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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第十三話:妹の部屋とアホ

うるさいよ、夏のくせに

「夏だし、恋の一つでもしたいよなー」

七神直斗なながみ なおとが問題集に向かって走らせていた三角関数の計算式を未完のまま投げ出して、俺の部屋のカーペットの上に寝転がった。

あと少しで解ける計算式を途中で止めるのは、俺からすればすごく気持ちの悪いものなのだが、どうやら彼はそうではないらしい。

例えば、次のページで犯人の名前が明かされるミステリー小説を読んでいる途中、急激な腹痛に見舞われた時でも。

例えば、満腹でも最後の一口でわんこそば100杯を完食できる時でも。

きっと、彼は何の躊躇いも後悔もなく、投げ出せる人間なんだろう。

そういうところが、小学校から高校までのそれなりに長い付き合いにも関わらず、俺が唯一理解できない彼の性質タチであった。


――妹が部活の夏合宿に行ったのが昨日。

そして同時に。

仕事に追われ、仕事に生きて、仕事人の両親が、珍しく久しぶりの連休を取って父方の実家に帰省すると俺に告げたのが昨日の昼だった。

何となく当日、それも出発の十分前に誘ってきやがった両親に付いていくのは、何となく虫が良すぎるのではと思い、帰省するのをすっぱり断った俺は。

こうして一日と半日だけの一人暮らし生活を手に入れたわけなのだが。

それも、朝のチャイムで壊された。

「勉強教えてくれ!」

キャップを被ったサムライヘアーに、黒のタンクトップと白のハーフパンツ姿で玄関前に現れた彼を認めた俺は、すぐにドアノブを掴む。

「帰ってください」

「お邪魔します!」

NOと言って、YESと返す日本人は世の中を探してもこいつだけだろう。

なにはともあれ。

なし崩し的に夏休みの宿題を教えることになった俺は、七神を自室に招き入れた。

そして最初の一時間は雑談。

七神とは高校は同じだが、クラスは違うためそれなりに学校の話題は尽きない。

お互いのクラスの友達のこと、夏休み明けの文化祭の模擬店のこと、そして部活動のこと。

俺は帰宅部で、七神はサッカー部だ。

故に彼は一時期、サッカー選手の間で流行った髪型にしているわけだが、正直言うと似合っていないと思う。

言うて、七神は眉が細く目も二重で髪を下ろせば少女のように見えなくもない美形なのだが、小学校から中学まで坊主頭だったので、どうしてもその印象が強くて今のロングヘアーはかなり違和感がある。

