第四十一話:妹と文化祭ー後編ー
ゲームは始まる前から終わっている。
《ワードウルフ》の遊び方。
・ゲームマスターを1人決める。
・ゲームマスターはプレイヤー全員に1つのワードを伝える。
・ただし1人のプレイヤーには、全員に伝えたワードとは別のワードが伝えられる。
・時間制限を設けて、プレイヤー達は1人だけ違うワードを伝えられた《人狼》を探す。
・《人狼》を当てられれば、それ以外のプレイヤー全員の勝利。
・当てられなければ《人狼》1人の勝利。
・万が一《人狼》が当てられた場合、自分以外の全員に伝えられたもう1つのワードを当てることが出来れば、《人狼》の逆転勝利となる。
「みんな、自分のワードを確認した? それじゃあ、制限時間は5分ね。スタートっ!」
笹倉桜の合図と共に、俺は自分の配られたワードを思い出す。
――《妹》。
何の変哲もないワードだ。何もおかしくなければ、違和感を抱く理由もない。
だけれども……。
「なに? 兄君、私の顔をじっと見て」
「いや、何でも……」
笹倉さんはニコリと笑って俺達のテーブルを眺めている。
彼女はどうしてこのワードを選択したのだろうか。
たまたまだろうか。それとも何かしらの意図があってのことだろうか。
……考えすぎ、か。
俺は頭を振って、ゲームに集中することにした。
「このゲームって、どんな感じに進めればいいんですか?」と久々野空子が丸い瞳を瞬かせて言った。
「自分達と違うワードを持った人を探せばいいんですよね? それって普通の《人狼ゲーム》みたいに自分のワードを言っちゃダメってことですか?」
それに対し、加賀美・カトリーヌ・カグヤがほんわかと答える。
「クーちゃん。ワードを言っちゃったら同じ仲間を見つけやすくはなるけど、逆に仲間外れの狼さんにも知られちゃうよ」
「あ、そっか。逆にもしも私が仲間外れだったら、すぐに負けちゃいますしね。むむ、難しいな……」
唸るようにこめかみに指を立ててグリグリする久々野ちゃんに、俺はこのゲームの経験者としてアドバイスを送る。
「まあ、最初はそのワードにまつわる質問を全員に投げかけて、その返答で推理するのがセオリーだな」
質問を繰り返していき、お互いの返答で自分と同じチームの人間を探し当てる。
もちろん、仲間外れの《人狼》にもヒントを与えてしまう可能性があるため、質問は曖昧な方がいい。
だが、通常の《人狼ゲーム》と異なり、プレイヤーの返答が大きなヒントになる。
つまり、プレイヤー同士が互いのことを知っているほど、推理がしやすいコミュニケーションゲームなのである。
「うだうだ睨み合ってても仕方ないし。ここは先手必勝で俺から質問だ!」
俺の隣に座る七神直人が立ち上がり、全員の視線を集めてビシッと指を差して言った。
「全員に質問だ。『それがいるかどうか』。ちなみに俺はいない!」
何故か胸を張って言う七神に、俺はふむと顎に手を添えて考える。
七神はこのゲームの経験者ではあるが、決して得意というわけではない。
それでもたまに的を外した回答をするがゆえに、俺の記憶の中でのゲームの勝敗は悪くない。
にしても、『いるか、いないか』ときたか。
そういう質問をするってことは、お題は『生き物』、特に『人間』の関連で間違いなさそうだ。
この《ワードウルフ》のお題となる2つのワードは、ある共通性を持たせるのが一般的だ。
例えば、《バス》と《電車》というお題を設定したとしよう。
交通機関として共通性を持っているがゆえに、質問に対する回答が似たり寄ったりすることで、特定が難しくなる。
だが、仮に『それを普段から使っているか』という質問をした場合、プレイヤー同士の普段の日常を知っていれば、自ずとワードを推理しやすくなる。
つまりは、このゲームのお題も何かしらの共通性を孕んでいると思って間違いないだろう。
――《妹》。それに共通するワード……。
普通に考えたら、兄妹――《兄》《弟》《姉》のどれかだろう。
果たしてどれだろうと思考を巡らせていると、七神の質問に妹が即答した。
「私もいない」
何故か、妹は質問をした七神ではなく、正面の俺を見据えて言った。
まるで何かを告白するかのようだった。
「カグヤはいるよー」
ぴょこんとウサギの耳が立つように手を挙げて言う加賀美ちゃんに、隣の久々野ちゃんが目を丸くした。
「え、キティ先輩?」
「んー? どうしたの、クーちゃん?」
「あ、いや。うん、じゃあ、私も、いますっ!」
鼻息荒くして言った久々野ちゃん。何をそんなに気合入れているのだろうか。
「じゃあ、後はお前だけだぜ? ほらほら、俺は知ってることなんだから早く言っちゃえよ」
「あ、ああ……」
七神に促されて俺は言葉を選ぶ。
七神が知っている?
