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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第三十話:妹とウェーイ

リスクのないゲームは、ただのエンタメだ。


俺は今日ほど、菅谷姿すがや すがたという人物と出会ったことを、後悔する日はなかっただろう。

そんな当たり前に気が付かなかったほどに、俺は間違いなく愚者であったに違いない。

それと同じくして、菅谷姿も浅はかな賢者であったことに認めるほかなかったのだろう。

『なあ、少年。最近の高校生は、《ウェーイ》だけで会話が成立すると聞いたのだが、果たして本当だろうか?』

何気ないバイト中の同僚との雑談。

どこからそんなホラを聞いたのかは知らないが、俺は姿さんに『そんなわけないでしょ』と肩をすくめた。

『確かに今の高校生は、スマホを開けばSNS、写真を撮ればインスタ、掛け声は全部《ワンチャンあるっしょー!》とノリと自由で生きている気がしますけど。流石にそんなアホなことはないでしょう』

『ふむ。だが、アメリカに旅行に行った日本人は、口を揃えて《イエスとプリーズだけで会話が出来る》と言っているぞ? ならば日本でも出来なくはないんじゃないか?』

『……なら、今度試してみますよ』

『それでいい。清々しい結果を期待しているよ、少年』

――これは、そんな一断片。

そして、俺は昨日の会話があった翌日――つまりは今日。

バイトから帰って、遅くまで読みかけだったミステリー小説を読んでいたせいか、登校したその後から非情に瞼が重かった。

授業を聞いているだけで眠くなり、会話をするだけで欠伸が漏れる。

眠い。早く帰って寝たい。

そんなうつらうつらと船を漕いでいると、帰りのHRでクラス委員長がこんなことを言い出した。

『来月にはいよいよ文化祭だ! そこで俺達のクラスから文化祭実行委員を一人出すことになった。誰かやりたい奴はいるかー?』

……文化祭実行委員。

ああ、そう言えばそんなのがあったな。

俺は睡魔に抗いながら委員長の話に耳を傾ける。

『実行委員と言っても、クラスで何をするかを実行委員会に報告にするだけの……まあ、連絡係みたいなものだ。基本的にはクラス委員長の俺が、クラス展示の指揮はするからな。で、誰がやりたい奴はいるか?』

静寂そして沈黙。

文化祭は誰しも学生ならば盛り上がる一大イベントだが、連絡係ともなれば多少の面倒ごとを引き受けなければならない。

祭ではしゃぎたいけど、取り締まる雑用はしたくないという、何ともわかりやすいリアクションに、委員長も溜め息を漏らす。

『……まあ、やりたい奴なんていないよな。雑用みたいなもんだし。でも仕事もそんなないから、誰でもいいんだけど――』

……なんだか長くなりそうだな。

そう思った俺は、眠気も最高潮に達してきたということもあり、そこでふと姿さんからの雑談を思い出していた。

――最近の高校生は、《ウェーイ》だけで会話が成立する。

……。………。

そこで、俺の思考は途切れた。

そこから先は、委員長から聞いた話だ。


『じゃあ、帰宅部の奴がやればいいんじゃない? 部活ある人は、部活の出し物とかあって忙しいだろうし』

『あー、それいいね。そうしようよ!』

『なら、帰宅部の奴って誰がいたっけ?』

『兄君、確か帰宅部じゃなかったっけ?』

『お、じゃあお前に任せるかな? どう、やれる?』

『……うぇーい』

『なんだよ、なんか凄い眠そうだけど……まあ、やる気は伝わんな! 《うぇーい》を言う奴に悪い奴はいない! 決まりだぜ、うぇーい!』

『うぇーい!』

『……うぇーい』

『じゃ、実行委員も決まったことだし。明日までにクラスでは何をやるかを各々考えてきてくれ! じゃあ、解散!』

『ウェーイ!!』


俺もアホだが、間違いなくクラスの奴らもアホだろう。

そんなわけで。こんなわけで。

不幸にも、俺の優柔不断な《ウェーイ》のせいで、文化祭実行委員なんかに任命されてしまった。


「……それ。ただ兄ちゃんがアホなだけじゃん」


そんな本日の《ウェーイ》にまつわる悲しくもアホらしい俺の愚痴を聞いた妹は、まさにアホを見るような目で頭を振った。

「帰宅してくるなり、まるでコンビニでパスタを買ったら、フォークじゃなくてストローを付けられたよう顔で、リビングに来るから何があったかと思えば……ホント、くだらない」

