番外編:菅谷姿の●●●●
一富士二鷹三茄子。
四扇五煙草六座頭。
――菅谷姿はこう考える。
《一年の計は元旦にあり》なんてものは、糞くらえだ。
バカ正直に今年一年の抱負なんて考えているようでは、叶うわけもない。
そういう奴に限って、年の瀬が迫った頃に一年を振り返って「まあ来年やればいいや」と炬燵で丸くなるんだ。
……ならば、どうすればいいのか?
答えは簡単だ。
すぐに行動すること。
一年をかけてやるんじゃない、すぐに行動すること。
今日、明日、明後日、明々後日。
時間を掛けてもいい、どれだけ時間を掛けてもいい。
行動を心掛けること。毎日、行動すること。
それが結果的にルーチンワークとなり、目標となり、目的となり、結果につながる。
言うならば、そう。
私の――菅谷姿なりの――清々しい言い換えをするならば――。
一年の計は毎日にあり、だ。
「……そんなわけで。少年の今年の抱負を聞かせてくれ」
「そんな前置きをしておきながら俺の抱負を聞くとか、あなたはバカですか?」
一月一日。つまりは元日。
清々しいほどに晴れた冬空の下で、私はコンビニで偶然見つけた勤務先の同僚である少年と談笑を交わしていた。
少年をコンビニ前のベンチに腰を下ろさせ、その隣に私が座る。
「バカじゃないよ、姿さんだよ。さて、新年一発目から少年の罵詈雑言をありがたく受け取ったことだし、今年はいい一年になりそうだ」
「俺の罵倒から始まる新年でいいんですか、あなたは」
ジト目で言う少年に、私は片手を差し出した。
「……? なんですか、この手は?」と少年。
「お年玉ちょーだい」
にっこりと笑う私に、少年は呆れたように私の手をたたき落とした。
「いやいや。なんで俺が、年上のあなたにお年玉をあげないといけないんですか。むしろ俺にくださいよ」
「別に年上が年下に貰っちゃいけないなんて法律はないだろ? ちっ、仕方ないなあ。じゃあ、姿さんからのお年玉だよ、ほれ」
私は少年の頭を殴った。
「いてぇっ!? 何するんですか!」
「お年玉だよ、少年。君こそ何を言っているんだ?」
「……帰る」
「まあ、待てよ少年。冗談だよ、いつもの姿さんジョークだ。怒るなよ、生理が止まるぞ?」
――男の俺に生理はねえよ。
そう呟いた少年は、渋々ベンチに座りなおす。
私はふうと溜め息を吐いて、ズボンのポケットに手を突っ込みながら空を見上げる。
「にしても、まさか新年早々、大好きな少年に会えるとはね。昨年は少年と出会ったことだし、今年も良いことがありそうだ」
「俺的には、新年早々に姿さんとは会いたくありませんでしたけど」
「またまた、ツンデレさんだな、少年は」
「……」
無言はやめろよ、姿さん寂しいだろ。
「全く。少年は変わらないな。初めて出会った時よりは丸くはなったものの、まだ表情が硬い。ツッコミは鋭くなったけどね」
「俺はこれがデフォルトなんですよ」
「笑えよ、少年。笑う門には福来るんだぞ?」
「福が来たから笑うんでしょ?」
「ふむ。清々しい返しだ。姿さん、そういうの好きだぞ」
「さいで」
少年は素っ気なく、コンビニで買った肉まんをビニール袋から取り出してかぶりついた。
そういえば今の時間はお昼か。
新年早々、元旦も元日なのに餅やおせちではなく、コンビニの肉まんというのは何とも彼らしかった。
「さて、話を戻そう。少年の今年の抱負はあるのかな?」
「その話題、終わってなかったんですね……」
肉まんを食べ終えた少年に、私は再び問いかける。
「あたりまえだよ。姿さんの趣味は、思春期の迷える少年少女達の悩みを聞いて笑うことだからね」
「悪趣味だ……」
辟易したような顔を作る少年。
軽くため息を吐いた少年は「逆にですけど……」とこちらを見た。
「フリーターの姿さんこそ、今年の抱負はあるんですか?」
「私か? そうだな……。地球を救うことかな」
「スケールがでかい!」
「それか毎日、コンビニのお釣りを募金箱に入れることかな」
「急にスケールが小さくなった!」
「いやいや、それが結果的に地球を救うことになるわけだよ。募金=平和だよ」
愛は地球は救わず、金は地球を救う。
同情するなら金をくれってやつだね。
「はあ……。姿さんは、いつまでもフリーターでいいんですか?」
「どういう意味だい、それは?」
