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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第十四話:妹と夏祭り―後編―

私は打ち上げ花火より、線香花火の方が好きだな

え、だって。お兄の顔も見えるでしょ?

結果的には、俺は妹を自力では見つけられなかった。

見つけたのは、見かけたのは。

「うおっ、どうしたよ! 何その汗!」

「……なな、がみ」

境内を何往復したのか、鳥居近くで何故かフランクフルトが二本ぶっ刺さったかき氷を持つ七神と遭遇した。

「まさか俺を探していたのか? あ、そうそう。かき氷、お前の分も買ったんだけど、ちょっといろいろあってさ――」

「そ、んなこと……より、七神。はぁ、俺の妹、見なかったか?」

「ん? このかちゃん? 見たけど」

「あ、そ。……え?」

思わず聞き逃してしまった返答に、食いついた。

「どこだ? どこで見た?」

「お、おお。落ち着けよ。えーっと、境内の一番奥のクレープ屋でフラフープを回していた時だな、んーっと」

夏祭りで、しかもクレープ屋でフラフープをしていたのかはあえて聞かない。

すっごい気になるけど、今は後回しだ。

きっといつの日か、語られる日が来るだろう。

「本殿の奥に同い年っぽい男と一緒に歩いて行ったな。声を掛けようと思ったけど、デートだと思って止めたんだ。ちぇ、リア充死ねって感じだわ」

「そう、か。さんきゅ」

俺は七神に礼を言って、再び人混みに飛び込んだ。

背後で七神が何かを言っていた気がしたが、その声は届かなかった。



「……いらない」

妹は顔を俯かせたまま、首を振る。

そうか、と言って俺は彼女の隣の岩に腰を下ろした。

ひんやりとした冷たさが気持ち良い。

「……何? 何か、用?」

「別に。あ、そういや。久々野ちゃんがお前を探してたぞ。電話に出ないからって」

「……ああ。うん、ごめん」

俺に謝られても困るのだが。まあ、いいか。

妹は自分で着付けたのか、浴衣を着ていた。

朝顔の模様をした紺色の浴衣は、やけに大人びて見える。

「……もしかして。兄ちゃんも、私を探してた?」

ちらりと少しだけ顔を上げて、俺を見る。

「いや。全然」

嘘だった。

「じゃあ、なんでここにいるの?」

「疲れたから、休憩」

これも嘘。だがこのかは、

「……ふうん」

ジーッと俺を凝視する。だが、やがて両腕を伸ばして顔を上げて。

「じゃあ、なんで私がここにいるのか、知りたい?」

「別に」

それはほんと。

「いやいや、知りたいでしょ?」

「いやいや、どうでもいいっす」

マジで。どうでもいい。

つまらなそうに妹は目を細めて「じゃあ、独り言」と言って続けた。

「……あのね。私、さっきクラスメイトの男子にコクられた」

「夏だな」

俺も独り言を呟く。

「たまたま会ってね、空子がチョコバナナを買いに行ってる時に声を掛けられたの」

「チョコバナナ、俺も後で食べようかな」

「で、ここまで呼び出されて。コクられた。《好きだ》って」

「青春だな」

「でも、振った」

「……」

「ま、それでちょっと疲れちゃって。ずっとここでボーっとしていたの」

「……ふうん」

俺はスマホを取り出して、久々野ちゃんに連絡していて、妹の独り言をほとんど聞いていなかった。

妹は、そんな俺に聞こえるか聞こえないかの小さな声で紡ぐ。

「安心した?」

それはどっちの意味で、とは聞かなかった。

「っていうかさー」と砕けたような口調で、このかがパタパタと足を動かせる。

「私達、今年受験じゃん。普通告白するかな。恋愛なんかしてる暇、ないって」

「暇だからって恋愛できるもんじゃねえだろ」

「そりゃそうだけど……」

と、そこで。

空がパッと輝いた。虹色の花が、夜空に咲く。

「あ、もう打ち上げ花火の時間か」

ドンドンと天高く昇っていく花火が、真っ暗な空を鮮やかに染めていく。

それを眺めながら、隣のこのかが呟く。

「ねえ、兄ちゃん」

「ん?」

「兄ちゃんは、好きな人っている?」

「いるよ」

「誰? 私の知ってる人?」

「秘密」

「えー」

元々そこまでの回答を期待していなかったようで、不満そうにするだけでそれ以上の追及はなかった。

だから、俺から言うことにした。

「なあ、このか」

「ん?」

「人を好きになるってどういうことだと思う?」

「……恋愛する、こと?」

「ガキ」

「はあ!? じゃ、兄ちゃんはどう思ってるの?」

「俺は、《自分のことを知る》ことだと思う」

「……何それ?」

このかの視線が、花火から俺の方へ移るのを感じる。

だが、俺は花火を眺めたまま答える。

「自分のことって結構分からないだろ? でも、好きな食べ物を目の前にした時とか喜ぶだろ?」

「うん」

「つまりな、人やモノに限らず、《好きになる》ってことは自分をよく知るきっかけになるんだ。特に人を好きになった瞬間、好きな人と話す瞬間、自分が自分でなくなったように感じる。それもまた、自分ってことだ」

「ふうん、哲学だね」

「雑学だよ」

覚えていても覚えていなくても。

正しくても正しくなくても。

どっちでもいいからな。



しばらくして、打ち上げ花火が終わる。

そろそろ人も少なくなる頃だろう。

「お腹すいた」と、このかがお腹の帯をさする。

「キャラメルあるぞ」

「いらないって」

せっかく500円で取ったのに。

「それより、お好み焼きとか焼きトウモロコシ食べたい」

「もっと女子女子したもの食えよ。クレープとか」

「それも食べる。デザートね」

このかが岩から腰を上げて、立ち上がる。

「兄ちゃん、おごって」

「やだ」

「告白を断った理由、教えてあげるから」

「どうでもいい」

「《好きな人がいるから》って断った」

だからどうでもいいって。

「じゃ、お好み焼きね」

「いや、俺聞きたいとか言ってないんだけど」

「んー。じゃあ、私の好きな人を教えてあげる」

「……」

「えっとね。私の好きな人は――」

そこで、クルリと俺に背を向けていたこのかが振り返る。

すごく悪そうな笑顔だった。

「兄ちゃんの知らない人、です」

ズッコケそうになった。

俺も立ち上がり、ズボンの尻に付いた砂を叩いて落とす。

「……はあ。わーったよ」


お好み焼きくらい、おごってやろう。


おまけもあるかもしれません。

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