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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第二十五話:妹と修学旅行ー前編ー

目的地に行って楽しむのが旅行で、目的地に行くまでを楽しむのが旅だ。


修学旅行の当日の朝。

学園生活を送る中で、おそらくは最たるイベントに当てはまるであろう旅行を目前に。

リビングで朝食を食べ終えて、小さくため息を吐いていた。

「……行くの、めんどくせぇな」

基本的に外出は嫌いじゃない。むしろアウトドアなイベントは好む方だ。そうでなければ、二輪免許なんて取得しようと思わない。

だが、所詮それは《自分が》決めたイベントであって、《他者》に強要されたイベントに対しては非常に抵抗感を抱いてしまう。

簡潔に言えば、宿題をやろうと思って取り掛かろうとしたら、親に「宿題をしろ」と言われると急にやる気を失くしてしまう。

まさにそれだ。

「……俺はガキか」

まあ、高校生なのでガキには違いないのだけれど。

仕方ない、三泊四日の我慢だ。そう思えば、大した期間でもない。

俺は飲み掛けのコーヒーを飲み干して、リビングを出た。

それでも自然と口から吐き出される息を床に落としながら、荷物を取るために二階の自室に向かうと。


「……あっ」


何故か俺の部屋から、妹が出てきた。

「……何? 邪魔なんだけど、そこどいてよ」

俺を不機嫌そうに睨みつける妹に、俺は「いやいや」と首を振って進路を塞ぐ。

「それはこっちのセリフだ。お前、俺の部屋で何をしてたんだよ」

「……別に。兄ちゃんに関係ないじゃん」

いや、大いに俺に関係あると思うぞ。っていうか、俺にしか関係ないと思う。

妹を観察すると、彼女は中学の制服を着ていた。秋服の黒のセーラー服。少し短めのスカートだが、今どきの女子中学生のスカート丈が短いか長いかなんてどうでもいい。

パンツが見えなければそれでスカートの役目は果たしているわけなので、スカート丈の長短は関係ない。興味があるのは下心のある男子だけだ。

ちなみに妹のスカート丈はちょうどいいと思う。何がちょうどいいかは知らないけど。

「……ま、いいや」

俺は身体をずらして、妹が通るスペースを空けてやる。すると、妹は駆け足で隣の彼女の自室へと入っていった。

どうせ俺の部屋から本でも借りて行ったのだろう。

俺の部屋には天井まで届く大きな本棚があり、その中には妹の部屋に収まらなくなった本が何冊かあるので、時々妹は俺の部屋に本を取りに来る。

きっと今のもそうなんだろう。

「にしても、せっかくの修学旅行だっていうのに、暇つぶし用の本を持っていくなんてな」

変なところで似た兄妹だ。

そう……。――妹も今日から修学旅行である。

期間は二泊三日と俺より一日短いけど、行先は同じ京都だ。

修学旅行の行先なんてほとんどが有名箇所ばかりなので、もしかしたら清水寺とかで会う可能性はないとは言えないが。

会ったとしても何がどうということはない。

俺が気にすることで言うならば、家族へのお土産で八つ橋の味が被らないことを願うだけだ。

そう考えながら、俺は自室に入り、荷物の入ったボストンバッグを掴んで部屋を出た。




気が付けば、修学旅行の一日目の日程は終わっていた。

集合場所である高校の最寄の駅に辿り着き、教員に先導されて電車に乗り、駅を乗り換え、電車を乗り換え、新幹線を乗り換えて。

ふと足を着ければ京都駅だった。

そしてそこからまたしても教員に先導されるままにバスに乗り込み、あちらこちらのお寺や神社を巡って、ふと顔を上げれば本日の宿泊予定のホテルに着いていた。

全く、思い出に残らなかった。

おそらく、クラスメイトと会話はしたと思う。

有名な建造物に対して、歴史を語り合ったと思う。

お土産を眺めて、笑いあったと思う。

昼飯には京都らしい食べ物を食べて、感想を言ったと思う。

でも、何一つ。思い出せなかった。

クラスメイトと語り、笑い、じゃれあい、突っ込み、ボケていたと思う。

だが、なぜだろう。それを何一つ。楽しかったという実感がなかった。

「いやー、今日は楽しかったな! 流石中学の時も京都行ったことだけあって、博識だな!」