「悪いな、心配したお前がクソ不味いコーヒーまで煎れたくれたのに」

「兄ちゃんなんか心配してないし、私の煎れたコーヒーは不味くないから。……え? 不味かった? ちょっと飲ませて……まずっ!? 何これヘドロみたい!」

ただコーヒーを煎れるだけで、液体ではなく固形物を生成出来るのは、妹だけだろう。

これどうやって作ったんだろう。ただドリップパックのコーヒーにお湯を注ぐだけなんだけど。

まあ、いい。すごく気になるけど、それは後回しだ。

「……で? 何をそんな落ち込んでたの? バイトの時間が減るとか?」

「いや、それは別にいいんだけど。面倒くさいのは、色々と決めないといけないことなんだよ」

「ああ、兄ちゃんって決めるの苦手だもんね。優柔不断っていうか、はっきりしないっていうか。……色々なこととかね」

少しだけトゲのある言い方だったが、俺は無視をする。

「それで、何を決めないといけないの? いいじゃん、実行委員って連絡係だけなんでしょ?」

「出し物を決めないといけない。それが面倒くさい」

「でも決めるのはきっとクラス全員でしょ?」

「きっと色んな意見が出てくるからな。カフェとかお化け屋敷とか。好みがあるわけだし、そんなのどうせ多数決でも決まるのは時間かかる」

「にゃるほど。決めるのに時間を掛けるのが嫌なのね。決めることが嫌いで、それに時間を掛けるのも好きじゃない。ホント、いつまで待たせるんだろうね?」

妹が溜め息を吐き出す。

なんだろう、すごくトゲどころか槍のような言い回しだ。

「じゃあ、全員が納得する提案を兄ちゃんだ出せばいいんじゃない?」

「それはそうなんだけど……。何がいいんだろーな?」

ウチのクラスは部活に所属している人間が多く、きっと文化祭当日はクラスの出し物に参加できる人間は少ないだろう。

なので大規模なものは出来ないし、とはいえ小規模過ぎると反対される。

せっかくの文化祭だし、色々と派手に遊びたいだろうが、それでもきっと面倒くさいことは嫌う。

お祭りは楽しむだけ楽しんで、ゴミと後片付けは自分以外がやればいい。

なるほど、《ウェーイ》で盛り上がる人間らしい、自分勝手な生き物だ。

だけど、それも仕方ないことなんだろう。

誰だって、綺麗なモノは好きで。

汚いモノは嫌いで。

楽で楽しいことは大好きで。

面倒でつまらないことは大嫌いだ。

やがて妹はソファに寝転がっていたのを起き上がると、背伸びをして「うーん。じゃあ、お金の掛からない遊びにしたら?」と提案した。

「遊び? ゲームか?」

「うん、それもクラスから持ち寄りで。管理が大変だろうけど、小規模で傍目からでも面白そうだし」

「遊びねえ。ベーゴマ、羽根突き、竹馬とかか?」

「いや、それはそれでもいいけど。ちょっと地味過ぎない? っていうか、今の高校生ってベーゴマなんか持ってるの?」

「持ってるだろ。高校生の一日の大半は、ベーゴマの練習で終わる」

「嘘つき」

「まあ、嘘だけど」

誰もが持っていて、誰もが興味を引く遊び。

ゲーム……テレビゲームはダメだ。もしも壊れたりしたら迷惑が掛かるし、しかも高価なものばかりだ。

ならアナログのものなら……トランプとか。いや、面白いか? 文化祭でトランプだけって。流石に景品とかないと盛り上がらな――。

「……あ」

「どうしたの、兄ちゃん?」

「アナログゲーム……ボードゲームカフェとかどうだろう?」

ボードゲームなら単価は安いし、それに最近流行っていると聞く。

カフェ形式にしても、配膳は完全セルフにしてしまえば、後は入場料だけ貰えば自由にプレイング出来る。

中々いいかもしれない。

「うん、いいんじゃない? ボードゲーム。それならウチにも色々あったと思うし。家にある人は持ってきてもらえば、多少予算も少なくなるだろうしね」

「ウチにボードゲームなんかあったっけ?」

「あるよ、お母さんの部屋に。あとはテニス部でも流行ってる奴があるの」

そう言って、妹はソファから降りて「ちょっと待ってて」と言って、二階の自室に向かっていった。

そして降りてくるなり、俺に黄色い箱を見せてきた。

「これ。《ドッグ&チョコレート》って言うんだけどね。面白いんだよ」

「へえ……。発想カードゲームねえ……」

妹から箱を受け取り、裏面のルール説明に目を通す。

ふむ、お題に沿ってカードを出しながら発現する、大喜利のようなゲームか。

「……ねえ、兄ちゃん。せっかくだし、それでちょっと遊ばない?」

このかから、含みのある声で言われる。

顔を箱から逸らし、声のした方へ見やると。

何やら自信ありげな表情で俺を見つめるこのかがいた。

「いいけど。発想ってことは想像力が重要なゲームだろ? 中学生のお前に俺が負けるわけねえだろ」

「子供の方が柔軟力は高いと思うけど。それに兄ちゃん、アホだし。普通に勝てると思うなー?」

「お前、ゲーム下手だろ」

「それはテレビゲームの話だし」

見えない火花が散る。

俺もこのかも、何気にゲームはかなり好きだ。

一緒にゲームをやる機会は滅多にないが、それなりにプライドと信念を持ってゲームをする。

「そこまで言うなら、兄ちゃん。何か賭けようよ」

「いいぞ。何を賭ける? お互いの秘蔵の一発ギャグの使用権を1つだけ賭けるか?」

「いや、そんなの私持ってないし! じゃなくて……そうね。《負けた方は、勝った方のお願いを1つだけ叶えること》。それでいい?」

「なるほど。俺の一発ギャグ1つだけじゃなくて、49個の全ての一発ギャグの使用権が欲しいのか。欲張りさんめ」

「いや、だから要らないってそんなの――っていうか、49個もあるの!?」

「お前には1つも渡さねえよ」

「いや、だから要らないって! ああ、もう! いいからやるよ、兄ちゃん」

溜め息を吐いた妹は、カードゲームの入った箱を開けた。

書き切れなかったので、続きます。

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