「フリーターだと将来は不安じゃないですか? 不知火書店のバイト代はたかが知れてますし、あの金額だけでは生活するのは厳しいでしょう」
不知火書店というのは、私と少年の勤務先だ。
時給は地域の最低賃金より数十円高いくらいで、コンビニより安いが仕事が楽なので文句は特にない。
ふむりと私は頷く。
「まあ、生活に関しては君が気にする必要はないな。人生に仕事は付きものだが、仕事に金は付きものではないからね」
給料のいい仕事が必ずしもいい仕事とは限らないからな。
「私は私のやりたいように生きる。ひとまずは不知火書店で少年達と暇を潰すさ」
「自由ですね」
「自由だよ。だからこそ私はフリーターになったんだから。やりたいことが多すぎるからこそのフリーターなわけだしね」
「まさにフリーダムってやつですか」
「今年は、菅谷・フリーダム・姿と呼んでくれてもいいんだぞ?」
「呼びません」
「ふむ。清々しくないな」
まあ、呼ばれても反応しないけどね。
「じゃあ、次は少年の番だ。ほれほれ、抱負を言えよ。言っちまえよ。逆上がりができますようにとか」
「俺は小学生ですか」
「じゃあセキセイインコのモノマネが上手くなりますように?」
「俺は何を目指してるんですか」
「宝くじが当たりますようにとか」
「それはもはや抱負じゃない」
「地球が平和になりますようにとか」
「それは姿さんの抱負でしょ」
「腕がもう一本増えますようにとか」
「俺は人間を辞めません」
「来年こそは真人間になりますようにとか」
「今年が始まったばかりでしょうが」
今年も少年のツッコミは冴えわたっていた。
うむり、ボケていて楽しい。やはり私は突っ込まれるのが好きなのかもしれない。
女だからかな? はは、……張った押すぞ、メーン。
「全く。清々しくないな、君は。じゃあ少年の今年の抱負は一体なんだと言うんだ?」
「……俺に抱負なんかありませんよ」
少年は独白するように言う。
「何事もなければそれでいい。何事も起きない平穏な生活が送れれば、俺はそれでいいです」
「ふむ。何事も起きない平穏ねえ……」
全く、清々しくない抱負だった。
私は胸ポケットから煙草を取り出し、一本咥えてマッチで火を点ける。
「少年。私はね、未来とは素晴らしいものだと思っている」
未来を語るのは素晴らしく。
将来を見据えるのは輝かしい。
それが例え……望んでいないことでも。
「未来に過去は付きものだ。未来は未来だけでは語れない。――少年」
私はふうと煙を吐き出して言った。
「君は、もう少しだけ自分に素直になってもいいんじゃないのかな?」
「……」
少年は答えない。
「それがすぐにとは言わない。一年の計は元旦にあり、ではなく毎日にあり、だからね。日々の日常で少しだけ自分に素直になればいいんだよ。簡単だろ?」
「……素直に、ですか」
「そう。それが結果的に良くも悪くも、少年を変える一年になるはずだ。変わらない日常なんか、清々しくないだろ?」
「……ま、姿さんがそう言うなら」
少年はベンチから立ち上がる。
「少しだけ。今年は素直になってみます」
「うむり。毎日抱きしめるくらい、素直になってみるといい」
「……誰をですか」
「誰だろうねえ?」
ニヤニヤと私は笑う。
少年は笑わなかった。
「それじゃあ俺はそろそろ帰ります」
「うん。私も目的は果たしたし、帰るよ」
一本煙草を吸い終えて、私もベンチから立ち上がり車の置いてある駐車場へ歩き出す。
「目的って……やっぱり、俺とここで会ったのは偶然じゃなかったんですね」
「いいや、偶然だよ? 少年の近所をぐるぐると車で十五時間ほど回っていたら、たまたま少年を見掛けて話しかけた。ただ、それだけのことだよ」
「いや、それ必然じゃないですか」
――全くこの人は。
そう呟いた少年は踵を返す。
「それでは、またバイト先で」
「うん。ああ、少年。ちょっと待て」
私は少年を呼び止める。
怪訝な表情で振り返った少年は、「なんですか?」と尋ねた。
「言い忘れていた。明けましておめでとう。今年もよろしくな」
少年は一度だけ大きく目を見開き、苦笑して両手をズボンのポケットに入れたまま返した。
「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します、姿さん」
今年は、清々しい一年になりそうな予感がした。
遅くなりましたが、新年もよろしくお願い致します。
 