割り振られた部屋に荷物を置いていると、同室のクラスメイトの男子に肩を組まれる。確か彼はサッカー部だった気がする。直人と一緒にいるところを何度か見たことがあった。

俺は彼に対し、「せやで! 俺は京都エキスパートやんすから、わてに任せておけば、すべて教えてござらんすよ!」と胸を張った。

「ぶははっ! お前、せめて京都弁しゃべろよ! どこの方言だよ、それ!」

周囲にいた他の同室のクラスメイトも笑う。俺も笑う。アホな会話だった。全く、あほらしい会話だった。

「……ふう。いやー、やっぱお前といると楽しいわ! 明日は班行動だし、めっちゃ楽みだわ!」

「ん?」

「……あん? なんだよ、その顔? 俺とお前、同じ班だろ?」

「ああ、そうなんだ。それはよろしくな」

「ばっか、何言ってんだよ。まるで今知ったみたいな顔じゃねえか! 班が決まって一か月以上、ずっと班行動のスケジュールを考えた仲じゃねえかよ!」

「……ああ、そうだったな」

全然、覚えてなかった。

「疲れてんのか? ま、そうだな、今日はほとんど移動ばっかだったし、疲れたよな。さっさと夕飯食って風呂入りてぇーな。そうそう、ここ温泉があるらしいぜ」

「へえ、そうなんだ」

適当に受け答えをしながら、俺はベッドに腰を下ろして、制服から部屋着のシャツに着替えるために、荷物を入れたボストンバッグを開く。

「ん、そういやお前の荷物ってそれだけか? 三泊四日だぜ? 少なすぎだろ?」

そういう彼のバッグは大きかった。登山にでも行くのかというくらいに大きなバックパックを見せつけられる。

どちらかというと、何をその中に入れているのかが気になった。文庫本を50冊くらい入れているのだろうか?

「替えの制服のワイシャツと部屋着のTシャツと下着があれば十分だろ。今日着たのは洗濯すればいいし」

「はあ……なんつーか、それだけだと不安じゃねえの?」

不安ねえ。非常食でも入れておけと?

俺はボストンバッグに手を突っ込む。本を取り出し、ベッドの枕元に置く。次に明日の班行動時のワイシャツを出して、部屋着のTシャツを探すが――。

「……あれ?」

ない。確かに入れたはずだ。黒のTシャツ。中央に《逆さブリッジをしたマナフィ―》のイラストがプリントされた俺のお気に入りのシャツが。

――ない。

「ん? どうした? もしかして、忘れ物か?」

サッカー部の彼にからかわれる。まさにそうだった。だが、おかしい。確かに入れたはず。昨晩も念のため確認したのに……。

「……。……部屋着忘れたから、ちょっとホテルのロビーに行って、適当にお土産のシャツでも買ってくるわ」

「ぶふっ。なんだよ、結局忘れてんじゃねえか! やっぱ俺みたいに何かあった時のために、色々と持ってくる方がよか――」

彼の言葉は、最後まで聞かなかった。



無事に部屋着を調達し、ホテルの部屋に戻るためにエレベーターの扉の前に待っていると、後ろから声を掛けられた。

「あ、あの!」

「……」

「えっと、あ、兄君?」

そのキーワードに、俺は振り返る。ピンク色のパーカーを着た可愛らしい女子がいた。

誰だろう、この人。見覚えはある。同じ学年の女子だ。クラスメイトだろうか。

「あ、ごめん、馴れ馴れしくあだ名で呼んじゃって。みんながそう呼んでたから、つい私もそう呼んじゃった」

「……。別にいいけど」

あだ名とはまたちょっと違うんだと思うけど、まあいいか。

「それより、俺に何か用事?」

「あ、うんっ。えっと、その……明日の班の自由行動、良かったら一緒に回らない?」

「……ん。もしかして、同じ班の人?」

「え、いや、違うけど。っていうか、私達別のクラスじゃない」

「そうなんだ」

「……え?」

意外そうな顔を作る彼女。

しまった、今のは失言だった。

「あ、いや。何でもない。で、えっと……別の班なら一緒に行動はできないと思うけど」

俺は誤魔化す。もうこの場から逃げたかった。

「う、うん。それなんだけど、明日、兄君達の班って《岡崎神社》行くよね?」

「ん、ああ……」

――《岡崎神社》。別名、《東天王》。

京都市左京区にあるその神社は、京都に点在する数多の神社の中では、そこまでポピュラーな神社ではない。

だが、岡崎神社は他の神社と違って神使が《うさぎ》となっており、そのため境内の狛犬はうさぎの形をしていることから、一部では《うさぎ神社》として親しまれているらしい。