これがもし、『妹がいるか、いないか』だった場合、もちろん俺の妹には《妹》はいない。
だが、加賀美ちゃんと久々野ちゃんはどうだ? 知らない、この2人に兄妹がいるかなんて俺は知らない。
少しだけ思考して、俺は「いるよ」と正直に言った。
その瞬間、七神以外の視線が俺に集まった。
「え、なに? 俺、なんか変な答え言った?」
「いーや。お前はなんもおかしなことは言ってねえよ」
ニヤニヤと俺の両肩に手を乗せる七神。
「……ふうん」
小さく妹が呟いたのがやけに大きく聞こえた気がした。
それから、何度か質問を繰り返して会議は続いた。
誰が仲間外れか、誰が自分と同じワードを持った仲間か。
質問から回答。回答から推理。推理からの憶測。
思考する。思考して、思考して、思考を繰り返す。
その中で、俺は別のことを考えていた。
……果たして、笹倉さんがこのゲームのお題のワードの1つに《妹》を書いたのは、偶然なんだろうか。
そもそもの話。何故このゲームを俺達はしているのだろう。
――《ワードウルフ》。これは間違いなく、俺が提案したゲームだ。
だが、と考えてしまう。
もしも、俺が提案しなかったとしても、このゲームで遊んでいたのではないだろうかと。
七神がここにあるボードゲームのルールが分からないというのは、七神がアホであることを知っていれば誰もが納得してしまうことだ。
……では、七神が唯一知っている遊びを俺が提案するのは、偶然だろうか。
もっと振り返る。考える。思い返す。
そう言えば、笹倉さんはいつこの教室にやってきた?
笹倉さんと七神がこのクラスにほとんど同じ時間にいたのは、偶然か?
――もっと考える。考えたくないことまで考える。
例えば。七神のマジックで見せた手先の器用さと記憶力を使えば、俺が《妹》のワードのメモ用紙を俺に引かせることも出来たんじゃないかと。
考えて、考えて、考えて。
辿り着く先にあるゲームの答えとは違う答えに。
俺は軽く額を押さえて、項垂れる。
「……どいつも、こいつも」
自分勝手にやりやがって。
「――タイムアーップ! 五分間のトーキングタイム終了だよー」
パンパンと笹倉さんの手を打つ音と共に、俺は顔を上げる。
妹と目が合った。
「……なに?」
「……なんでもない」
俺は視線を逸らして、笹倉さんに配られた白紙のメモに視線を落とす。
「じゃあ、そこに仲間外れの人狼の名前を書いてね―」
全員がチラリと俺の方を見た。七神だけは、ニヤニヤと笑いながら。
そうして、集められたメモを笹倉さんがテーブルの上にオープンする。
俺以外、全員のメモ用紙に俺の名前が書かれていた。
俺は、《笹倉桜》と書いた。
「なんで私の名前書いたの?」
笹倉さんが俺の書いたメモ用紙を拾って尋ねてきたので、俺は肩をすくめて言った。
「勝てないと思ったから」
「あはは」
クスクスと笑う笹倉さん。少しだけ可愛くないと思った。
「じゃ、結果発表! みんなが書いた通り、兄君が仲間外れでしたーっ」
パチパチと乾いた拍手を送る笹倉さんは、俺を見下ろして言う。
「じゃ、兄君。一発逆転のチャンスだよ。兄君以外に配られたワードが何か分かった? 当てられたら、兄君の勝ちだからね」
そういう笹倉さんを見やり、次にテーブルに着く全員の顔を見渡す。
「……そうだな」
何となく。正直に当てるのは気が引けたので、俺はあえて間違ったワードを告げた。
もちろん、不正解。
七神が自分のポケットから、ゲーム開始時に配られたワードの書かれたメモ用紙を取り出して見せて来た。
