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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第三十五話:妹の後輩と鼻メガネと買い出し

不要なものを買うのが女子の買い物だ。

――きっと今朝の星座占いでは、俺の運勢は最下位だったのだろう。

その人物を認めた瞬間、俺は犬の糞を踏んだように身体を硬直させてしまった。

「げっ」

「――『げっ』ってなんですか、兄先輩!? 私の顔を見た瞬間、マヨネーズを顔にぶちまけられたような顔をしないでくれますか!?」

喩えがよく分からん。どんな顔だ。

高校からほど近い駅前のホームセンターで、文化祭準備の買い出しに来た俺は、不遇にも久々野空子くくの くうこと遭遇してしまった。

帰宅途中らしく、制服に赤いテニスラケットの入ったバッグを背負った久々野ちゃんは、とてとてと俺に近づいてきた。

「えへへ。奇遇ですね、兄先輩。こんなところで会うなんて。学校帰りですか?」

「いや、文化祭準備の買い出しだよ」

「ははあ。そう言えば、明日でしたっけ、兄先輩のところの文化祭は」

チラリと久々野ちゃんは、俺の手提げのカゴを見やる。

そこには、買い出しで頼まれた紙コップやコーヒーフィルターが入っていた。

「兄先輩のクラスは、カフェをやるんでしたっけ?」

「ああ。普通のカフェとは違うけどな」

「そういえば、このか先輩が言ってましたね。なんでしたっけ、えーっと……《ボートレースカフェ》でしたっけ?」

「惜しいけど違うな。確かにボートレースを見ながら飲むコーヒーの一杯はアダルティに富んではいるけど、残念ながら高校でやるものではないな。そもそもウチの高校にボートも池もない」

「ああ、間違えました。《ボーイズ芸カフェ》でしたね」

「それも違う。どういうカフェかは少しだけ気になるし、一部の女性陣には需要がありそうなカフェだけど、残念ながらそれも高校でやるものではないな」

「思い出しました! 《仲の悪い僕と妹が異世界転生したら、何故か妹が魔王で勇者の僕が倒しに行った後、カフェでコーヒー飲むんだ》でしたよね」

「違うし、長いし、よく分からないし、しかも最後は完全にフラグだし……とにかく全部間違ってる」

「まあ、当日の楽しみとしておきましょう。私もこのか先輩たちと一緒に行く予定なので」

「マジか。それは初耳だぞ」

「今、決めましたから」

それは予定とは言わない。

雑談を終えて、俺は小さくため息を吐く。

「そういう久々野ちゃんは、こんなところで何してるんだ? そっちは学校帰りだろ?」

「ですね。中間テスト前で部活がないので、自主練用のテニスボールを買いに来ました」

「部活がないのに、テニスラケットは持ち歩いているんだな」

「あはは。朝練は自由参加なんですよ」

「ふうん?」

少しだけ気になったが、深く追求しなかった。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」と手を振って久々野ちゃんと別れようとすると、ぐいっと腕に小さな身体が抱きついてきた。

「まあまあ。そんなつれないこと言わないでくださいよ。私も買い出し手伝いますって」

「いや、いいって。そんな量もないし」

「あ、これが買い出しメモですね。見せてください!」

「おいっ」

左手に持っていたスマホを奪われ、クラスメイトから送られてきたメッセージを見られる。

「ふむふむ。あと足りないものは、ビニール手袋と毛糸ですか」

「おい、返せよ」

「はいどうぞ。兄先輩、カフェで毛糸なんか何に使うんですか?」

俺はスマホをもう奪われないように、ズボンのポケットに仕舞う。

「ああ、コースターを毛糸で作ってるんだよ。クラスの女子がそういうのが流行りだって言っててな」

「なるほど。インスタ映えしますもんね。ふっ、これだからガールってる奴は……」

「一応、お前もガールだろ?」

「まあ、ガールですね。チ●コ付いてませんから」

……。ん?

