第二十話:妹とゲーム
幼馴染と金持ちのどちらをお嫁さんに選ぶかって?
そりゃもちろん、好きな方だよ。
部活を引退してから、妹は休日も家にいることが多くなった。
それは当然であり、別に休日に家にいちゃいけないというわけでもない。
この家は俺の家であると同時に、妹の家でもある。
ならば休日をどこで何をしてどう過ごすのかは、妹の自由であり俺の勝手知ったるところではない。
そう、だからこそ。
土曜日、朝起きてすぐにリビングでテレビゲームをしている妹を見つけても。
俺は何も言えなかった。
「……」
どうやら妹も起きてすぐにゲームを始めたらしく、服装は寝巻きのままだった。
リビングのテレビの前にいわゆる人をダメにするクッションに身体を埋めた妹は、ゲーム画面に集中していて背後の俺に気付いていないようだ。
「……」
いや、違うな。
こいつ、もしかして……昨日の夜からずっとゲームしてるんじゃないのか?
「……ふわぁ」
小さく欠伸を漏らして、傍に置いてある目薬を点眼し、そしてさらに飲みかけらしきエナジードリンクの缶をぐびっと飲む。
「ぷっはあ」
……昼から酒飲むおっさんみたいだった。
というか、ダメ人間だった。
妹はこう見えて、かなりのゲーム好きだ。
中学生の一ヶ月の貰えるお小遣いの都合上、ほとんど自分でソフトを買うことはなく、大抵は俺が買ってプレイし終えたものを遊んでいるようだが。
それでも気付けば俺よりもプレイ時間は長く、俺よりもやりこんでいる。
そして時々、俺がプレイをしていると、後ろで「あ、まだそんなとこなんだ。ふーん」と煽ってくる。
――そういう時の妹は、心底かなりとても。
うざい。
というよりも、こいつは部活があるくせに一体いつゲームをプレイしているのかと思ったら、なるほどそういうカラクリだったわけだ。
普段は土日も部活の多い妹は、おそらく朝までとは言わないまでも。夜、家族が寝静まった後にプレイしていたのだろう。
そして、今。
部活を引退し、土日の予定が空きやすくなった妹は、首輪とリールを外された犬の如く、真っ直ぐ突き進むようにゲームを朝までプレイしていた。
本来なら。注意すべきことなのだろう。
彼女の身を案ずれば、心配の気持ちが一抹でもあれば、俺は妹に声を掛けるべきなのだろう。
だが、俺はゲーム画面に集中して丸くなる妹の背中を見つめるだけで、何も言わなかった。
俺は代わりに朝食を食べるためにキッチンに向かう。袋に入ったバターロールを見つけ、囓りながら冷蔵庫からアイスコーヒーのペットボトルを取り出し、グラスに注ぐ。
それらをリビングのテーブルに置いて、俺はぼんやりとテレビのゲーム画面に視線を向ける。
……ま、今日は暇だし。このまま妹のプレイしているゲームでも見てるか。
画面を見ると、赤い帽子を被ったヒゲオヤジが雪山を登っていた。
つい先日俺が買って来たソフトだ。
赤い帽子にヒゲを付けた世界でも有名なオヤジの最新作。
オヤジというが、実は彼、まだ26歳らしいので年齢的には《オヤジ》ではなく《お兄さん》と呼ぶべきなのだろうが。
どうしてもこの風貌は、やっぱりオヤジだよなあ……。
「……っし」
妹が操作するオヤジが月の形をしたアイテムを取る。このゲームの目的は、世界中に散らばる月のアイテムを集めることだ。
一定数集めることで、ストーリーが進み、新しいステージへと進めることが出来るのだが。
実はこの月のアイテム、ストーリーを進めるための必要数以上のものが、ステージの至るところに隠されている。
その探索が今作のウリであり、時間を忘れて没頭してしまうトラップなわけで。
事実、俺も買って1時間だけプレイしようと思ったら、ついつい気がついたら3時間以上もプレイしていた。
俺はこの手のやりこみ要素のあるゲームは、短時間で一気にプレイするというよりも、長い時間をかけてコツコツとプレイする派なので、これはまずいと思い慌ててゲームの電源を切った。
それからしばらく色々とあってプレイしていなかったが、どうやら妹は俺が進めているステージよりも遙かに先を進めているようだった。
……どんだけやってんだよ。
どうやら妹は未だに俺が後ろでゲーム画面を見ていることに気付いていないようで、黙々とゲームを進める。
俺がプレイしていないステージを遊ぶ妹のプレイをこのまま見ていると、かなりのネタバレにはなるが、正直俺は気にしない。
映画のネタバレをした後でも気兼ねなく観ることが出来るし、むしろミステリー小説なんかは犯人を調べてから読む方が好きだ。
なので、彼女のプレイを見ていて不快感はない。いや、むしろ……。
――指摘したい!
「……こっちかな?」
ヒゲオヤジを操作して、ステージを歩き回る妹。どうやらステージに隠されたアイテムを探しているようだ。
あ、そこ。その雪のところ。そこじゃないか?
「……何もないか」
いやいや、あるだろ! 絶対! そこ、あからさまに不自然だし!
「あ、こんなとこに扉あった」
いや、そこはそこでいいけど、お前さっきの見逃すか? 後で絶対に行けよ?
「……このステージ、むず」
ああ、確かに。氷のステージだし、滑りやすいからちょっと難しそうだな。
「ん、取れた」
妹はステージのゴールにあった月のアイテムを獲得する……が、俺はそのゴールの上にもステージがあることに気付く。
「じゃ、スタートにもどろっか」
いやいや! 上! まだ先あるだろ! 多分、もう1個アイテムがあるんだよ! ああ、戻っちゃ――。
「まだそこにアイテムがあるでしょうが!」
声と同時に、画面のヒゲオヤジの動きが止まる。
あ、やべ。つい声を出してしまった。
「……はあ」
小さな溜め息が聞こえ、このかがポーズ画面にする。
そこでプレイモードを《二人プレイ》に切り替えて、後ろを振り返った。
「……やる?」
両手に持っていたコントローラーのうち、一つを俺に差し出すこのか。
俺は一瞬だけ目を見開いて、「しゃあねえな」とコントローラーを受け取る。
「へたくそだから手伝ってやるよ」
「いや、私の方が兄ちゃんより上手いし」
「ゲームの巧さじゃねえんだよ、観察眼だよ」
「なにそれ」
俺は妹から離れたリビングのテーブルから。妹はテレビの前で。
少し離れて、俺達は一つの画面に向かってプレイする。
これがきっと、俺達の距離なのだろう。
仲の悪い、俺達兄妹の。
「ところで、このか」
「なに?」
「このゲーム、確かセーブデータ1つしかなかったと思うんだけど」
「うん」
「俺のプレイしていたデータ、どうした?」
「消した」
「あっはっは」
「あっはっは」
この後、めちゃくちゃ喧嘩したのは。不要なエピローグだろう。
二人プレイできるくせに、セーブデータが一つしかないって欠陥だと思いませんか?
 