そこには、俺の想像した通りのワードが書かれていた。
――《恋人》。
「ねえ、怒った?」
午前のシフトを終えて、俺はスーツから制服に着替えてから笹倉さんと待ち合わせをした。
中庭で自販機のジュースを飲みながら、隣で首を傾げた彼女に、俺は「別に」と言う。
「というか、知ってたんだ。俺の妹のこと」
「あー、うん。修学旅行の後、七神君から聞いた。兄君の中学の時の話」
「……そっか」
別に隠すことでもないし、七神以外にも知っている奴は大勢いる。
だからこそ、誰に知られてもなんとも思わないし、終わった過去を気にするほど俺は子供じゃない。
「逆に聞きたいんだけど、俺の中学の時の話を聞いてなおも俺を好きになるってすごいな」
もしも俺が逆の立場だったら、きっと友達どころか知り合いすら辞めたくなると思うけど。
「うーん、そっかなあ。好きになった人のことなら、何でも好きになると思うんだけど」
「そんなもんか?」
「うん。だから、兄君の妹ちゃんも好きになると思うよ」
だからの意味が間違ってると思ったけど、言わなかった。
俺はジュースを飲みながら、中庭から見える屋台をぼんやりと眺める。
クレープに焼きそば、たこ焼きといったオーソドックスな出し物に並ぶ人達が見える。
そう言えば、もうお昼だもんな。
「あのさ。私からも1つ聞いて良い?」
笹倉さんが飲み干したコーヒーをゴミ箱に入れて言う。
「兄君って、妹ちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって……どういう意味?」
「好き?」
「いや。仲は悪いな」
ほんと。
「うーん。そうじゃなくて、好きか嫌いかって言ったら?」
「……嫌い」
即答できた、と思う。
どういう意図なのかと思い、「なんでそんなことを聞くんだ?」と尋ねてみると、
「だって気になるじゃん。彼女としてはさ」
「彼女だから?」
「彼女だから」
そんなもんか。
残念ながら、俺は何も気にならない。
彼女に兄がいようが、妹がいようが関係ない。
俺の視線の先は、文化祭の喧噪で賑わっているが、何一つそこの音はこちらには届いていなかった。
まるで俺の世界と日常が切り離されたかのように、視界が灰色になる。
……帰りたいな。
ふと、何か柔らかいものが俺の腕に当てられたのに気付く。
視線をそちらに移すと、笹倉さんが俺の腕に抱きついて胸をこれでもかと押しつけていた。
「ね、兄君。文化祭終わったら、エッチしようか」
「しない」
「えー。だって、私達もう付き合ってるんだし。いいじゃん」
「付き合ってまだ1日じゃん」
「《1日記念日》で」
「それ、毎日が記念日にならない?」
「ふふっ。毎日が記念日って、なんかいいね!」
そうだろうか。面倒くさいだけだと思うけど。
俺は笹倉さんの胸から腕を引き抜くと、腕時計を見ながら中庭から出ようとする。
「どこ行くの?」
「妹と待ち合わせの時間だから」
「彼女より、妹ちゃんを優先するんだ?」
ぷーっと顔を膨らませて拗ねる笹倉さんに、俺は溜め息を吐き出しながら言う。
「このかより優先するものなんてないからな」
パチクリと瞬きをした笹倉さんは、小さく笑みを浮かべて「ちぇ」と軽く舌打ちをした。
「シスコン」
「違う」
そういうんじゃないんだよ。これは。
俺は中庭から出て、校舎に戻りこのかと約束の場所へ向かう。
心なしか、足取りは軽かった。
何故だろう。どうしようもないほどに。
すごく、妹に――このかに会いたかった。
後編と書きながら、もう少し続きます。