「今、なんつった?」

「チ●コ」

「あん?」

「チ●コ」

「……」

「……。――私、毛糸持ってきますね!」

ダッシュ&ダッシュ。

くるりと回れ右をした久々野ちゃんは、その場から逃げるように別の売り場へと走り去ってしまった。

「……厄日だ」

頭を掻きながら、さて早く買い物を終わらせようと、踵を返すと、


「やっほー、兄君! 奇遇だね!」


俺と同じ高校の制服を着た少女が、むにっと俺の頬をつまんだ。

「……厄日だ」

「大丈夫。今日は素晴らしい日だよ。私にとってはね?」


曇天のような顔をした俺を照らすように、笹倉桜ささくら さくらは太陽みたく笑った。




「兄君も買い出しなんだ。奇遇だね、私も買い出しなんだ」

そう言った笹倉さんは、すでに買い出しを終えたらしく、両手に提げたビニール袋を掲げる。

大小合わせて4つのビニール袋には、色々入っていた。

「随分多いな。何買ったんだ?」

「んーとね。最初に頼まれたのは、黒ペンとクラッカーと鼻メガネだったんだけど」

「うん」

クラッカーと鼻メガネには突っ込まない。きっと彼女のクラスには必要なんだろう。

……鼻メガネが必要な出し物ってなんだよ。

「ホムセンに付いて色々見てたら、なんか欲しいものがたくさん出てきて。気付いたらこんなになっちゃった」

「こんな?」

「こんな」

俺と笹倉さんは、4つのビニール袋に視線を落とす。

女子の買い物はとにかく長いと聞くが、なるほどその理由の一片が分かった気がした。

「……分かった。悪いけど、俺の買い物が終わるまで、ちょっと待っててもらっていいか?」

「え? それはいいけど、なんで?」

笹倉さんが不思議そうに首を傾げる。

「なんでって」と俺は肩をすくめて顎で彼女の持つビニール袋を差す。

「その荷物は俺が持つから」

「……」

パチクリと瞬きをした笹倉さんは、「ふふっ」と笑う。

「やっぱり、優しいね」

「なわけ」

「ううん。普通に優しいよ」

「……」

違う。それは違うよ、笹倉さん。

君が思ってるほど、俺は優しくないし。

君が思ってるほど、俺は普通じゃない。

そうあろうとしただけ。

そうなろうとしただけ。

一度壊れたプラモデルを、必死に組みなおす子供のように。

割れたコップが二度と直せないと知りながら、必死に破片を集める愚者のように。

ただ諦めが悪いだけだ。

「――ありがとう」

だけど、そう言ってくれるのは、そう見てくれるのは嬉しいから。

俺は小さく感謝の言葉を告げる。

「……ねえ、兄君。明日の一日目の文化祭なんだけど」

ふと糸と結ぶように笹倉さんが呟く。

「私のクラスの出し物を見てくれる?」

「確か、何かよく分からない笹倉さん主体の出し物だっけ?」

「うん。何かよく分からない私の出し物」

本人がよく分からないとか言っちゃダメだろ。

だが、彼女は真顔で続ける。

「その出し物の後。もしよければだけど、私と文化祭を回ってくれると嬉しいな」

「……」

明日……。

妹が文化祭に来るのは、明後日の二日目だったっけか。

俺は少しだけ考えて、「いいよ」と答えた。

「俺もクラスの出し物の手伝いがあるから、午後になるけど。それでいいなら」

そう言うと、笹倉さんはパァっと表情を明るくさせた。

「うん! 大丈夫! 私、兄君の都合に合わせるし! 都合の良い女だし!」

「いや、その言い方は語弊があるし、周りの目も気になるから大声で言わないで」

「やった。兄君とデートだ。よぅし、鼻メガネを大量に買っておいて良かった。やったぜ、私」

小さくガッツポーズをしている笹倉さんは、にこやかにビニール袋に入った鼻メガネを見て含み笑いをする。

俺と鼻メガネの関係性について、すごく興味があったけど、なんか怖かったので聞かない方が良さそうだ。

まるで父親に遊園地に連れて行ってもらえる子供のように笑う笹倉さんを見て、自然と俺も頬が緩んだ。

……。

………。

…………え?

