第二十八話:後輩と妹の好きなモノ
パンツをそのまま見せられるより。
パンツを穿いていないスカートを眺める方が。
なぜだか、そちらの方がエロく感じる。
「――兄先輩、私に何か言うことはありませんか?」
満面の笑顔を浮かべた久々野空子は、まるで何かを期待するかのように俺に顔を近づけてそう言った。
俺はそんな彼女の笑顔を眺めつつ、ふむりと考える。
そうして、指をピンと立てて答えた。
「背筋を伸ばしてウンコをすると、快便が出やすいらしいぞ」
「へぇー。……って、どうでもいいですよ、そんなウンコの話!」
日曜日の不知火書店にて。
休日だと言うのに閑古鳥が鳴くほどに客がいない店内で、久々野ちゃんがレジカウンターを叩いた。
レジカウンターを介して対面に座る俺の目の前で、久々野ちゃんは火山が噴火したように吠える。
「ウンコの話なんてどうでもいいんですよ! 話がそんなウンコの雑学を欲してるんですか! 便秘ですか、私が便秘と恋に悩む女子だと思いましたか! ウンコと恋の板挟みですか! いや、そもそもの話、ウンコって――」
「おい、客がいないからってそう何度も《ウンコウンコ》と連呼するな。TPOくらい守れよ」
「あぐっ。……そういう兄先輩は、デリカシーを身につけましょうよ……」
ジト目で言う久々野ちゃんは、小さな溜め息を吐き出した。
早く帰らねえかな、こいつ……。
俺が呼び出しておいてなんだけど……。
高校の修学旅行で頼まれたお土産を渡すために、俺は彼女をバイト先である不知火書店に呼び出した。
元々俺は彼女――というより女子中学生という生物――に対して苦手意識を持っているため、お土産は買っても直接渡すつもりはなかった。
なので妹に頼んで、代わりに渡して貰えばいい。そう最初から考えていた。。
だが、昨日妹に岡崎神社で買ったうさぎのおみくじを、久々野ちゃんに渡すようにお願いしたところ、
『……自分が買ったお土産でしょ。自分で渡せば?』
とややご機嫌斜めな口調で断られてしまった次第である。
まあ、普通お土産は直接渡してこそ、意味があるからな……。
仕方なしに、俺は本来予定していた邪道を諦め、正攻法で久々野ちゃんにお土産を渡すために、こうして彼女を俺のバイト先に呼び出したわけである。
本日の俺のシフトは午前中のみだったため、昼前に顔を出すようお願いした彼女は、時間通りに十一時頃に店にやってきて、俺からお土産を受け取った。
「ありがとうございます、兄先輩! これで三匹目のうさぎさんですーっ。ぴょんぴょん!」
両手を頭の上に掲げて、ウサギのマネをした彼女の姿に若干の苛立ちを覚えたが、それはまだいい。
それよりも、三匹目……という言葉が少しだけ引っかかりを覚えたが、特に追求することもなく、俺は用事を果たしたため仕事に戻ろうとレジ周りの整頓を始めていると、
「それはそうと、兄先輩。私に何か言うことはありませんか?」
という先ほどの質問が来たのである。
「俺が久々野ちゃんに言うことはもうねえよ。頼まれたお土産を渡した。以上だ」
「ふうむ。ホントにそれだけですかぁ? 何かぁ、このか先輩とあったんじゃないんですかぁ?」
ニタニタと。ニヤニヤと。
気色悪そうに笑う彼女を無視して、俺は「何もねえよ」とだけ答えた。……そう答えるしかなかった。
「……ま、いいですけどね。二人だけの思い出にしたい気持ちは、私も理解できますし」
別にそんなんじゃねえよ……と否定しようと口を開きかけたが、余計なことは言わない方が良さそうだ。
口は災いの元。久々野ちゃんから引いてくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「それはそれとして、ですね。兄先輩」
「……なんだよ、まだ話があるのかよ?」
今は客がいないとはいえ、仕事はそれなりにある。早く自分の分の仕事を終わらせないと、午後のシフト交代の人に迷惑が掛かってしまう。
ちなみに今日の午後シフトの人は、菅谷姿さんだ。
出来ればあの人に俺の仕事を手伝ってもらうのは避けたい。後が怖い。彼女に借りを作るのは、死神に魂を売る以上のリスクがある。