そしてその岡崎神社には《うさぎみくじ》なるうさぎの人形をしたおみくじが売っている。

以前、久々野ちゃんからそのお土産を頼まれたので、班の行先に岡崎神社を入れたのだ。

「私達の班も同じ場所に行くんだ。だから、良かったらその神社だけでも一緒に回れないかなって」

手を合わせて、俺を見つめる彼女。

なるほど、そういうことか。なら、別にいいか。

「うん、いいよ」

そう返すと、彼女は顔をパッと輝かせる。明るい子だ。

「あ、ありがとっ! じゃ、また明日ね!」

手を振ってエレベーターホールから離れる。俺はぼんやりと彼女の後ろ姿を見送り、エレベーターの扉に向き直る。今度こそ部屋に戻って着替えて温泉に入りに行こう。

そう思っていると、「よおよお!」と背後から聞きなれた声がした。

振り向かずに分かる。

アホの声だ。

つまり、アホがいる。

「青春してんなー、このこの! 羨ましいぜ!」

無理やり肩を掴まれ、振り向かされると、そこには案の定、想像通りの、見間違えることはない、傑作にして欠陥の塊のアホがいた。

サッカー部らしい青色のジャージを着た七神直人なながみ なおとがニコニコと笑っている。

別のクラスでありながら、おそらくもっとも付き合いの長い親友。この京都に至っては、ご自慢のサムライヘアーが似合いそうだ。

「なあ、今話してたのって笹倉ささくらだろ? あいつと何話してたんだよー?」

「……笹倉? ああ、今の子、笹倉さんだったのか」

道理で見覚えのある顔だと思った。

七神のいるサッカー部の女子マネージャー。可愛らしい外見と明るい性格で男女問わず人気らしい。

名前が分かり、俺は満足げに頷いていると、七神は目を見開いて俺の肩を掴む手に力を入れてきた。

「……おい、マジか?」

「ん? 何が? っていうか、いてぇよ。手、離せよ」

だが、眉を寄せて言うが、七神は俺の肩から手を離さない。

「お前……。今まで、何回か笹倉と話しただろ? 夏祭りも一緒に行ったし、夏休み中にあいつがバイト中の店でも会ったらしいじゃねえか」

「……そうだっけか?」

夏祭りは……確かに七神を含めたサッカー部の連中といた記憶はあるが、誰がそこにいたのかはイマイチ覚えてない。

それに、バイト中に会った? 俺が? 笹倉さんと? ……覚えてない。

「……」

七神は珍しくアホの顔をしていなかった。小さく舌打ちをして、俺の肩から手を離す。

そして、代わりに俺の胸倉を掴んで言った。


「……なあ。お前が他人の顔と名前を覚えられない……いや、《覚えよう》としないのって……っ!」


絞り出すように紡がれた言葉は、そこで糸のように途切れた。

七神は俺の目を見ていた。そして俺も七神の目を見ていた。

怒っているような目だった。悲しそうな目だった。悔しそうな目だった。寂しそうな目だった。厳しい目だった。真面目な目だった。

そして、とてつもなく。どうしようもないほどに。

――優しい目をしていた。

「……っ」

突き放すように、俺から手を離した七神は一瞬だけ視線を床に落とす。

「……俺。笹倉のこと、友達だと思ってんだ」

「そうか」

「あいつ、めっちゃ優しいしさ。サッカー部の奴らも、女子だから、可愛いからってのもあるだろうけど。普通に好きなんだよ」

「うん」

「だから……せめて、名前だけは憶えてやってくれ」

「分かった」

笹倉桜ささくら さくらだ。サクラは花の桜だ。次会う時は、ちゃんと名前で呼んでやれよ?」

そう言って、七神は踵を返してエレベーターホールの隣の階段を上って行った。

おそらく、同じエレベーターに乗るのが気まずかったのだろう。気にしなくてもいいのに。

俺は小さく、「笹倉桜……ね」と呟き、エレベーターのボタンを押した。


京都のホテルに泊まっている、ある女子中学生達のガールズトーク。

「あ、このかの着てる部屋着のシャツ、可愛い! 何それ、逆さブリッジしたアザラシ?」

「これ、アザラシじゃなくてマナフィ―らしいよ」

「可愛いのです~。でもでも、サイズがこのちゃんに合ってない気がするのです?」

「……ま、彼シャツってやつだからね」

「おお~。このこの、彼氏いんの? 見せて見せて―」

「……だーめ」

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