まあ、そのことは本人には言わないけど。スポーツマンのくせに、メンタルが豆冨だし。

そして雑談が終わり、まずは苦手な数学の宿題から取りかかったわけなのだが、すぐにこうして音を上げてしまったというわけだ。

「恋ねえ。七神のサッカー部には、女子マネがいるだろ? その子と付き合えばいいじゃんか」

名前は思い出せないが、確かかなり可愛い子だったと記憶している。ポニーテールが似合う娘だ。

「ああ、笹倉ささくら? いやー、あいつはないわ」

「なんで?」

「……お前さ。笹倉のこと、知ってる?」

「顔は何となく。名前は今知った……気がする」

クラスは違うし、会話もしたことないはずだ。そう答えると、七神は何故か仰向けの状態で、ベッドに寝転がる俺を見つめる。

「……はあ。あいつも可哀想だよな」

小さく溜め息をこぼした。

「んだよ、その呆れたような顔は」

「うっせ。んなことよりよ-」

上半身を起こした七神が首を回してこきりと鳴らす。

「夏だし、熱くて燃えるような恋がしたいわけよ! なあ、どこに行けば女の子にチヤホヤされるんだろーな?」

「死んで異世界に転生するしかないんじゃないか?」

「現世は諦めろってことかよ!」

「転生が嫌なら転移か? そうだなー。女しかいない異世界に行けば、七神でも……ワンチャン……うん、ある……かもしんない。うん、きっとある。大丈夫大丈夫」

「俺がモテるためには、そこまで行かないといけないのかよ! つーか、お前が紹介してくれよ!」

「いない」

即答する。

「いないわけないだろー? ほら、お前のバイト先の黒髪のお姉さん! あの人、紹介してくれよ!」

「ダメ」

「なんでよ?」

「なんでも」

「……ちっ。じゃあ……このかちゃんは?」

……。

………。

…………。

「……冗談だよ。んな顔すんなよ」

七神がテーブルの上の消しゴムを拾って俺の額に投げた。

「いてぇな」

「ははっ」

「……七神。俺、今どんな顔してた?」

「すっげー顔」

よく分からなかった。

「んー」と立ち上がった七神が背伸びをする。夏休み中も部活三昧なんだろう、適度に日焼けした肌の皮が少しめくれていた。

「そういや、今日このかちゃんは?」

「昨日から二泊三日の夏合宿中」

「へえ。ってことは、全国大会に進んだのか。すげーな」

まるで自分のことのように喜ぶ七神が、ふと顎に手を添えて考えるフリをする。

どうでもいいけど、もう宿題はやるつもりがないようだ。解きかけた数式が可哀想だ。

そしてポンと手を叩いた七神は、俺を見下ろして悪戯を思い浮かべたような嫌な笑みを浮かべる。

「俺、トイレ」

「あ、ああ。場所は分かるな?」

「おう!」

浮き足立つように部屋から出て行く七神。何なんだ、あいつ。

まあ、いい。俺は俺で、あいつの解き損なった計算式の続きでもやろう。

あいつのためではなく、気にかかって今夜眠れそうにない俺のために。

ベッドから降りて自室の中央のテーブルに向かう。数式を見下ろして、俺は先ほどの七神の笑顔を思い出す。

「……あいつ、まさか」

嫌な予感がして、部屋を出た。



左隣のこのかの部屋を睨む。俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりと回すと。

「もう! お兄ちゃんのバカ! 勝手に入んないでよ!」

七神がこのかの部屋の中央で俺に向かって指をさした。

「いや、お前が入るなよ!」

「いーじゃねえか。別に今日帰ってくるわけじゃないんだろ?」

まるで反省していない様子の七神は、じろじろとこのかの部屋を見渡す。

こいつが顔は良くても異性にモテない理由が一つ分かった気がする。

「はーん。俺、兄貴しかいないからよく分からねえけど。けっこう女子っぽい部屋をしてんだな」

そりゃ女子だからな。しかも思春期まっただ中のお年頃な。

だが、俺も久しぶりに妹の部屋に入った。最近入ったのは、あいつが手首を怪我して髪が上手く結べないと言って手伝った時くらいか。

それもこうして、改めて部屋を見渡す余裕はなかったし、何となく新鮮な気持ちだ。

「ふーん。ピンクのカーテンにピンクのベッドカバー。ハートのカーペット。このかちゃん、ピンクが好きなのな」

「女子でピンクを嫌いな奴は、あんまいないんじゃないか?」

「それもそうか。物が少ないのは、ちょっと意外……って、なんだこの人形?」

七神は枕元に置いてあった、ハニワのぬいぐるみを掴む。

「かわいくねー。このかちゃん、こういうのが好きなのか? それとも女子が好きなのか?」

「ああ、それ。このかの十二歳の誕生日に、俺があげたもんだ」

仏頂面のはにわ人形。この前入った時には、確かベッドには置いてなかったと思ったけど。

「ええ……。お前の趣味悪くね? それともこのかちゃんが欲しがったのか?」

「いや、単純な嫌がらせ。本人も貰った時に、《こんなブサイクな人形いるかーっ!》って怒ってたし」

「でも、飾ってあるよな?」

「飾ってあるな」

「……」

そっと枕元に戻す七神。と、七神の腹からぐぅーと間抜けな音が鳴った。

「腹減ったな。そういや、今何時……うおっ!?」

まるで虫でも見つけたかのように壁を見つめて声を上げる七神。

「おい、なんだよあの壁掛けの時計。針の数字が反対じゃねえか!」

彼の視線の先には、丸い壁時計があった。だが、その時を刻むべき数値が鏡文字となっている。

「みづらい……っていうか、もう頭がこんがらがる。変な時計飾ってるよなー」

「ああ、あれな。このかの十三歳の誕生日プレゼントで俺があげたやつ」

「……マジで? ちなみにあれを選んだ理由は?」

「嫌がらせ。《こんな見づらい時計、使えるかーっ!》ってそりゃもう怒ってたわ」

「……」

苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「じゃあさ、あの本棚の少女漫画とファッション雑誌の中で、異彩を放っている《オッサンとオジサンの見分け方》って本は……」

「俺があげたやつだな」

「勉強机の上にある、モアイ像型のペン立ては……」

「もちろん」

「壁のコルクボードに貼られてる写真の中に混ざってる、犬の交尾写真は……」

「言わずもがな」

「そのコルクボードを支えてるウンコのデザインした画鋲も……」

「運命は非常だな」

「このかちゃん可哀想過ぎるだろ!!」

何故か七神が泣き出した。

「お前、ひどい兄にもほどがあるぞ! 誕生日プレゼントくらい、まともな物をプレゼントしてあげろよな!」

「まともなものじゃないか。実際、生活に便利なものが多いぞ」

「そりゃそうだろうけどさ! ……あん?」

そこで七神が涙を拭い、首を傾げる。

「どうした?」

「……いや。まあ、いいや。腹減った。昼飯にしようぜ。コンビニ行こう」

「おお……?」



よく分からず、俺と七神はこのかの部屋から出て一階に降りる。

「なあ、さっき何言おうとしてたんだよ?」

玄関で靴を履く七神に問う。すると、何とも言えない顔をして振り返る。

「俺、今どんな顔してる?」

俺はしばし考えて答える。

「そうだな……。《助けた鶴に恩返しと言われて、鬼ヶ島に連れてかれて鬼と対決をさせられた》みたいな顔?」

「どんな顔だよ! はあ……。いや、お前。愛されてんな、って思ってよ」

「誰に?」

「さあな」

ぶっきらぼうに言って、七神は小さく呟いた。

「いやあ。普通、よっぽどなことじゃないと、あんな変なもん飾らねえよなあ」

その彼のセリフは、果たして俺に聞かせるためのものだったのか。それともただの独り言だったのか。

まあ、どちらにせよ。

ただの気まぐれだろう。


あいつも、こいつもな。



自分が他人にプレゼントしたものが、部屋に飾られていたら嬉しいですか、恥ずかしいですか?

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