むにっと自分の頬を掴む。

「……どうしたの、兄君?」

「なんでも、な――ぐふっ」

背中に強い衝撃を受けて、セリフがキャンセルされた。

たたらを踏んだ俺は、背後を振り返ると、そこには頭一つ分低い少女がジーッと俺を睨みつけていた。

「人に買い出し手伝わせておきながら、自分は何女の子とイチャイチャしてるんですか」

久々野ちゃんは半眼で俺を見つめ、俺のカゴに多色の毛糸を放り込んだ。

「はい、毛糸」

「あ、ああ……悪いな」

すっかりこいつの存在を忘れていた。そういえばいたな、こんなチンチクリンの暴走列車。

「けいと……?」と笹倉さんが、訝しげに俺と久々野ちゃんを見やり、

「なんだか親し気だけど、兄君、その子は?」

「ああ、これは……」

「――彼女です!」

赤の他人と言おうとして、だがそれも久々野ちゃんの横やりで上書きされてしまった。

「……違うだろ」

「いでっ! 酷い、DVだ! 《デイビット・バレンティーナ》だ!」

デコピンを久々野ちゃんの額に一発お見舞いする。

誰だよデイビット。それを言うなら、《ドメスティック・バイオレンス》だろ。いや、それも本来は違うんだけど。

「えーっと?」

困惑する笹倉さんに、俺は「こいつは妹の後輩だよ」と正しい情報を伝える。

「あ、そうなんだ。彼女じゃないんだよね?」

「違うって」

「兄先輩の懐刀にして、鉄砲玉にして、特攻隊隊長の久々野空子、中学二年です」

「久々野ちゃんにとっての俺って一体なんなのか、今度じっくり話した方がよさそうだな」

「そうですね。ベッドの上で全裸になって語り合いましょう」

「やだよ」

「えー」

不服そうに唇を尖らせた久々野ちゃん。

すると、くいっと俺の腕を引っ張った笹倉さんが「私、もう戻るね」と言った。

「え? あ、ちょっと待って。荷物持つって」

「ううん。大丈夫。これくらい、サッカー部のマネージャーやってるんだから、持って帰れるよ。それに早くクラスの準備に戻らないといけないしね」

「……そっか。悪いな」

「じゃあ、また明日ね」

手を振って笹倉さんが出口に向かう。

彼女の姿が見えなくなると、突然ぎゅっと靴が踏まれた。

「いてぇな! 何すんだよ!」

「浮気ですか?」

「は?」

「……まあ、何でもいいですけど」

ぷいっと久々野ちゃんが顔を反らす。一体なんだってんだよ……。

「あの人……。兄先輩にホの字ですね」

「よくわかったな」

「……私、あの人。苦手です」

「ああ。俺も苦手だよ。久々野ちゃんの次くらいにな」

「そうですか。――って、私の次ですか!? 私がナンバーワン、オンリーワンですか!?」

驚いたようにギュギュっと俺の靴を踏む力を強める。

「いててっ! 待て待て。ナンバーワンっつーことは、俺にとって久々野ちゃんはかけがえのない存在ってことだ!」

「……ほんと、ですか?」

「ああ。お前は俺にとって……そうだな、すき焼きに入れる春菊くらいには、大切な存在だ」

俺はすき焼きに春菊は入れない派閥の筆頭だけど。

「そうですか。それなら、いいです」

いいんだ。それで。

久々野ちゃんは俺の靴から足を退けて、小さく呟く。

「……兄先輩。あの人とデートするんですか?」

「聞いてたのかよ」

「ヤフーでググりました」

凄いな、グーグル先生。というか、わざわざヤフー使うのかよ。

「……兄先輩。ちょっとお願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」

「なんだよ」


「明後日の兄先輩の文化祭。私とデートしてください」


「いやだ」

流石に三人目は即答で断った。

文化祭編です。

しばらく例の人はお休みです。

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