「そりゃもう当然ですよー。女子中学生の辞書に《話題がない》ことはないんですよ! えへん!」
何を威張る要素があったのかは知らないが、薄い胸を張る久々野ちゃん。
「それで? 話があるならさっさとしてくれよ。こっちはバイト中なんだから」
「まあまあ。そう急かさないでくださいよ。と言いつつ、確かに兄先輩、お仕事中ですもんね。手短にします」
こほんと小さく咳払いした久々野ちゃんが続ける。
「そろそろこのか先輩の誕生日じゃないですか。ほら、来週の月末。九月三十日がこのか先輩の誕生日でしたよね?」
「……そうだっけか?」
聞き流すように、俺は手を止めずに答える。
どうでもいい話だ。妹の誕生日なんて、背筋を伸ばしたら快便になる雑学くらいにどうでもいい。
「そうなんですよ。で、このか先輩にお誕生日プレゼントをあげたいんです!」
「その久々野ちゃんの気持ちだけで、妹は号泣必須だから安心しろ」
「何言ってんですか……。気持ちなんか貰ったって全然嬉しくないですよ。私なら甘い物かお金を貰えると嬉しいです」
女子中学生はリアリストだった。まあ、当然っちゃ当然だろうけど。
「そんなわけで、このか先輩の好きなものってなんだと思います? 何をあげれば喜んでくれますかねー?」
「今時の女子中学生の欲しいものを、男の俺が分かると思うか? そういうのこそ、久々野ちゃん達の方が詳しいだろ」
「いやあ……。それだとサプライズ感がないっていうか……。とにかくっ、今年はこのか先輩も卒業ですし、何か思い出になるものを贈りたいんです!」
熱烈な後輩だった。このかの奴は、こんな後輩を持って幸せだろうな。
「はあ……分かったよ。このかの好きなものを教えればいいのか?」
「いえ、このか先輩の好きなものは分かってるんです。後は何を贈れば喜んでくれるかが悩みどころで……」
腕を組んで頭を傾げる久々野ちゃんが言う。
「兄先輩、候補としてはシャツかパンツ、下着のどれかがいいかなーと思ってるんですけど。どれがいいと思います?」
服をプレゼントするつもりなのだろうか。
まあ、女子の欲しいものの筆頭は洋服かアクセだからな。
それに女子同士で下着を贈り合うのもおかしくはない。
そう言えば、このかの奴、最近下着のサイズが合わないって呟いていたな。
太ったのか? と尋ねると「死ね」と言われて以降、俺は何も言わないようにしていたが、きっと成長ゆえのものだろう。
俺は「そうだな……」と作業から手を離し、代わりに顎に手を当てて答える。
「下着が良いんじゃないか? あいつも最近欲しいって言ってたし」
「ほほう。なるほどなるほど……分かりましたっ! じゃあ、兄先輩!」
笑顔で俺に手を伸ばす久々野ちゃん。
俺はそんな彼女の手を不思議そうに見つめていると、久々野ちゃんが言った。
「兄先輩の今穿いてる下着、ください!」
「……え、なんで?」
「え? いや、このか先輩の誕生日プレゼントにするからですけど……? 兄先輩が今言ったんですよ?」
「いや、確かに言ったけど。なんで俺の下着なんだよ?」
「まあ、いいじゃないですか。減るもんでもないですし、きっとこのか先輩、喜びますよー?」
「泣くと思いますよー?」
兄貴の下着を貰って喜ぶ年頃の妹なんていてたまるか。
「はっはっは。まあまあ。それはプレゼントをあげてからのお楽しみですよー。じゃ、ほら、つべこべ言わず。脱げ」
笑顔でレジカウンターを超えて久々野ちゃんが近付いてくる。
「うわ、何こっち来てんだよ! 来んな、こっち来んな!」
「男に二言はないですよね? ほらほら、脱ぎましょ? 大丈夫です、怖くないですよ~?」
「十分怖いわ! おま、ベルトを掴むな! やめ――っ」
それから、俺の下着をはぎ取ろうと襲いに掛かる久々野ちゃんから、どうにか小一時間ほど逃げ続けることに成功したものの。
結局午前中の仕事が終わらず、午後シフトで出勤してきた姿さんが罰として、俺の下着を求めて鬼ごっこの第二ラウンド、かつハードモードが始まったのは――。
また別の話。
姿「好きな人のパンツを被りたいと思うのは、普通のことだと思うのだよ」
兄「大変な変態ですね」
姿「変態が大変なんだよ」




