、もう毎晩抱き合ってる的な感じです!」
このかの話に合わせるように頷くと、何故か再び三回足を踏まれた。
『そ・れ・な』のサイン?
足の痛みを我慢しつつ、微笑みを浮かべると、警察官は眉を顰めながらも俺の肩から手を離した。
「えっと、それならいいけど……。でも、君たちね。付き合うなら健全にね?」
兄妹で付き合うも何もないんだが、ここは素直に首を縦に振っておく。
勘違いして呼び止めてしまったお詫びなのか、一度制帽を脱いで頭を下げ、自転車に乗って俺達の家とは反対の方向に去って行った。
しばらくの静寂の後、最初に口を開いたのは妹だった。
「アホじゃないの」
半眼で俺を見たこのかが、呆れたように肩をすくめる。
「声がしたと思って振り返ったら、まさか兄が不審者扱いされてるなんてね」
「……う。っていうか、お前だって俺を勝手に彼氏扱いしただろ!」
「そりゃそうでしょ。兄が職質されるのと、兄を偽彼氏にするの。どっちがマシか想像してみてよ」
……天秤に載せて考える。
「……悪い、助かった」
「ほんとにそう思っているなら、家まで自転車に乗せてって」
勝手にテニスバッグを自転車のカゴに入れたこのかが、飛び乗るように自転車の後ろに腰を落ち着かせた。
「は? いや、二人乗りは違法だろ。まだあの警察官が近くにいるかもしれないし」
「兄妹で付き合うよりかはマシでしょ?」
ぐうの音が出なかった。
「……じゃあ、しっかり捕まっとけよ」
「……変なところ触ったら、殺す」
俺からどうやって後ろのお前に触るんだよ。
そうして俺は妹を後ろに乗せて、ペダルを漕いだ。
「そういや、今日は部活は?」
前を向いたまま、後ろの妹に尋ねる。
「顧問の先生がお休みで、自主練になったから帰ってきた」
「そうか。あ、そうだ。もう一つ」
「なに?」
俺はずっと気になっていた疑問を口にする。
「お前、よく俺が後ろで職質されてると分かったな」
「……声がしたから」
「ふうん」
声ねえ。それなりに俺と妹は離れていたはずだが……。
「なるほどな。俺はてっきり、俺が後ろにいることを知ってたのかと思ったぜ」
「――そんなわけないでしょ。っていうか、それを言うならなんで兄ちゃんは、私の後ろを付いてきてたの?」
「あ、いや。それは……」
しまった、やぶ蛇だった。
その日以降。
帰り道で妹を見つけたら、躊躇わずに声を掛けよう。
そう誓うのだった。




